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    A_KA_KAA

    @A_KA_KAA

    できた→TBR本編/メモ→有明ガールズ/らくがき→短編/作業進捗→TBR-Metropolitan-本編

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    A_KA_KAA

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    メトロポリタン ユズのお話

    「風佳は人見知りだもんね」と、昔からよく言われてきた。初対面の人を見ると警戒してしまう。故にツンケンとした態度をとってしまうことは否定できない。その理由を問われてもわからない。別に、ツンケンしたくてしているわけではないのだから。
     実際のところ、人見知りかどうかも知らない。わからない。便宜上そう呼びたいのならそう呼べば良い。否定するつもりもない。どうでもよかったのだ。
     重要なのは、自分が人見知りかどうかではない。そんなことはどうでもいい。そうではなくて、警戒心を持てるかどうか、である。渡る世間に鬼はなしという言葉を本気で信じてはいけないのだ。隣人が牙を向くなんてことは当たり前。昔からそうだった。子供の時から、ずっと。
    (拓海が人を信じすぎなのよ)
     そんな自分とは全くもって反対の弟。人を信じて過ぎてしまう、というと少し違う。端的にいうと、拓海は誰のことも信じてしまう性質がある。それが良くも悪くもあることは言うまでもあるまい。そんなことを考えながら、風佳は効率よく課題レポートを進めていた。締め切りはまだ先なので焦る必要はない。
     しかし、幸か不幸か拓海のそんな性質が学校という社会で発揮されることはなかった。小学校卒業後すぐにあの病床へ移った拓海の性質は、分厚いコンクリート壁にかき消されたのである。
     だが、封印されたはずの拓海のその性質を男は引き出した。拓海の人を信じる心をあの男は利用しているやも知れない。無論、これは風佳の勝手な妄想である。何事も疑い深い自分には、どうしてもあの男が胡散臭く見えてしまう。権威のある学者という話は耳にしたが、それでも信じるには値しない。本物の学者であろうが何であろうが、クソはクソ。それは人間の根本故、変えることはできない。
     しかしあの男――日比谷五五について調べても、特にこれと言った"お目当て"の情報は手に入らなかった。本物の大学教授で、学者で、何やら難しい論文をいくつも発表している。おまけにいろいろな講演会にも出ているらしく、むしろこちらが悔しくなるほどには権威のある人物だった。
     だのに、この引っ掛かりは何か。五五に何かをされたことはない。拓海に訊ねてもはぐらかされる、というより言いくるめられるだけ。
     ああ、これか……?もしや、これなのか?風佳は課題レポートの上を滑るボールペンを止めた。

    「拓海、あの人に何を調べられてるの?」
    「病気のこととかかな。それだけだよ」

     そりゃ病気のこと以外は調べないでしょうね!と、いまだにあの会話を反芻してはその都度叫びたくなる。あまり聞きすぎるのもしつこいだろうし、何より拓海は五五のことを信頼している。信頼している人物のことを疑われるのは、拓海にとっても気分の良いものではないだろうとも思う。
    「決めたわ」
     たん、とボールペンを投げ捨てるように置いて、風佳は軽く息を吐いた。
    「私があの男について調べる。ついでに……拓海の病気について、何をしてるのかも」
     それは風佳の想いだったのかもしれない。好奇心は猫をも殺す。そんな言葉は風佳の頭の中に存在していなかった。



