ゆめ「今日も会えましたね、左京さん」
そう言って、十歳年下の男がにっこりと微笑んだ。一歩、二歩。ソファに座る俺に近づいて、ゆらりと体を傾け、俺の額へと口付ける。大きな手が髪をひと撫でして、ゆっくり離れた唇が何か呟き、そのまま何事もなかったかのように去っていった。
——また、か。
時は年度末。集金のついでに決算の相談だのなんだのと面倒ごとの対応に追われ、帰宅するのは常に深夜。ようやく座った談話室のソファでついうたた寝をすれば、やたらと接触をしてくる知り合いの夢を見る。飛び起きたあとは落ち着かず、結局朝まで帳簿整理なんかの雑務をしてしまう。
酷い夢もあったものだ。厄介なことにこの「悪夢」は、この三日間立て続けに俺を襲った。
いや、悪夢などと言ったら、勝手に登場人物にされている男——伏見に申し訳ない話ではあるのだが。結果的にこの三日間まともに睡眠が取れていない。
夢とは言え、少しだけ八つ当たりしても許されるんじゃないか。そう思う程度には、疲れが溜まっていた。
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「左京さん、お疲れさまです」
深夜一時。いつものように闇の中からぬるりと伏見が現れ、大きな体を屈める。
——ああ、またか。また現れやがったな。
正直なところ、大きな手に柔らかく撫でられるのは嫌じゃあない。幼いころに母に撫でられたときのような、あたたかくてくすぐったくて、いつまでも撫でていてほしいような、そんな気持ちになる。……そうなるからこそ俺にとっては「厄介な悪夢」だった。目が覚めたらやたらと心臓は跳ねやがるし、次の日に顔を見ればあの感触を思い出してしまい舌打ちをしたくなる。
いくら伏見が「秋組の母」と呼ばれているからと言って、いくら夢の中だからといって、年下の男に寄りかかっていい道理はないだろう。
——だから。
思いっきり胸ぐらを掴んでひっくり返し、いつもされていたように目の前の唇を塞ぐ。
繰り返して言うが、俺は疲れていた。
三十代にとって、連日の徹夜は体力も思考もまるっと奪っていく敵だ。
だから、そう。
「さきょう、さん?」
目を丸くして返事をする唇も
乗り上げた俺の腰を支えているこの大きな手も
全部疲労が見せた夢であって。
「……いい、ん、ですか?」
途切れ途切れに続く言葉も
熱を帯びた視線も
——まあいいかと思ってしまう俺の思考も。
「……あぁ」
再び触れた唇は、今までよりもずっと熱くとろけていて。
「夢、みたいです。俺……左京さんのことが、ずっと」
——夢、だよな?