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    いきる

    @baleine_0101

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    いきる

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    マルエー(現パロ)
    バレンタイン前週のお話

    虫歯になっても知らない 仕事から家に帰ると、バタバタと忙しない足音がリビングから聞こえてくる。
     「ただいま」と言うタイミングも逃して、玄関からどうしたどうしたと訝しくリビングの扉を見ていると、「おっ、おかえり!」の声と一緒にエースの姿が現れた。
    「ただいま……」
    「わりぃな、出迎え遅れた」
     そう言って、ぱたぱたとスリッパで駆け寄り、カバンを受け取りに来る。
     遅れたも何も、出迎えてくれる時点で最高の嫁なんだが……とは心中だけで呟いて、代わりに頭を撫でてやった。
    「いつもありがとよい。…で、何かあったのか」
     心なしか乱れている黒髪を整えながら、思わず問い掛ける。見上げてきたエースの瞳が、暗がりの中の猫のように丸く開いた。
    「はっ!?いいや、なんにも…なんもねェよ!」
     エースはすこし早口で、ぶんぶんと首を振って拒絶した。焦っているのが、なんだか怪しい。ふぅん、と目を細めて見据えてやれば、こくんと唾を呑み込む音が聞こえた。
    「なんもって、なんだよい」
    「だから、なんもねェって!」
    「何か壊したか?それともなんだ、悪いことでもしたか……」
    「ンなことしてねェっつの!」
     言い終わらぬうちに、すこし怒ったような響きで吠えられ、つい唇を閉じる。だったら、そうか。リビングに行けば分かることだと単純に思って、もう気にしてませんよと言わんばかりの穏やかな表情をエースへと向けた。
    「分かった分かった。あぁ、エース、今日の夕飯は何だよい。昼食えなかったから腹ぺこでなぁ」
     言えば、エースはあからさまにホッとした顔をする。分かりやすい奴だ。何やってんだよ、と安心し切ったようにエースは笑った。
    「今日は肉じゃが!ジャガイモが安くてさ。ちゃちゃっと準備すっから、それまでに着替えてこいよ。あ、あと手洗いうがいもな!」
     エースはそう可愛いらしい台詞を言って、洗面台がある部屋を指差した。恐らく、行け、ということだ。とりあえず素直に「ありがとよい」と言って、そのままスリッパに履き替えた。
     エースはまた、パタパタとリビングに駆けていく。もう明らかに何かあっただろと突っ込みたい気持ちと確かめたい気持ちが重なって、直ぐにでも扉を開けたくなってしまう。
     いやいや、無理矢理暴くのは良くない。頭を振り、洗面台で丁寧に手を洗い、うがいをする。どのみち、夜中にリビングを調べてみれば分かることなのだ。一先ずは頭の中を、エース特製肉じゃがに切り替える。
     以前作ってくれた時の、あの舌がとろけるほど美味い味を思い出しながら、すぐに着替えを済ませてリビングに向かった。扉を開けると、ふわりと美味しそうな匂いが漂う。
    「お、マルコ。早ェな。もう食べれっから席座っててくれ」
     キッチンカウンターからひょこんと顔を出したエースの声掛けに、よい、と短く返事をする。肉じゃがまで、間が空いた。頭の中は、すぐに先程の隠し事の件が割って入ってきて、何となくを装った風で室内を見渡してみる。
     特に、大きな変化は感じられない。今朝と同じだ。何かが壊れた跡もないし、逆に新たなものが置かれていることもない。ソファの上には、飼ってから1年ほど経つ子猫のシロが、朝と変わらずすうすうと眠っている。
     あのエースの慌てようが、嘘みたいだ。実は本当の本当に何もなかったのかと思ってしまうほどの変化のなさである。
     一体何をあんなに慌てていたのか、首を傾げながらダイニングチェアに座ると、ほかほかの肉じゃががやって来た。
    「手伝うよい」
    「いいって。マルコ、昼抜いたってことは忙しかったんだろ?疲れてんだし、このままいい子で待ってろよ」
     おれは子どもかよい。突っ込もうかと思ったが、にっと笑った愛らしい表情に目を奪われて思わず頷いてしまった。
     そうしてキッチンへと向かうエースの背中を眺めていると、ふと、ある違和感に気付く。
     ——何だか、甘い匂いがする。室内に入った時は肉じゃがに気を取られて分からなかったが、キッチンに近いダイニングに来ると、かすかに漂ってくるものがある。
     香水の類いではない。すこし香ばしいような、甘いお菓子の匂いだ。気付いてすぐに、そっと立ち上がってカウンターを覗き込む。
     エースは味噌汁をよそっているようで、こちらに背中を向けていた。チャンスだ。こっそりと、キッチン周りをチェックしてみる。が、特段甘いものは見つからない。
    「……何やってんだ」
     振り向いたエースにじっと睨まれ、「なんでもないよい〜」と小声で返事をしながら、さっと席に座る。
