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「どうしたらいいんスかね〜!教えてくださいよぉ〜!!」
きっかけは部屋に響いた若い男性の声だった。
「婚約とかプロポーズとかどうしたらいいんスかね、なんて伝えたらいいか、断られたらどうしよう指輪とかも……一緒に買いに行った方がいいんですかね、それともサプライズ……わっかんないんスよぉ〜」
そう言った若い男性は隣の中年の男性に泣きついた。
「落ち着けって、未婚の俺になんで聞くんだ?そこにいるノマだって若いのに結婚してんだろ。おいノマ。お前の時どうしたんだ。指輪とか。」
その結果会話の矛先が向いたのはノマと呼ばれた白髪の男だった。彼はそう話をされると首を傾げた。
「なに……ナンデスカ。」
「外での仕事以外だったら畏まらなくていいって。」
「じゃあ……なに。」
「だってノマくんだって奥さんの話とか全然しないじゃないスか。でも結婚してるんだからなんかこう……馴れ初めとかプロポーズとかどうしたの、教えて!」
「それは俺も聞いてみたいな。お前みたいなボーッとしたやつが急に結婚してびっくりしたもんだ。」
「……してない。」
「「え?」」
「結婚、はしてるけど。プロポーズ……?とかしてない。」
「奥さんからってこと?」
「いや気がついたら。」
「「は?」」
「気がついたらつが、夫婦だった。」
ここだけ聞くとノマがどうしようもない男に聞こえるが事実である。
何故なら彼は彼のパートナーであるフレイヤと別の世界、幻夢境からここに飛ばされ気がついたらお互いに職があり気がついたら夫婦の書類があったのだから。
もちろんここに2人の合意があったとはいえ、そのきっかけになる所謂プロポーズの言葉は交わされていない。
と、事情があるにはあるがそんなこと話せる訳もなく“どうしようもない男”と感じた聞き手2人は憤慨していた。
「いやいや、さすがに……。え?マジすか?」
「おいノマ、奥さん流石に可哀想だろ。家庭のない俺が言うのも……いやそれにしてもだろ……。」
「可哀想……。」
ノマは考えた。
確かに思い返せば両親にも結婚した当時の写真があった、薬指には指輪も嵌っていた。自分はこれでは良くないのではないか?
それに彼女は独り立ちと言いながらここに来た、自分も彼女が迷わないように危ない目にあって欲しくなくて着いてきた。彼女もそれを了承した……がもし彼らが言うように彼女が可哀想なのだとしたら。
他人からの彼女の見られ方について初めて気がついたノマは口を開いた。
「……離婚って……こと……?」
「結論急ぎすぎだろ。」
「まってまってまって」
予想外の言葉に彼らも焦る。
何故結婚したんだこの男、そして自分で口にしておいてなぜ落ち込んでいるんだ訳が分からない。
この時ばかりは彼の頭にしょげた耳が見えたらしい、実際数ヶ月前まで彼の耳には実物がついていたが。
「い、いやでも2人とも納得して結婚するってなったんだろ?急にお前がそんなこと言い出したらびっくりするんじゃないか?」
「納得してないかも……。」
「どうやって結婚したんだお前」
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「とりあえず今からでも遅くないからプロポーズも指輪も渡した方がいいと思うっスよ!」
「……う、ハイ。」
ノマの同僚の相談から始まったこの話は元の話そっちのけで昼休憩の終了と共に幕を閉じた。
閉じたとはいえこんな話をしたものだから午後から仕事が終わるまでノマはミスを連発し、体に数箇所アザを作ることとなった。
「可哀想……。」
仕事の帰り道もずっと考えている。
それだけフレイヤが可哀想と言われたことが蟠りになって頭を反響していた。
紛れもない自分といるせいで可哀想なら。
「ノマが生きやすい世界になって欲しい。」
彼女はそう言った。
じゃあ彼女の生きやすい世界って?
フレイヤはノマたちに何もしていない。
していないのに種族の過去に心を痛めて。
優しい彼女を可哀想な人にすることが彼女の生きやすい世界だとノマは思わない。
オオカミは一生で番を変えない。他に相手もつくらない。
でも人間はそうじゃない、ノマは村を出て、この世界に来てそれを知った。
そういう意味でも彼女は何に縛られる必要もないということを知っている。
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「お……さん!お客さん!……大丈夫ですか?」
「……あっ。」
色々考えて、気がついたらボーッと店のディスプレイを眺めていた。らしい。
「ご、スミマセン。」
「いえいえ、そちらが気になってますかね?熱心に眺めてるものだから声掛けちゃいました。」
「……まあ。」
若い女性の店員だった。どうやら雑貨屋らしい。
この親切なんだかお節介なんだか分からない感じ、身に覚えを感じすこし胸が苦しく感じた。
「そちら女性ものですね、彼女さんへですか?」
「……妻、です。」
「まあ!!失礼いたしました!」
今のノマに彼女を妻と呼ぶのは少し気が引けたが咄嗟に口からはその言葉しか出なかった。
「差し支えなければどんな方ですか?おすすめのものお探しいたしますよ!」
「……赤髪で、髪が長くてふわふわしててて。」
「うんうん。」
「……花、白い花が似合う。」
「なるほど!」
「あと……パン屋してる。」
うんうんと頷き彼女は続ける。
「パン屋、水仕事ならリングとかでは無い方がいいかな?……ネックレスとかどうでしょうか!」
「そうなの?」
「ええ!そうですね……ちょっと待ってくださいね。」
彼女は店の中へ消えていき数分後、何かを手に持ちパタパタと戻ってきた。
「こちらはいかがでしょうか」
彼女の手には箱が3つ。