     調べることは案外簡単だった。五五が有名な学者ということもあり、彼の自宅はすぐに割れた。場所は都内、都心から少し離れた場所。電車はもちろん通っている。大宮駅から川越線、そしてWest新宿線に乗り換えて一本のところ、らしい。
     このらしい、というのはまだ不確定な事実故。いくらインターネットで公開されていても、その情報が全て正しいとは限らないし、そもそもインターネットには間違った情報がたくさんある。……ああ、ほら、こんな時にも私の性質。風佳は自身にため息をついた。たまに拓海の性質が羨ましくなることが全くないわけではない。彼の最寄駅とされている駅に着いた風佳は電車を降りた。何とも可愛らしい色合いの電車である。エメラルドグリーンとスカイブルーのマーブルのような色合いに、まるでにっこりと笑ったかのような前面。ついでに言うと、車掌さんも可愛らしかった。やはり可愛い電車に乗る人も可愛い?そんなことを考えながら、風佳は改札を出てマップアプリを頼りに足を進めた。……が、よく見れば駅から嫌に遠い。バスを使うにしてもどのバスが最適なのかもよくわからないし、タクシー代を払えるほど今は金銭に余裕があるわけではない。仕方ない、歩きだ。風佳は駅からまっすぐ伸びた道を進んだ。

     ✳︎

    「まっ……だ着かないんだけど」
     もう何時間歩いたことか……と思ったが、実際には1時間も経っていないことに気がついて、風佳は深く項垂れた。行き交う車を横目に同じアスファルトを進んでいる。たまに曲がったり、入り組んだ道を行ったり、住宅街を進んだりもしたが、一向に着かない。
     本当に?この道で合ってる?風佳は再びスマホの画面を見た。
    「え、……?ここ?……何もないけど」
     表示されている「目的地到着」の文字。しかし目の前にあるのは車がちらほらと行き交うそれなりに大きな通りと傍に植えられた木のみ。何度か歩いてみたり、間違いかと思ってアプリを立ち上げ直したりしてみても、やはりマップが示すのはこの場所。
    「はあ……、やっぱり」
     やはり、間違いだった。信じた私が馬鹿だった。もう何もかもが嫌!この後また同じ時間駅まで歩かなければならない。嘘でしょう?風佳の口角はもはや弛んでいた。
    「帰るわ……」
     そうして風佳は何もない道路に背を向ける。前にあるのは学校らしき広い敷地の建物のみ。……学校?にしてはこう……校舎が低いような気もするし、家っぽいような。もう一度、風佳はよくマップを見返した。
    「ここ……!!!」
     どうやら、マップの東西南北を見間違えていたらしい。風佳が北だと思っていた方角は南だった。疲労故に確認を怠ってしまったのだろう。マップは間違いなく風佳の目の前に佇む大きな建物を指していた。
     着いたわ、ここね。しかし今自分がいるのはおそらくこの建物の裏に当たる場所……不用意にウロウロしても怪しまれてしまう。しかし……潜入するには入り口となる場所を見つけなければならない。この塀を飛び越えるのは論外である。それこそ誰かに見つかれば終わりだし、そもそもセキュリティか何かを施しているのは当たり前なはず。
     何はともあれ、まずは正面玄関へ行って表札を確認するべき。風佳は建物の裏側から一周し、正面玄関にあたる場所へ移動した。
     荘厳な正面玄関が風佳を迎える。格子のついた大きな白い門、その両脇で家を守るために牙を剥き出しにする二頭の大獅子。自分など、その大きな口と牙で一飲みであろう。二等の大獅子の奥には生い茂った緑色の、爽やかな芝生。その芝生の中央の道を目で辿っていくと、その奥にステンドグラスのはめ込まれた大きな扉が鎮座していた。
     絵に描いたような豪邸。広く、そして大きな邸は誰もが一度は憧れていたかも知れない。だがどこか不気味に感じられるのはあの男の邸だからであろうか。パッと目を戻して表札を見る。日比谷の文字、やはりここで間違いか。風佳はじっと塀の陰に身を潜めた。
     さて、ここからが問題。正面に回ったものの、どうやって潜入すべきか。門が開いたタイミングで?しかしこれだけの規模の家であればボディーガードなどがいてもおかしくはない。変に見つかって家族に連絡が行くことは避けたい。
     でもそれでも、いくしかあるまい。うまくやるしかない。もうここまで来たのである。今更後戻りはできないし、したくもない。風佳はさらに身を潜めて様子を伺うことにした……が、そんな風佳の口を何者かが手で覆った。後ろから、腕を回すようにして風佳の口が抑えられる。同時に、腕も後ろで抑えられている。
     まずい、と思った。声が出せぬよう口を塞がれ、抵抗できぬよう腕を拘束される。一番恐れていたことが起きてしまったのかも知れない。
    「……静かに」
     ああ、連行されるんだ。そして親に連絡がいって、迷惑をかけることになる。拓海にも……昂樹にも。体勢からして、今腕を掴んでいる人間の顔は見えない。それでも、的確に拘束できているということは……考えるまでもあるまい。どうせこの邸の人間だろう。
    「動いてはいけない」
    「!」
     腕が、口がゆっくりと解放された。かと思えば、一人の男の頭部がすぐ傍に現れる。細身の体に、長いマント。異様な服装ではあるが、何より不審であったのはその目隠し。普通ではないその出立ちに風佳は身震いした。男は依然として己の口元に人差し指を当てたまま、邸の奥を見つめている。かと思えば、次の瞬間には風佳のその細い身が宙に浮いた。
    「ちょ、っと!」
     男に軽々しく持ち上げられたことは瞬時に理解できる。だがその持ち上げられ方は乱暴なものなどでは決してなかった。風佳の足元からその身をそっと持ち上げ、右腕で風佳の身体を抱き、左腕で風佳の両脚を抱いている。
    「ちょっとだけ、我慢してもらおうかな」
     男の言葉と同時に、風佳の全身にフワッとした無重力感が走った。