     危なかった。危なかったが、あのエースの分かりやすい反応を見るに、キッチン内がかなり怪しい。立ち入らせてもくれないあたり、何かを隠しているのは明らかだ。
    「ほい、味噌汁、ごはん、ビール!」
     うんうんと考えている間に、エースはてきぱきと、その他副菜まであれこれと運び込んでくる。湯気の立つ美味しそうな食事に、悩む思考はすぐに吹き飛んでしまった。
    「最高だよい。ありがとな、エース」
    「ん……別に、大したことねェって。冷めないうちに食おうぜ!」
     席に座り、いただきます、と手を合わせてから、ふたりで一緒にご飯を食べる。
     ほくほくの肉じゃがは、相変わらず美味い。素直にベタ褒めすると、エースは照れたように笑って視線を逸らす。そのまま、大したことない、とふにゃふにゃの声で言うもんだから、可愛すぎてこのままベッドに連れて行きたくなった。
     ……というのは冗談で、そうしてエースと美味い飯を楽しんで、一緒に片付けようとキッチンに行こうとすると、またもエースから断られる。すぐ終わるし、先に風呂入ってこいよ!と明るい調子で言われ、思わずぐっと息を飲み込んだ。
     あぁ、例の隠し事かよい。思い出して、少しだけ問い掛けたくなったが、さらっと流して風呂に入る。もう大体の目星は、付いているのだ。あとはさりげなく、何気なくを装って、キッチンの中を確かめてみるだけ。
     そんなことを思いながら風呂を済ませてリビングに戻ると、エースはキッチンではなく、ソファに居た。にゃあにゃあと鳴くシロと戯れ合っているのか、ソファの上に寝転がっている。
    「上がったよい」
    「おう。じゃ、おれも入ってくる」
     エースは胸に乗せていたシロをソファに下ろし、その小さな額を撫でる。
     にゃあ、と鳴いた声に、上がったらまた遊ぼうな、と柔い響きで答えてから、エースは風呂場へと消えていった。
     ころんと転がったエース特製毛糸ボールに、シロはにゃあにゃあと食らいつく。部屋にはひとりと、1匹。——再びの、チャンスである。
     エースの風呂は、烏の行水だ。この一瞬の機会を逃してはいけないとばかりに、綺麗に片付いたキッチンをチェックする。
     磨かれたシンクの上。冷蔵庫の中。戸棚も順番に開いて見てみると、3段目の高さがある棚の奥の方に、見慣れない大きめのガラス瓶が閉まってあった。
    「……なんだよい、これ」
     棚から取り出すと、ふわりと香る甘い匂い。夕食前に漂った匂いと、同じものだ。中を覗くと、焼き菓子がいっぱい入っている。
     ちょっと、いやかなり黒焦げのものも混じったそれらは、クッキーだった。なにやらデカい鳥——鷲のような孔雀のような、歪な形で縁取られている。
     見るからに、手作りのものだ。誰が作ったものなのかは、考えなくても分かる。しばらくソレをじっと眺めていると、パタパタと廊下からスリッパの音が聞こえてきた。どうやら早速当事者が、風呂から上がってきたらしい。
    「は〜サッパリしたな〜!あ、マルコ!洗濯すっから、ほかに出したいのあったら持ってこいよ……って、え」
     リビングの扉を開けたエースが、驚愕の表情でおれと、おれが持っているガラス瓶を見る。
     一瞬、時が止まったかと思った。ぴたりと固まったエースは——けれどもすぐに唇を戦慄かせて、剥き出しの肌をじわじわと赤く染めていく。
     そうして肩までも震わせながら、エースはおれの目の前まで近付いてきた。
    「…………返せ」
     視線も合わせずに、真っ赤な顔を隠すようにそっぽを向いて言うもんだから、思わず笑った。隠し事は、どうやらこのガラス瓶でビンゴのようだ。
    「お前が作ったのか?」
     問い掛ければ、エースは核心をつかれたような顔をして、きゅうと眉根を寄せる。
    「……っ、悪りぃかよ」
    「別に悪いともなんとも言ってねェだろ」
     ただのお菓子作りだ。恥ずかしいことは何もない。肉料理大好きのコイツが、すこし珍しいとは思ったが。
    「初めてじゃねェか、お前が菓子作んの。しかもクッキーなんてなぁ」
    「……う、うるせェ」
    「なんでそうツンツンしてんだよい。何か隠したいワケでもあんのか」
    「かっ、隠してェことなんて、なんも……」
     林檎のように染まった顔が、一瞬だけおれを見る。ん?と優しく応えてやれば、エースはきゅっと下唇を噛んだ、いじらしい表情を浮かばせた。
    「揶揄わねェから、大丈夫だよい。ま、どうしても言いたくなけりゃ、それでもいいが」
     甘やかすようにぽんぽんと頭を撫でると、どうやらようやくバラす気になったらしい。
     唇が開いて、閉じて。何度かそれを繰り返した後、エースは意を決したような目でおれを見上げた。
    「……れ、練習したんだ」
    「練習?あぁ、誰かにあげんのかよい」
    「ばっ……ば、バレンタインで……っ」
    「おお、確かもうそろそろだな」
    「マルコに、やろうと思って……」
     そこまで言って、エースはまた派手に顔を赤くする。恥ずかしくて死にそうだとばかりに掌で隠したもんだから、こちらはぴしゃりと衝撃を受けてしまった。
     バレンタイン。頭の中で反芻して、エースの言葉の意味を考えてみる。練習した。おれに、あげるために——?
