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    🥗/swr

    らくがきとSSと進捗/R18含
    ゲーム8割/創作2割くらい
    ⚠️軽度の怪我・出血/子供化/ケモノ
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    2019/02/16 過去作投稿
    『赤槍の唄』収録
    ---
    カグメレ。モルスの断崖でのキズナトークより、グーラ争奪戦のあった十年前には既に二人は同調していたはず、という仮定での話。

    ##SS
    ##Xb2
    ##Xenoblade

    燎原「――流石『炎の輝公子』殿ですな。いやはや、見事なお手並みでございました。ハーダシャルにおられる皇帝陛下にも良いご報告が出来ましょう」
    スペルビア帝国軍、第一親衛軍団第二大隊隊長であるその中年の男は、自らの席の対面に立っている若い娘を見ながらそう讃える言葉を口にした。
    「いえ、これもカグツチや皆の協力あってのこと。私一人で得た勝利ではありません」
    『炎の輝公子』と呼ばれた娘――メレフは眼前の男に淡々と返答する。第二大隊隊長の眉が僅かにひそめられた事には気づいたが彼女はそれを無視し、代わりに司令室の机上に広げられたグーラ領の地図を一瞥した。
    「……報告は以上です。それでは失礼します」
    メレフは一礼し、身を翻した。側に控えていたブレイド、カグツチもまたそれに続く。物々しく無機質な鋼鉄の扉を開き、『炎の輝公子』とその従者である帝国の宝珠は司令室を後にした。

    メレフはただ黙ったまま巨神獣戦艦内の廊下を歩いた。戦艦内の空気はやや浮足立っていた。先刻の戦闘において、数的に不利な状況でありながら敵軍を圧倒し、ついに勝利を収めたからだった。食堂へと向かっていく数人の兵士達の雑談の声も明るい。
    彼女達は数多くの兵士とすれ違った。二人の姿を見た兵士の中には、称賛するように敬礼をする者もいれば、畏怖するかのように身を固くする者もいた。だが数年前、メレフがまだ帝国軍に正式所属していなかった頃に向けられていたそれとは明らかに違っていた。
    メレフはそれらに歩みを止めることなく、廊下を抜けて戦艦後部デッキへと出た。俄かに視界が開けて、遠くにそびえる世界樹と彼方へと広がる雲海の姿が二人の目に映った。デッキは広くないものの先客はおらず、メレフは手すりに手をかけてカグツチの方へと振り返った。

    「……少々浮かれた空気だったな。確かに今日の戦いは大成功を収めたと言っても良いだろうが……」
    遠くで聞こえる浮わついた声に呆れたような口調で、メレフはカグツチへと声をかけた。
    「もっと損害が出ると予想されていましたからね。ですがそれをかなり抑えることができました。それに……、ここで戦果を挙げたのならばクレタス親衛隊への配属も夢物語でありませんから」
    カグツチが静かに返す。吹く風は、グーラの生命の息吹を感じさせる暖かく爽やかなもの――とは程遠かった。
    「……まあ、今ここは一番の激戦区となっているからな。だが慢心している場合ではない」
    焼けた大地から風で流されてきているのか、それとも先刻までその真っ只中に立っていた自分の軍服に移ったものか。メレフは自身の周りを漂う不愉快な臭いに少し苛立だったように目を細めた。


    神暦四〇四八年。アルストでも有数の豊富な資源に恵まれた巨神獣、グーラを巡って二つの国がぶつかり合った。
    元々グーラの所有権を持っていたスペルビアに対するは、長年の因縁の相手であるインヴィディアであった。帝国とは犬猿の中で小競り合いを繰り返してきた国。アルスト全土の危機であった聖杯大戦の時こそ多少は歩み寄ったものの、思想も在り方もまるで違い、長く国交は断絶している。
    そのインヴィディアが、既にスペルビアの領土とされていたグーラを奪取すべく戦を仕掛けてきたことには二つの理由があった。
    一つは、インヴィディアでも巨神獣の衰退の兆候が現れ始めていたこと。
    もう一つは、帝国最大の戦力――「帝国の宝珠」のドライバー、すなわち皇帝が病に伏していたことである。
    スペルビアの歴代皇帝は皆「帝国の宝珠」のドライバーだ。帝国の宝珠を従え、そして国を守るために戦いの最前線へと立つことが出来る程の実力者。その者にこそ国の頂点に立つ資格が与えられる……スペルビア帝国とは、そういう国だ。
    その最大戦力のうち片方が戦場に現れることがない、そう知ったインヴィディアはこれを好機と見てグーラの奪取を目論んだ――と、真相は定かではないものの、帝国軍内ではそのような噂がまことしやかに囁かれていた。

