萌芽のとき裏切られた、と思った。裏切りを働いたのは自分の心だ。もうないと思っていた鼓動は息を吹き返し、心臓の内側から緑の芽を生やし始めている。
兆候はもっと前にあった。気がつかなかったわけではない。蓋をしておけばなんとでもなると思っていた。とんでもない思い上がりだ。己はまたしても間違えた。あの子の髪と一緒に捨てたものだと思っていたのに……どうして今になって。
鯉登少尉の命か、アシリパの確保か。判断を迫られた時、月島は迷った。迷いはしたが回答は一瞬で決まった。とうに決まっていたと言った方が正しい。心の声を無視できずに月様は鯉登を選んだ。確かにあの一瞬、月島は鶴見中尉の命令を捨てた。
「アシリパはどうした」
声に打たれ、月島の思考は途切れた。目前には麦酒をしこたま浴びて、全身をずぶ濡れにした上官が立っている。ぜえはあと荒れた息を整えた彼は、あれだけの酒を浴びせられながら酔いには遠い冴えた眼光をこちらに向けていた。
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