廻天(幕間)「――『忌々しい』? この狩人の夢が、ですか?」
そう問い返してくる若い狩人の顔を、自分はただ黙って見つめ返した。自分と向かい合うように立っている若い狩人は眉間に皺を寄せており、明らかに困惑しているのが見て取れた。
「私は『狩人』です、狩りを続けなくてはなりません。それに、私に『ただ獣を狩ればよい』とおっしゃったのはあなたではありませんか」
……若者の言うことは正しい。自分は確かに、眼前の若者にそう伝えた。夜の始まりの時に。それに、急に「忌々しい悪夢から解放してやる」などと言われれば困惑するだろう。この夢を拠り所とし、心地よい場所だと信じている者であれば。
きっと、自分の思いは伝わっていない。彼の目に映っている自分の表情は、きっと憮然としたものに映っているのだろう。だがそれでも自分は、ただ真っ直ぐに彼の目を見据え続けた。
――気づけ。
気づけ。
早く気付いてくれ。
ここにいてはならない。
ここに囚われてはならない。
どうか、どうか、どうか――逃げ延びてくれ。
人を獣に、血狂いに貶める、この恐ろしい微睡みの檻から。
「だから私はその通りに獣を狩って、血の遺志を集めて、……それで……、それ、で…………? ……」
若い狩人が言い淀む。ぼんやりと濁った……いや、蕩けた瞳が、視点の合わない眼差しをこちらに向けてくる。
ああ、よく見覚えのある瞳だ。と同時に、落胆と悲しみが己の心中に湧くのがわかった。
「……と、……とにかく、狩人である私にはまだ、この夢の力が必要なのです」
そう答えた狩人に向け、自分は頷いた。そして車椅子に座っていた身体を、杖を支えにしてゆっくりと持ち上げる。
血にせよ、狩りにせよ――酔った狩人はみなそうだ。真実を見抜くこともできず、蒙昧なまま〝目覚め〟を拒絶する。
かつて自分がそうだったように。
「……わからないんだね、あなたも。他の者たちと同じように」
自分がそう言うと、若い狩人は怖気付いたように後ずさりした。しかしすぐに武器を手に取り、こちらへの抵抗の意を示す。
……今回も上手くいかなかった。
ああ、なればこそ、せめて。
背中に背負っていた狩り武器に手を伸ばす。自分の「前任者」である老狩人の得物だったそれは、湾曲した大ぶりの刃を月光にきらめかせた。容赦はしない、必ずこの者の首を落とす。それこそが慈悲だと、自分は『彼』の姿から学び取った。
突進とともに振りかぶられた若人の刃を己の得物で受け止め、弾き返す。酔っているからだろう、若者の動きは洗練されているとは言い難い。「そう」なる前に終わらせてやりたかったのだが……そんなことを思いながら、一つ、また一つと傷を負わせていく。
ふらつき始めた彼の背の向こうに、大きな丸い月が見えた。「奴」はきっとその冷たい光を通して見張っているのだろう。それに従うことしかできない屈辱は、しかしより一層、眼前の若者を救わなくてはという気持ちを奮い立たせる。
若人の口から唸るような声が漏れ始める。負傷によって怖気付いた……という声ではないそれは、もっと悪いものを指していた。
地を覆う白の花々を踏み躙って跳躍する。冷たい光に染められた隕鉄の刃が、若人の喉笛を深々と切り裂いた。
漏れ聞こえていたそれが、獰猛な咆哮に変わるよりも早く。