    ドライバーの数自体はかの王国よりスペルビアの方が多い。だが正規兵と傭兵の混成部隊は傭兵業が盛んであるインヴィディアの得意とするところであり、こと白兵戦でいえば、あちらの方が数段長けている。
    ――それをアルスト最新鋭の巨神獣兵器とドライバーの数にものを言わせて押し潰す。
    その今回の作戦において前線で指揮官を務めたのが、帝国の宝珠のもう一人のドライバー――メレフ・ラハットだった。
    メレフはまだ第一親衛隊軍所属で、皇帝直属の精鋭部隊であるクレタス親衛隊員ではなかった。それにもかかわらず彼女は指揮官として前線に送られ、今ここにいた。それは「帝国の宝珠とそのドライバー」という威光が、将兵の士気を大きく鼓舞するに違いなかったからだ。
    実際、メレフが戦場に立った効果は絶大だった。帝国の象徴たるカグツチを伴い自ら戦場へと身を晒して戦うメレフの姿はまさしく「帝国最強」と呼ばれるに相応しかった。そこへアルスト最新鋭の巨神獣兵器を惜しみなく出撃させる。そうなれば、いくら白兵戦に長けたインヴィディアの混成軍といえども敵うはずがなかった。
    インヴィディアの奇襲から始まったこの戦だったが、なんとか劣勢を持ち直し、スペルビアには光明が見えつつあった。しかし、一つの懸念は未だ消えぬままだった。
    メレフは腕を組み、一つ小さくため息をついた。表情は厳しいままで、彼女はデッキの端から僅かに覗く基地の様子へと目を向ける。
    「一刻も早く決着をつけなくてはならない。……持久戦ともなれば物資に乏しい我が国は圧倒的に不利になる」
    メレフが艦内の浮かれた空気と裏腹に顔を曇らせているのは、その懸念のせいだった。
    基地内には、待機させられている軍艦や巨神獣兵器が整備を受けている様子が見えた。だが、その数はメレフ達がこの前線に配属されたばかりの頃より明らかに減少していた。メレフの言葉を聞き、カグツチも肯定するように頷いて見せた。
    「……仰る通りです。このまま一気呵成に攻勢を続け、反撃の隙を与えぬうちに雌雄を決する……それが最も良いと思われます」
    このグーラ争奪戦では既に大量の巨神獣兵器を消耗していた。帝国の技術の粋を極めた、数々の兵器。トルトガや数多くの軍艦、そして試作の兵装。だがその数自体が減っては、いくら腕の良い技師が集まっていても直すことは叶わない。
    同時に送り込むドライバー兵にも限りがある。近年のアルストではドライバー適性を持つ者が減少しつつあった。戦いを長引かせ、希少な存在となろうとしているドライバー兵をいたずらに消耗する訳にはいかなかった。
    メレフは遠くの喧騒を聞き、巨神獣兵器の数が減ってやや広くなってしまった基地を眺めた。このデッキで思索に耽っていたところで心が休まる訳ではなかったが、どうにも彼女は艦内の休憩室に戻ろうという気が起きなかった。

