煙草をふかす仕草が妙にこなれているように思え、無意識に凝視していると目が合った。
酔ってるんだか平常心なんだか区別の付かないいつも通りの据わった目が、何か、と言いたげにゆっくりと瞬く。
逸らすのも癪だ。視線をかち合わせたまま、奴の前に置かれた灰皿に手を伸ばす。
「…副流煙がどうのと人を散々悪者にしやがった癖、吸うのかよ、テメェも」
佐々木は返事の代わりに一つ、煙を吐き出した。悪びれもしない態度だった。
「コレですか?付き合いです」
「それだけじゃねぇだろうが」
「はぁ。まぁ、昔は吸ってましたよ。意外でもないでしょ。みんな吸ってたんだから、あの頃は」
あの頃。あの頃とはいつの事か。少し前までは、確かにそうだった。分煙だなんだと騒がれ始めたのは比較的最近のことだ。
「…結婚を境に辞めたんですよ。女性は嫌がる人が多いでしょ。子供にも良くないし」
こんな野郎でも所帯持ちかと不思議な気持ちにかられ、どこか現実感ない一連の動きを視界に収めつつ、返事に惑って深く煙を吸い込む。左手薬指には、確かに白金の指輪が光っていた。前から付けていたのかどうか、記憶を探れど思い出せない。知恵空党と一悶着起こした際は空だった、筈だ。
こんな店に無理やり連れ出されたからと、家内への義理立てのつもりか。潔癖そうな横顔を睨み、鼻を鳴らす。
「…そんなことで自分の生き方を変える奴は覚悟が甘ぇんだよ」
佐々木は別段気を悪くした様子もなく、ジッと俺を見つめている。未だ半分以上残った煙草を灰皿へ放り投げると、肺に残った煙を静かに吐き出した。
「…アナタも所帯持てば分かりますよ。いや、もう関係ない話ですけど」
もう、とは何だ。
引っかかる表現に微かな違和感を覚えつつ、張り合うでもなく、古めかしいガラス灰皿に煙草を押し付ける。
所帯など、持つ気はない。
いざという時余計な事が頭に浮かんで躊躇いが生じるような─、そんな、面倒な足枷に縛られて生きるのは御免だった。
「……お残しとは行儀が悪ぃぜ。エリートさんよ」
佐々木が投げ捨てた、ばかに長い吸殻を揶揄すれば、珍しく奴が笑った。
「こんなもの、オイシイのは最初の3口まででしょ。後に続けば続くほど、粗悪な味がする…」
そこで態々言葉を区切り、
「一生と同じです」
と、妙な事を言った。
「あ?」
何言ってんだ、コイツ。
面を拝もうと身を乗り出した所で、奴はふいに出口側へ顔を向けた。こちらに背を向けたまま、黙って席を外す。夜気に当たりに行くつもりらしかった。
箱から2本目を取り出すすがら、ふと灰皿に目をやる。耐熱ガラスの上には長さのまばらな吸殻が二つ、死骸のように転がっていた。