体の芯から冷えるような、鋭い寒さで目が覚めた。
静かに体を起こす。しん、とした空気には心当たりがあった。閉じられていた窓へと歩み寄り、木板を上げて外を覗く。白い塊が空から落ちてくる。雪が降っていた。
「道理で寒いわけだ……」
呟いた唇から吐き出された息も同じく白い。近くに見える木の枝が、積もった雪の重みでしなっていた。木板を戻し、煉骨は再び布団へと潜り込む。隣に寝ている男が起きる気配は無い。よく眠っているようだった。大きな肩がゆっくりと上下する様子を、煉骨は黙って見つめる。昨晩の、この男との情事が頭の中に思い出された。
睡骨とこうして体の関係を持つようになってから、どれほどの数、肌を重ねただろうか。他の男達に抱かれた回数を足した数よりは少ないものの、今までの誰よりも一番多く抱かれていることは確かだ。もう間もなく今年も終わる。この一年の間に、この男の隣で何度目が覚めただろう。
閉じられた瞼。その眉間に寄った皺を人差し指でなぞる。小さく身動ぎしたのを確かめて、煉骨はふっと微笑って指を離した。
睡骨と寝るのは嫌いではない。溜まる欲を適度に発散させたいというのが関係を持った理由だが、体の相性も悪くはないし、同僚だから気も楽だ。油断して殺されることも、情報を奪われることも無い。だから一番、寝所の相手として合理的でもある。
そういう関係を続けてきたつもりだったのだが、どうやら向こうは気が変わってきたらしい。昨晩、体を交わらせた時、あと少しで達せるというところで寸止めをくらった。目で理由を問えば「堪えてる顔と欲する顔が見たくなった」と言われ、ふざけるなと悪態をついて睨み付けた。その様子で満足したのか、数度の激しい注挿を受け入れた末に達することは叶った。
何度も交わるうち、睡骨も煉骨の体のことがわかってきたのだろう。抱き方がそれほど上手いというわけではないが、回数を重ねれば、相手の見せる反応で具合のいいところもわかってくる。だから昨日も、珍しく上手を行かれてしまった。来年もこの調子で体を重ねていけば、他の男と寝た回数を足した数よりも睡骨と寝た回数の方が多くなるだろう。そうしたら、昨日のようなことも増えるかもしれない。
「……来年、か」
逆立つ硬い髪に触れながらそう呟く。
次の年も、自分はこの男と肌を重ねるのだろうか。寝床を共にする、決まった相手としてこの男を選ぶのだろうか。その理由はなんだろう。合理性だけではない、他の理由がそこには有る気がした。それを探るべきか悩んでいる。理由を知ってしまえば、きっと後戻りは出来ない。
「……なあ。てめえはどうしたいんだ、睡骨」
この先おれとどうなりたいんだ。と、口には出さずに問いかける。
その時だった。「ん……」と漏れた小さな声と共に、睡骨の目がゆっくりと開いた。
「よお。起きたか」
「………朝か」
「ああ」
「……寒くねえか、今日」
「外を覗いたら雪が降ってたぜ」
「はっ、なるほどな……」
布団の中から出てきた睡骨の手が煉骨に伸びる。紫色の入った白い頬にゆっくりと触れ、愛おしげに撫でる。人殺しらしかぬ動きに、煉骨は小さく苦笑いを浮かべた。
「起きるのか、どうすんだ」
「そうだな……どうするか……」
寝起きらしい様子に、煉骨は呆れ混じりに笑ってため息を吐いた。そのまま、おもむろに自分の唇を睡骨のそれに重ねる。睡骨が少し驚いたような顔を浮かべた。悪さを企む顔で、煉骨が呟く。
「寒いと思うんだろ、睡骨」
形の綺麗な指が古傷だらけの胸の上を辿る。睡骨の表情から驚きが消えた。
「実を言うとな、おれもついさっき、あまりに寒くて目が覚めたのさ」
煉骨の顔が睡骨に近づく。鼻先が触れそうな距離で煉骨が囁いた。
「いつまでも寝てねぇで、さっさと温めろよ」
唇の端から漏れる白い吐息。逞しい腕が、布団の中へと冷えた体を引きずり込む。
とさり、と。外の世界で、枝から雪が落ちる音がした。