    「……しかし、先程は災難でしたね。放っておいてよろしいので?」
    「ん?……ああ、別に気にしていないさ。大して粘られずに済んだからな」
    メレフはカグツチの言葉に顔を上げた。カグツチはやや不服そうな顔でメレフを伺っている。メレフは一つ苦笑いをし、そう心配するなと彼女に返した。
    「まあ――気にいらんのだろう。お前の……『帝国の宝珠』のドライバーであるといっても、たかだか十数年しか生きていない小娘に手柄を横取りされるのが」
    淡々と語る主人の姿にカグツチはやはり不満げな表情を浮かべていたが、やがて諦めたように小さくため息を漏らした。ここで彼女がメレフに何か進言したところで特に得るものはない、そう気づいたのだろう。メレフはそのカグツチの様子を見ながら、先程の男の言葉を反芻した。
    「『炎の輝公子』――か」
    誰が言い出した二つ名か。このグーラの前線に指揮官として立ち、帝国の宝珠と共にその腕を振るうメレフは、いつの間にかそのように呼ばれ持て囃されるようになっていた。実力が認められていると思えば多少溜飲も下がったが、そのように褒めそやされても戦いに役立つ訳ではない。初めて聞いた時は下らないとすら感じ、そう呼ぶ者達が早く飽きてしまえばいいとメレフは辟易していたが、その呼び名は飽きられるどころか広まる一方であった。
    「あまりお好きではございませんか?」
    カグツチは不満げに眉間に皺を寄せたドライバーに問うた。本当ならば聞くまでもないくらい、彼女はメレフのことを理解しているのだが。
    「正直気に食わん。……だが」
    メレフは言葉を切る。むず痒い呼び名。けれども、それを完全に否定することは憚られた。彼女はしばし沈黙し、それから問うてきたカグツチに向けて少しだけ困ったような微笑を見せた。
    「――お前に関する名だと思えば悪くはない。そう思うよ」
    それを聞いたカグツチの表情が和らいだ。ずっと硬い表情をし続けていた二人の顔が、ようやく僅かな柔らかさを帯びた。
    「そう思っていただけるのならば光栄です、メレフ様」

    ◆◆◆

    「――――……、ん……」
    皇族の指揮官と帝国の宝珠に与えられた休憩室。真夜中の暗闇に包まれた部屋の寝台に横たわっていたメレフは、その夜幾度目かの覚醒をした。
    その日はやけに眠りが浅かった。身体や頭には疲労が溜まっており、休息を必要としているはずなのに、やたらに目が覚めて彼女はうまく眠りにつけなかった。
    メレフは静かに寝台から身体を起こし、軽く髪の毛をかき上げた。ちらりと横を見れば、もう一つ用意されていた寝台で眠っているカグツチの姿が見えた。
    酷く喉が渇いていた。このような時間ではあったが、水を飲む程度なら問題ないだろう。わざわざカグツチを起こし供につけるまでもない。そう考えたメレフは、音を立てぬよう注意を払いながら寝台を降り、傍らに置いていたふた振りのサーベルを下げてそっと部屋を抜け出した。

    艦内には警備兵が至る所に待機していた。ただ水を飲もうと思って出てきただけだったが、彼らの姿を見たメレフは訳もなく避けたいという気持ちが湧いてきた。今は誰とも会話したくなかったし、誰にも会いたくなかった。例えそれが自軍の兵達であっても。彼女は彼らの目につかぬ場所をすり抜けてあてもなく艦内を歩き回るうちに、いつの間にか昼に訪れた戦艦端のデッキに辿り着いていた。
    基地に待機していた兵器や巨大な巨神獣戦艦は整備を終えて昼間とは別の場所へと移動しており、デッキからはその日の戦場となった場所を見ることが出来た。
    ひゅうひゅうと吹き抜ける風がメレフの頬を打った。風は冷たくはなく、だがやはり何かが焼けたような臭いが混じっていた。
    ――戦艦から見える風景は、心地よいものなどではなかった。生々しい砲弾の跡。抉られた大地。焼き尽くされ面影もない田畑。戦火で平らげられた、村だった場所。
    最早村であったかどうかすらも分からない。建物は面影などなく、そこに生きていたはずの人間は誰一人としていない。散らばっているのは砲撃でそこら中に崩れた建物の残骸と、家畜のアルマ達の死骸。その他転がっているものといえば、言うまでもない。この地で名産であったサチベリアの花畑があった場所は、ただの灰まみれの黒い大地になっていた。

