「fate」きっかけは自分で作ったものじゃない。
やりたいって思ったわけじゃない。
色々やった、やらされた。
水泳とか、少林寺とか。塾とか。
でも全然楽しいって思わなかった。
親が勝手にやれって言ったことを好きになろうとか思わなかったし。
それでもその中で音楽に触れることを楽しいって、好きだって思った。
何故かは分からない。
先生が優しかったのと自分一人でできることだったのと、たまたま自分に合ってたんじゃないかって思う。
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勝手に与えて勝手に奪われるのが許せなかった。
「そろそろエレクトーン卒業ね。」
本当に勝手だ。
「……え?どうして。」
「汐奏もそろそろ高校生だし、音楽系の高校に進学する訳でもないんだから。もっと成績のために塾を増やすとエレクトーンに通う時間は無くなっちゃうでしょ?」
確かに音楽系の学校はお金がかかる。
高校が少ない分倍率だって高い。
興味が無いわけではなかったが、わざわざ今いる中高一貫校を辞めて行く気もなかった。
それでも、その言葉は多感な時期の私の逆鱗に触れた。
勝手を言う親の言うことを「うんわかった」と素直に聞き入れる気にはなれなかった。
他の好きでもない習い事を今まで言われるがまま続けてあげたのに。
「嫌だ。エレクトーンやめたくない。」
「何言ってるの?エレクトーンのお金出してるのお母さんでしょ。わがまま言わないで。」
「高校に入ったら自分で払う!バイトだってする。」
「……。」
目の前で母親は分かりやすく大きなため息をつく。イライラする。何様だ。
「許可貰ってバイトして、成績をキープできる保証はあるの?」
「それは」
「ないでしょ?特別成績がいい訳でもないし、高校になったらもっと難しくなるんだから。」
「……。」
どうして親の言いなりにならなければならない?
いい高校に入っていい大学に行かせて好きでもないことを無理やりやらせるのが許されるの?
「行かない。」
「え?」
「私今いるとこの高等部行かないから。」
「何言ってるの?」
「やりたいことがあるから、都内の高校行く。おばあちゃんとこから通うから。」
「勝手なこと言わないで!だいたいお金を」
「勝手なこと言うのはお母さんの方じゃない私がやりたいって言ってもないこと押し付けてきて、いつだってそうだった」
そう吐き捨てて、走って家を出ていった。人生初めての家出。後にも先にもこれっきり。
本当はやりたいことなんてなかった。でも親の言う通りに生きていくのは嫌だった。
「もしもし?おばあちゃん?」
「あらどうしたの汐奏。携帯の方からかけてくるなんて珍しいわねぇ。」
「ごめん、突然。あのね……私そっちの高校行きたいの。」
「こっちの?今行ってるのは確か一貫校じゃないかい。いいのかい?」
「お母さんはダメだって。でも、どうしてもやりたいことがあるの。もちろん今の一貫校より偏差値高いところに行くからって説得するよ。だから……その時はおばあちゃんちから通っちゃダメ?」
幸いなことに祖母は一人っ子の自分に甘かった。祖父も同様に。
「そりゃ、うちはいいし、じーさんだって喜ぶさね。」
「本当ありがとう」
「ただちゃんと説得はしてくるんだよ。あの子がそんな簡単に首を縦に振るとは思えんからね。」
「大丈夫、頑張る。」
こうやって根回しをして何とか今いる学校よりも上の学校に行くから、と説得して。
一応両親にも頭を下げて、何とか許してもらった。
今思えばその頃の自分はなんて幼いんだろう。
特に目標だってないのに、幼くてバカで。
ただただ先の道も見えないのに自由だけに憧れて。
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音楽系の高校には行けなかった。
おばあちゃんの家にはエレクトーンもピアノもない。練習ができないなら現実的じゃないから。
結局おばあちゃんの家に近い進学校に通うことになった。
それを決めた時、その時はそれでも良かった。
でも高校に入ってからは少しだけ後悔した。
親の敷いたレールをはずれたところで、自分には何も無くて。
音楽教室にも通えなくなってしまったし、手元には音楽もなくて。
同級生のキラキラした女子たちにも、アクティブではしゃぎ回る男子たちにも馴染めなかった。
だから誰も私を知らないネットで音楽を始めた。
