君の誕生日.
ランチが終わった後の魔法舎のキッチンで、東の魔法達は珍しく賑やかだった。今日は、同じ東の国の魔法使いのネロが誕生日だからだ。
料理人のネロの誕生日、料理を作るのはどうかと悩んだりもしたが、彼の好物のアヒージョを3人で作ることに決めたのだ。
3人で買い出しに出かけ、あれやこれやと次々に食材を買い込む。この時間も楽しいものだった。
買い出しも終わりさて、アヒージョを作るぞと言うところまで来た。食材を一つ一つ心を込め丁寧に洗う。ネロのこだわり通り、彼らは魔法を使わず一つ一つ手作業で仕上げていく。
まな板の上では、エビやマッシュルーム、パプリカにベーコンが並べられてた。
それぞれが担当の具材をトントンと切るたびに包丁の音が楽しく弾む。
暫く切り続けていると急にシノが眉をしかめた。
「……なあ、これ具材の大きさ、バラバラすぎないか?」
シノが大ぶり切ったベーコンの横に、ヒースクリフの均等に切られたパプリカ、ファウストが細かく切ったマッシュルームが並んでいる。
明らかにアンバランスだ。
「……まあ、大きさはバラバラだがこの方が食感が変わってネロも楽しいんじゃないか?」
とファウストが呟く。
「そうですね!俺もこの方が気持ちを込めたのが伝わるような気がします。ネロ、喜んでくれるといいな。」
「心を込めたという事実が大切なんだ!きっとネロも涙を流して喜んでくれるはずだぜ」
と、それぞれが言いながら、仕上げに取り掛かる。
ニンニクをオリーブオイルに沈めるとキッチンに香ばしい匂いが立ちのぼり、シノのお腹を鳴らした。
「これを作ってたら腹が減ってきた」
「シノが先に食べたら意味が無いじゃないか!」
「いや、料理人のネロに食べさせる前にきちんと味見をしないとな、ふふんどれ俺が先に食ってやる」
「おいシノ!……もう食べ過ぎるなよ!」
そんなやり取りを横目に、ファウストはほんの少しだけ笑みをこぼした。ネロのために手を動かし料理を仕上げる時間。それだけで胸がじんわり温かくなる気がした。
やがて鉄鍋に具材が踊り、ジュウジュウと小気味よい音が広がる。
「おお、できたぞ!」
「あ、パンも焼けてるよ。熱いうちにネロを呼んで来なくちゃ」
2人が急いで本日の主役を呼びに行き、ファウストも最後の微調整の仕上げに取り掛かった。
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「「「ネロ 誕生日おめでとう!」」」
三人はネロの前にアヒージョとパンと他に少しの付け合せの料理を置いた。
誕生日の本人は、少し驚いたように目を見開いた。
「……これ、みんなで?」
「そうだよ。僕たちの合作で自信作だ。シェフに食べてもらうからね。気合を入れて頑張ったんだ。」
「大きさバラバラだし、パンもちょっと焦げたけど、ちゃんと作ったから美味いぞ。」
とシノが自信満々に告げる。
ファウストとヒースも早く食べてくれとばかりにネロを見ながら目を輝かしている。
ネロはしばしアヒージョを見つめ、口に入れた。
それからすぐ、ふっと表情を和らげた。
「ありがとう。……今まで食ったアヒージョの中でいちばん美味いよ」
「やった!」とシノが拳を上げ、ヒースも照れながら良かったと呟く。ファウストはただ、胸の奥にひそやかな安堵を覚えた。
「……俺も朝にパンを焼いたからこれも一緒に食おう」
「やった、ネロのパンがいちばん美味いからな」
ネロが差し出すパンに、アヒージョのオリーブオイルがじんわりと染みていく。それぞれが好きな具材を乗せてかぶりつけば、熱さに声を上げ、笑いもはじける。
わちゃわちゃとしたこの空間はは、誕生日にふさわしい賑わいで、ネロの口元にはずっと笑みが絶えなかった。
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夜
昼間とは違い、静けさに包まれたネロの部屋で、ネロとファウストはワインを片手に持ち横に並んで腰掛けていた。窓から差し込む厄災の光が、淡い輪郭を描き出す。
「……昼間は、ありがとな」
ネロがぽつりとこぼす。
「俺のために、みんなあんなに」
ネロは心底嬉しいと言った表情でぽつりぽつりと呟いた。
「誕生日だからな。シノとヒースがネロの為にアヒージョを作ろうって言ったんだよ」
ファウストは言葉を探すように視線を落とす。
「ネロが喜んでくれて良かった。二人も喜んでた。……勿論僕もね」
「……」
沈黙が訪れる。だがそれは重いものではなく、二人を包む穏やかな間だった。
「思えば、色んなことがあったな」
ネロが窓に視線をやりながら言う。
「最初に会った時、先生は引きこもりだし、ハハッ……こんな関係になれると思ってなかったよ」
「……引きこもりは余計だが、僕もだよ。ネロと……こうして酒を飲めるのが嬉しいよ」
そうファウストが言うとネロは照れ隠しのようにワインを一気に喉に流し込んだ
「ふふ、そういうところが……可愛い」
ファウストの囁きに、ネロの耳が赤くなる。
「ったく、先生そんなすぐ俺に可愛いなんて言わないでよ」
「ふふ、可愛いのは可愛いよ」
ネロがファウストの手にそっと触れる。
「……せんせ」
ネロが呼ぶと、ゆるく絡めていた指先が強く握り返された。
二人の笑みが重なり、ゆっくりと指先が絡まる。
静かで親密な時間。彼と寄り添うだけで、胸の奥が満ちていく。
ふと見上げると、ネロのシトリンに空の色が滲んだ美しい瞳は揺れる炎のように熱を帯びていた。
二人の距離が、自然に近づいていく。唇が触れるまでの一瞬が、やけに長く感じられた。
「ん……」
甘い吐息が零れ、触れた唇が次第に深く重なっていく。
昼間の明るい賑やかさが嘘のように、世界は二人だけのものになった。
「来年も、再来年も……もっと先も」
ファウストが呟く。
「ネロの誕生日を祝わせて」
ネロは答えの代わりに、彼の唇に口付けを落とす。
窓辺に射す大いなる厄災の光の中で、二人の影がひとつに溶けていった。