小ぶりな花のついたゴールドのネックレス、赤いスワロフスキーのついたシンプルなネックレス。そしてつまみ細工とチェコビーズの白い花のネックレス。
「これ……。」
「これはチェコビーズ……ガラスビーズと確かアジアの……日本?かどこかの伝統的な……布で作ったお花のネックレスですね!」
「似てる。」
「え?」
「フレイヤに似てる。」
「えっ?え?な、なるほど……なんて言う花でしたかねこれ……。」
3つ目に出されたネックレスを見てノマは言った。
女性を花に似てるなんてこう見えてロマンチックな男性なんだ、と見当外れなことなことを店員は考えていた。
「ハンドメイド品なのでちょっと気をつけて使った方がいいかもしれないですが、年齢もあまり選ばないでしょうし……素敵なデザインですよね!」
「これ、いくら?」
「はい!うーんそんなに高価ではないと思うんですけど。」
「……次来たらもうないと思う?」
「まあこういうのは巡り合わせですからね……。」
「…………買う。」
「はい!ラッピングいたしますね!」
そう行って再び彼女は店の中へ消えていった。
結局購入してしまった。
さっき色々考えていたのに。
「喜ぶ……かな。」
それとも、これも彼女の枷になってしまうだろうか。
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「あ、ノマおかえりなさい〜。」
「……ただいま。」
「なんか元気ないべ?お仕事大変だった?」
「ちょっとだけ。」
「そっか〜……。」
ご飯出来てるべ!と彼女はキッチンへ戻っていく。……渡すのは後でもいいか。
ポケットに入っている小箱にソワソワしながらいつも通り彼女の夕飯の用意を手伝いにキッチンに向かった。
しかしその夜まで昼間の考えががずっと頭を過り、ネックレスを渡すことは出来ないままお互いに眠りについた。
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朝5時半、なんとなく体が重いような。気の所為かもしれないがそれでも心は淀んだ気持ちでノマは目覚めた。
「……。フレイヤ?」
リビングに行ってもいつもいるはずのフレイヤがいない。パン屋という早起きが必須の彼女はこのぐらいの時間にはいる気がするのだが。
家の中のどこを探してもいない。
玄関に行くと靴もなかった。なんとなくたまらなくなり家を出てパン屋や周りを探すも見当たらなかった。
昨日、あんなことを思ったのにいざ彼女が目の前から消えたと思うと必死で探してしまう。
きっといつもなら散歩にでも出たのか、ちゃんと帰ってこられるよな、程度の心配で済むものの、今のノマにはそんな余裕はなかった。
結局見つけられず帰宅した。
このまま闇雲に探してももし帰ってきたフレイヤが驚くと思ったからだ。
とりあえずもしパン屋の時間になってもいなかったら……もう一度探しに行こう。
そう考えながらもう一度自室のベッドに倒れ込んだ。
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朝7時過ぎ、自室の外から微かに香るパンの焼ける匂いとそれに紛れたバターの香りで目覚めた。それと同時に彼女の気配を感じる。
「…………フレイヤ、おはよ。早いね。」
リビングに向かうといつも通りの彼女がいた。
いつも通り過ぎて少し前に必死で探したあれは夢だったのか。そう思うほどいつもの景色にノマは安心した。
「あ!ノマ、おはよう〜!」
「あ、見て見て!上手く編めたの…!」
そういう彼女の手には白い花と青い花の花輪があった。いつのまにこれを……と不思議に思っていると彼女はノマの頭に花輪を乗せ言葉を続けた。
「ノマが、お父さんとお母さんとまた会えますようにって、」
「……あの時みたいな魔法はもう、今の私にはかけられないけど。ノマが怖いと思ってるものが少しでもやわらぐようにって、お願いも込めて編んだんだべ。」
そういい彼女はノマの右手を両手で包み、彼女自身の額に当てて微笑んだ。
なんで彼女はこんなにも自分を思ってくれるんだろう。種族間の罪悪感、そんなものもう感じさせたくないのに。
そう思っているのに彼女の隣にいたいと思う自分はどうしたらいいんだろう。
気がついたら彼女を抱き寄せていた。
「わっ!?ノ、ノマどうしたべ……?」
「朝、これ買いに行ってたの。」
「う、うん……もしかして起きてた?」
「いないからちょっとびっくりした。」
「フレイヤは生きやすい?オレがいるから生きずらい?」
「そ、そんなわけ!なしてそんなこと……。」
「結婚してるのにプロポーズも指輪も贈ってないって言ったら奥さんが可哀想って言われた。」
「オレはフレイヤが可哀想になって欲しくない。」
「ノマ?」
「ちょっと待ってて。」
彼女を腕から解放すると、1度自室に戻る。
彼女の言葉で迷いはなかった。
いやどちらかと言えばもうほかに考えることがなかった。
「これ買ってきた、フレイヤの花に似てると思って。本当は指輪と迷ったけど勝手に沢山お金使うのもと思ったし、……お店の人が指輪よりネックレスの方がいいかもって教えてくれた。」
「オレがいるから可哀想なのかもしれないって思った。でも、それでもオレはフレイヤが隣にいて欲しい。だから、」
屈んで、目を合わせて。
さっきフレイヤがノマの手を握ったようにノマもフレイヤの手を握り続ける。
「フレイヤが可哀想って、不幸だって思わないようにオレも頑張る。だから父さんと母さんと会えた先も、これからずっとそばにいて欲しい。」
「……一応プロポーズ、の、つもりなん、だけど。」
固まる彼女に対して不安になりノマは少し目を逸らした。
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