    「……美しい村だったのだがな」
    メレフは誰に言うでもなく、ただ惜しむように呟いた。暗い、昏い、夜の闇の中に、その呟きは流れて溶けていった。
    「――メレフ様?こちらにいらっしゃったのですか」
    不意にメレフの背後から声が聞こえた。メレフはそれに酷く驚いて弾けるように振り返り、そしてその声を掛けた者の顔を見て安堵したように息を漏らした。
    「カグツチ、――か。すまん、出ていった時に起こしてしまったか」
    「いえ、お気になさらず。ですがなかなか戻られないので、どうなさったのかと思いまして……。ご気分が優れませんか?」
    「少し目が覚めてしまっただけだ。大したことはない、先に戻っていてくれ」
    メレフはそうカグツチに促したが、カグツチは戻ろうとはしなかった。逆に一歩メレフの側へと歩み寄る。メレフは一瞬戸惑いを感じたが、逃げる理由もないのでそのカグツチの動きを許しその場に留まった。そして観念したように頭を軽く振り、ふいと焼け野原へと視線を投げた。
    「……惜しい場所を失ったと思ってな。……数年前まではお前とよく避暑に訪れていたから」
    彼女はその黒い大地の元の姿を脳裏に思い浮かべた。それにつられて勝手に表情が沈む。
    「メレフ様……」
    「……いや、いいんだ。私個人の思い出などこの戦いには関係のないこと。陛下が前線に出られぬ以上、私がこの国の盾とならねばならない。それが今の私のなすべき事だし、そうすることで帝国を守れるならば重畳というものだ」
    帝国の宝珠のドライバーの片方が戦に出られないことが、いかに痛手であるか。メレフはよく理解していた。若干十数歳の皇族の娘はその卓越した戦いの才を以って、帝国の宝珠と呼ばれる凄まじい力を持つブレイドと共にグーラへと降り立ち、数多くの危機的状況を覆した。それは喜ばしいことだった。
    しかし今、ぬるい風の吹く夜半のデッキに佇む彼女の表情は、十代半ばの少女がするようなものではなかった。
    「……ただ、消えないんだ」
    メレフは陰りを帯びた面持ちのまま、胸の前で手のひらを握り締める。
    「消えないんだよ、この戦いで覚えた感覚が。いつまで経っても」
    大地を覆う黒煙。自らが振るったふた振りの剣が、蒼炎を走らせる光。敵兵を斬り伏せた時の、肉を切り裂く感覚。巨神獣兵器から放たれる砲撃の轟音。将兵の怒号。悲鳴。そして、数多のものやひとが、焼けてゆく臭い。
    ――吹き流れてくるぬるい風が、それらを余計に思い起こさせた。

    感情を伴わない笑みがメレフの顔に浮かぶ。水を飲むはずだった喉は乾いたままで、それがメレフの声量をより小さくしてしまった。
    「なあ、いつになれば慣れるだろうかな。消えないならばいっそ慣れてしまえば、きっと――」
    「慣れる必要などありません。……何処にも」
    遮るように放たれたカグツチの言葉に、メレフは言葉を止めた。彼女は眉をひそめ、返答したカグツチの顔を見た。
    「メレフ様、それは慣れて良いものではありません。酷な事を申し上げているのは承知しております」
    カグツチはメレフの手を取った。人のそれよりあたたかなカグツチの手が、メレフの冷えた指先を包む。硬い声とは裏腹に、そのカグツチの手のひらは柔らかかった。
    「我々のなしていることが何であるか、忘れてはなりません。慣れてしまってはならないのです。それが戦をする者の責務なのですから。……ですがもう一つ、どうかお忘れなきよう。メレフ様のお傍には、必ず私が付いているということを」
    カグツチの声は真剣だった。メレフは自分の手を取り、自分を見つめているカグツチの顔を見つめ返した。自分の思い悩むことなど彼女には最初から見通されていたのだと気づき、メレフの心中は自嘲と安堵の混じったような感覚に包まれた。
    「どうかお一人だけで抱え込まないでください、メレフ様。私は貴女のブレイドなのですから」
    そう言うとカグツチはようやくその顔に笑みを浮かべた。その時の彼女は「帝国の宝珠」でも、兵器でも、ただのいち従者でもなかった。
    ――ただ一人、メレフの一番傍で寄り添う者だった。

    「……カグツチ」
    呟くように、メレフがその者の名を呼ぶ。カグツチはただ一言はい、と返した。メレフは手を握り返し、顔を見つめ、そしてとうとうその蒼いブレイドの胸に身体を預けた。
    「――はは……、……そう、だな。そう……だったな――」
    微かに震える声で、メレフはそう呟いた。泣く訳でもなく、憤りを露わにする訳でもなかった。彼女が抱いた曖昧な感情を示す術は、この世で最も信頼している者にただ身を委ねることだけだった。

    幼子でもなく、完全な大人でもない皇族の娘は、そうしてしばらく蒼い炎に包まれたまま、ぬるい風に吹かれ続けていた。
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