コードを考えて、ベースを打ち込んで、刻んだリズムを入れて、歌は苦手だったからボイスソフトに手伝ってもらって。
運が良かったのか、結果的にバズった。
音がいいとか新しいとか言われるのは嬉しかった。
中には色んな考察が飛び交って的はずれなものもあったけどそれでもどんな形でも人に認めてもらえるのは満足感があった。
でも売れていく度になにか足りなくて、不安になって。
何が足りないのか分からなくなって。
私は一体何がしたかったんだっけ。
楽しいってなんだっけ。
希死念慮って大袈裟なものでは無いけど、この先に意味が見いだせなくて消えたいと思った。
そういえばこの前立ち読みした雑誌に「27クラブ」というものがあった。著名なロックスターは27で命を絶つんだという。
いいなぁ、音楽に殺されたい。
漠然とそう思った。
もし私自分が27まで生きていてまだ何も変わらない自分でいたならその時は。
出来もしないことばかり考えていた。
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「寂韻さん、このプリントお願いね。」
「はい。先生。」
部活には入らなかった。正確には行っていないの方が正しいのかな。
本当は吹奏楽部に入りたかったけど、遠方の親いわく「文化部は内申点に良くないからそれ以外にしなさい。」「それくらいの言うこと聞きなさい。」だそうだ。
古臭い決めつけだと思う。
私が運動があまり得意な方では無いことくらいもう親も分かっているだろうに。
運動部がそんなに偉いのか?悪態が止まらない。
親とまた言い合った結果、卓球部の幽霊部員になっている。
ずっと中途半端にしておくのもなんだかモヤモヤするしそろそろ退部届を出すつもりだ。
「先生、今日もちょっとだけピアノ借りていいですか。」
「この後ならいいぞ。」
「ありがとうございます。」
「にしても凄いねぇ。高校生で曲を作ろうなんて。」
「いえ、そんなこと……。」
部活をサボっている間、少し音楽の先生と仲良くなった。
家にピアノがなくて練習が出来ないから貸してほしいと言えば快く貸してくれた。
彼は吹奏楽部の副顧問だけどあまり部活での仕事はないらしい。
学校には一応勉強しに来ているが正直この音楽室に来るために今は通っていると言っても過言では無い。
「どうして曲を作ってみたいなんて思ったの?」
「なんとなく……。エレクトーンを習ってて興味があったというか。」
「なるほどね。クラシックが好きなの?」
「いえ、特にジャンルにこだわりは。」
こういった具合にこの先生もおしゃべりで、自分との会話に花を咲かせるものだから随分入り浸ってしまう。
「うちの高校にもエレクトーンとかあったらいいんだけどな。授業では扱わないから。」
「いえ、こうやってピアノ使わせてもらえるだけで十分です。」
「ところで先生、気になってたんですけどあれって。」
「ああ、あれは……自前のギター。昔ちょっとやっててなぁむかーし買ったんだ、この学校の備品だとフォークギターしかないから参考にならないかなと思ってな。たまに出してる。」
「中身見てみてもいいですか?」
ずっと気になっていた。音楽準備室の棚と棚の間に挟まっていた、黒い薄いケースの中に入っている恐らくギター。
開けて中を見ると錆びた弦は張りっぱなし。
弦を巻いているペグとフレットは少し錆び付いていた。
「これ……音鳴るんですか?」。
「はは、いや掃除サボってるだけだから多分?まあ見た目の参考にはなるから。」
「でも古いからそのうち処分するつもり。まあほらゴミ袋にも入らないし粗大ゴミに出すのも面倒でね。結局置きっぱってわけ。」
「……これ……。」
「私が使っちゃダメですか?」
27クラブのロックスターたちが頭をよぎった。
「えっ。でも中生きてるかなぁ。アンプ刺してみないと。」
「大丈夫です。ペグは折れてないし……ピックアップも取り替えるついでに電気系統を繋ぎ直せば……。」
「お、詳しいね。」
全部雑誌とネットの受け売りだ。
「まあ全然いいよ。どうせ捨てるものだしね。ギターも喜ぶわ。たぶん。」
「本当ですか、ありがとうございます」
「よっしゃ、じゃあちょっと掃除してやりますか。見てな覚えて帰ってくれ。」
これが私のロックのきっかけ。始まりだった。
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