     気がつけばそこはあの邸からかなり離れた場所。人気の少ない裏通りであると言うことはわかったが、この場所がどこなのかまでは風佳には知り得なかった。
    「なん、なのよ!もう!」
     せっかくあそこまで来たのに!その身を下ろされた風佳は自分を抱き上げた男にキリキリと突っかかった。
    「なんなのは僕のセリフだよ。全く……最近の若い子は、面白半分であの邸に近づくんだから」
     呆れたように男は軽くため息を吐いている。
     ……面白半分ですって?私が?何を知ってそれを言ったの?私の、拓海の何を知って……
    「面白半分、ですって?貴方、何のつもりか知らないけれど、初対面で開口一番にそれは失礼なんじゃないの?」
     何も知らないくせに、どこの誰かも知らない貴方に言われる筋合いはない。ふざけてる?ふざけてるのはそっちでしょ。その格好も、話し方も、髪の色も、全部。
     私たちの何がわかるの?
    「私は貴方のことを知らないけれど貴方も私のことを知らないじゃない。まず自己紹介くらいするのが礼儀ではなくて?」
     風佳は真っ直ぐ男の眼を見つめた。正確には、眼のある場所。その隠された眼を、風佳は突き刺すように見つめた。睨みつけた。同時に、男が少し驚いたような素振りを見せる。だがその後すぐに男の口元は笑みへと変わった。
    「っあははは!そうだね、それはそうだ。間違いないよ」
     妙に楽しそうな笑い方に苛立ちさえ覚える。風佳は依然として男を睨みつけていた。
    「怒らせてしまってごめん。レディには一番最初に名乗るのが礼儀だったね。…僕はメトロ。ただの電車好きさ」
     メトロと名乗ったその男は口角を微笑ませた。目元は見えないが、彼がやんわりと微笑んでいるであろうことは顔の下半分から読み取れる。
    「……そう。私は楪風佳」
     それ以外、言うことはない。名乗ることはしたのだから。
     しかしそれにしてもこの男の目的は何だ?何故自分をここへ連れてきたのか。何かされるようであれば、どこぞのテレビから学んだ護身術でも見舞ってやる。
     だが、敵意は敵意に反応する。このメトロという男が何を考えているのかは全く分かりかねるが、しかし今の彼に敵意がないことだけはわかった。こちらとて相手を変に刺激するつもりはない。
    「貴方……あの男の人の味方ってわけではなさそうね。安心したわ」
     フン、と鼻で笑ってやる。本当に安心しているとでも?これは皮肉よ。当たり前じゃない。余計なことしないで欲しかったのに。
    「……もしや」
     しかしメトロはそんな風佳の皮肉に見向きもしなかった。それどころか、己の顎に手を当てて、何かを考えている。
    「君は……日比谷五五を知っている……?」
    「!」
     不意にメトロの口から出たその名前に、風佳は眼を丸くした。ドクン、と心臓が大きく波打つのが感じられる。
    「……知ってるわよ、そりゃ。だって、……有名だもの」
     あの男を知っている理由は、当然そんなくだらないことではない。だが得体の知れないこの男に、拓海がだのエネルギーがだのと話したくはなかったのだ。それに嘘はついていない。日比谷五五が有名であることは紛れもない事実である。
    「ではその、『あの男の味方』というのは?」
