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    eiri_koitsuki

    ゴカム腐、鯉月。妄想吐き出し用。

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    eiri_koitsuki

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    26巻後半ビール工場にはロマンしかない。もうこの辺だと鯉も月もお互いを死なせたくないことを(無意識含め)優先してしまっているのが見え見えすぎてハラハラしてしまう。

    #鯉月
    Koito/Tsukishima

    萌芽のとき裏切られた、と思った。裏切りを働いたのは自分の心だ。もうないと思っていた鼓動は息を吹き返し、心臓の内側から緑の芽を生やし始めている。
    兆候はもっと前にあった。気がつかなかったわけではない。蓋をしておけばなんとでもなると思っていた。とんでもない思い上がりだ。己はまたしても間違えた。あの子の髪と一緒に捨てたものだと思っていたのに……どうして今になって。
    鯉登少尉の命か、アシリパの確保か。判断を迫られた時、月島は迷った。迷いはしたが回答は一瞬で決まった。とうに決まっていたと言った方が正しい。心の声を無視できずに月様は鯉登を選んだ。確かにあの一瞬、月島は鶴見中尉の命令を捨てた。
    「アシリパはどうした」
    声に打たれ、月島の思考は途切れた。目前には麦酒をしこたま浴びて、全身をずぶ濡れにした上官が立っている。ぜえはあと荒れた息を整えた彼は、あれだけの酒を浴びせられながら酔いには遠い冴えた眼光をこちらに向けていた。
    責められているのだ、と理解した。反射でこぼれたのは「すみません」というなんの意味もない謝罪の言葉だ。案の定鯉登少尉は激昂した。
    「ばかすったれ! どちらを優先するべきか……!」
    返す言葉がない。呆然と月島は上官の声を聞いた。大事なものを見失うな。そんなこと言われなくたってわかっている。わかっているはずだったのに。思考は堂々巡りを繰り返す。正しい答えは分かっている。それなのに出力される答えに月島が頷けない。心に、また生まれてしまったものがあるから。
    ……あなたを殺すのは私だ。私自身がどう思うかなどあの人には関係がない。
    鶴見中尉のすぐそばに侍り、命じられたとおりに動く右腕、それが月島という兵士の価値だった。
    月島基という男はとっくの昔に死んでいる。
    今ここにいるのは虚ろな屍だ。動かしているのはただ、鶴見中尉の目指す先を見届けたいという妄執だけだ。……そのはずだったのに。
    ばくばくと心臓が震えている。生きている。息をしている。怒りに我を忘れ父を殴り殺した時よりも、戦場で砲弾の雨の中駆け抜けている時よりも、生きていることを実感する。まるで今、目覚めたかのように。
    目の前の鯉登少尉もまた生きている。燃えるような目と、雷鳴のように突き刺さる声を持つ男。まだ少年だった彼に傷をつけたのは月島だ。何の因果か、絡み合った縁は時を置いて月島と鯉登少尉を引き合わせた。そして別の生き方を選べたはずの少年は戦場へと連れ出された。
    欠片ばかり残っていた罪悪感がそうさせたのか、あるいは責任感か。月島は脇目も振らず駆け出していってしまう上官を追い続けてきた。最初は鶴見中尉からの命令のために。樺太、そして秘密を暴かれたアイヌコタンでの一件を超え、今では己の足が勝手に鯉登少尉を追っていく。
    今日のこともそうだ。ここに月島がいなければ彼はこの世から永久に失われたかもしれない。月島は今日、それをこそ護ったのだった。失われる「もしも」を想像することが酷く恐ろしかった。
    鯉登少尉の命が失われるようなことがあったら、その引き金を自分が引くことになったら、あるいは自分の知らぬところで灯火が消えてしまったら……その時自分はどうなってしまうのだろうか。何も感じないふりをするのか、本当に何も感じないのか、あるいは今度こそ使い物にならないほどに壊れてしまうのか。恐ろしい想像だった。
    「間違えるな!」
    叱責に歯を食いしばる。彼の言う通りだ。月島は間違えた。鶴見中尉ならばどちらを優先したかなど考えるまでもない。だが、何度同じ場面に遭遇したとしても、月島はこの人の命を選んでしまうのではないかと思った。疑念はもうほとんど確信に変わっている。
    鯉登少尉が唇を噛み、俯いた。一度小さく溜息をつき、直ぐに面をあげる。
    「……女子の足だ。まだそう遠くには行っていない。追うぞ。」
    踵を返し駆け出す上官を月島は目で追う。一瞬だけ足が遅れる。これ以上この人の隣にいていいのだろうかという迷いが月島の身を竦ませた。
    目ざとく鯉登少尉が振り返る。
    「月島ァ!」
    ついてこい、とその目が、声が、呼ぶ。月島の思考が追いつくよりも先に、足が床を蹴った。
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