     そうやってリプレイしてみると、なんだかとてつもなく可愛いことを言われたような気がする。もう一度、確かめるつもりでエースを見れば、エースは熱った頬を隠しながら、何やら続きを話し出そうとしていた。
    「……マルコ、チョコよりもクッキーが好きなんだろ。この間サッチから聞いて、試しに今日、マルコが帰ってくるちょっと前に、焼いてみたんだ。そしたらすげェ失敗しちまって……ほら、そん中、黒焦げのもあんだろ。砂糖入れ過ぎて甘ったるいし、形も変だし、散々でさ。みっともねェから、後でこっそり食っちまおうと思って、慌てて隠したんだ。こんなん見られたら、マルコ、絶対幻滅すると思って……って、え、ぁ、おい!」
     エースの言葉を聞き終える前に、ガラス瓶の蓋を開けてクッキーを1枚取り出す。
     慌てて止めようとするエースを振り切って齧り付くと、甘い甘い砂糖とバターの味が口の中に広がった。思わず、目を細める。
    「……ものすごく、甘ェよい」
    「だからっ、分量間違えたって言っただろ!」
     率直なおれの感想に、エースはわなわなと唇を震わせて、野生の猫のように睨め付けてくる。ばか!食うのやめろよ!と騒ぎ出した声を無視して、さらにクッキーに齧り付いた。
     やっぱりとてつもなく、甘い。どっしりとした重たい甘さは、噛めば噛むほど、エースがおれを思う気持ちが伝わってくるようで——自然と、口角が緩んでしまう。
     クセになる味だ。食べるのをやめろだなんて、冗談じゃない。パクパクと食べ進めて、あっという間に1枚を平らげると、怒っていたエースも、ぽかんと口を開けておれを見る。
    「ま、マルコ……」
    「ん?」
     返事をしながら2枚目を取り出すと、エースは「あっ」と声を出して、ガラス瓶を取り上げようとする。
    「渡さねェよい」
    「っ、美味くねェだろ!返せって……!」
    「ダメだ。全部俺が食う」
     手を伸ばすエースを抑えて、ガラス瓶を頭上に掲げる。ガードしたまま黒焦げのクッキーを齧ると、エースは大きく目を見開いて、でもすぐにふにゃんと泣きそうに歪ませた。
    「うぅ……信じらんねェ……」
    「何でだよい。こんくらい焦げてて甘ェ方が、おれの好みだ」
    「バカ、おれだって味見したんだ。食えたもんじゃねェだろ……」
     そう言って伏せたエースの顔を、ゆっくりと持ち上げるように頬に触れる。惑う目が堪らなくいじらしくて、逸れないようにじっと視線を交わらせた。
    「お前が、おれのために作ってくれたもんだろい。ンなの、旨ェに決まってる」
    「……っ、」
    「ありがとな、エース」
     赤くなった眦を撫でながら伝えれば、触れた肌がぶわりと熱を上げる。口を開けたまま固まったエースが余りに可愛くて、ついでに額にキスもしてやった。
    「……ぅ、マルコって、ほんとさぁ……」
    「なんだよい」
    「ッ、なんでもねェよ!」
     また、隠し事かよい。エースの荒げた返事につい漏れかけた言葉は、ぎゅっと強く抱きしめられたせいで消失してしまった。
    「本番は……もっと美味いのやるから」
     おれの胸の内で、エースがこっそりとそんなことを呟く。照れ隠しのように額を擦り付けられて、何だか心臓まで鷲掴みにされた気になった。
    「……そりゃ楽しみだ」
     甘い甘いクッキーの味が、まだ口の中に残っている。続く幸せの味を思うと自然と笑顔になって、おれはぎゅっとエースを抱き締め返したのだった。
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