    「それは、だから……その」
     皮肉を言うことに必死になり過ぎていたのかも知れない。まさか自分の言った言葉に苦しめられようとは。風佳はどこかバツが悪そうにメトロから眼を逸らした。だが、メトロはそれ以上風佳を深追いすることはしなかった。
    「……君と、ゆっくり話がしたい。彼のこと、エネルギーのこと……そして、その被害のこと。僕は君と情報を共有したいと思ってる」
    「なんですって……!」
     それは、風佳が何年も何年も欲していたこと。ずっとそのことばかりが頭にあり、その情報を求めて文献を漁ったことも、インターネットを駆使したことも、詳しい教授にアポを取ろうとしたことと事実。それが今、その情報が今、手に入るかも知れない。風佳にとってこれほどまでに望んだことはないと言っても過言ではない。
    「その代わり、君の知っていることも話して貰いたい。僕らだけが話して、君が話さないのはフェアじゃない」
    「貴方のことを信じろ、と?」
     風佳はメトロを鼻で笑った。初対面でよくわからない相手――おまけに素顔も知らない人間のことを信じろとは随分と傲慢なことである。
    「君に任せるよ」
     メトロが言ったのはただそれだけ。信じろとも言わない。ただ、それだけ。話を聞きたくば、メトロを信じる他ないらしい。
    「もし、信じてもらえるようなら」
     なにやら今度はメモ用紙とボールペンを取り出した。何かを書いている。それを千切り、メトロは風佳に差し出した。
    「ここへ、来てもらえないかな」
     受け取った紙に書いてあるのは端的な住所。それはきっと、彼なりの信頼の証。初対面の自分のことを信じていると言う証。普通、いくら相手が幼いからと言っても初対面の人間に住所を渡す人間などいないだろう。それほどまでに、このメトロという男は自分を赦していた。
    「ふぅん」
     風佳はその証を凝視した。……葛西。家から行けない距離ではない、なんて考えてしまう自分にも嫌になる。この男と話すと、自分のあの性質が全て無効になる気がしてしまって妙な気持ちになる。
    「……考えておくわ」
    「助かるよ。……さ、じゃあ君を送らなきゃね」
    「ちょっと!?な、何するのよ!!」
     また先程と同じように風佳の身体が抱き上げられる。ふわっと地面から簡単に浮かせられたことに対しても何だかプライドが許さないが今はそれどころではない。
    「放しなさい!!!」
    「女の子を置いてけぼりにするのは僕のポリシーに反するんだけど……って!ちょっと!暴れないで!」
    「嫌ったら嫌!!放して頂戴!!」
     全力でメトロに抗って見せる風佳と、そんな風佳を抱き抱えるメトロ。しかし負けたのは風佳で、次に彼女が瞬きをした時には、降りたはずのあの最寄駅の前にいた。そこになかったのはメトロの姿だけ。
    「……なんなのよ、もう!」
     今日は散々だった。歩いてへとへとになるし、潜入にも失敗するし、得体の知れない男にま絡まれるし。しかし、嫌な気分にならないのは、もしかしたらあの男へ、拓海の居る場所へ一歩近づけた気がするからなのかも知れない。
     
     
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