花冷え異三郎は、春先から梅雨前にかけて必ず体調を崩す。常ならそう、長引く頭痛や微熱で済むところ、今年は酷かった。
「…異三郎。起きてる」
部屋の外から声をかけるも、返事はない。仕方なく障子を開け、死んだように眠る男を見降ろした。先程と変わらず、常より一層青白い顔をしている。
今日は朝から紙のような色の顔をしているとは思っていたけれど、まさか受け身も取れず倒れる程に調子が悪いとは思わなかった。
─事が起きたのは小一時間前のことだ。帰宅し屋敷の上り框を踏むや否や、うわ背のあるその体が崩れるように傾むく様を、スローモーションのように思い出す。どうにかその体を抱き止めた腕の中、まるで溶け落ちないまま亜麻色の髪にまぶさる淡雪が、彼を一層白く寄る辺なく見せていた。
1241