それは事故だった。
かつて己と共に世界を脅かしたそいつは、赤黒いバスタブの中に沈んでいた。
手から滑り落ちた買い物袋が、ガラスタイルの上に落ちてどしゃりと音を立てる。
ああ、こんな結末はお前には似合わないよ。
いつか来ると思っていた未来は唐突で、うまく息ができなくなる。まるで陸に打ち上げられた魚だ。お前じゃないが。
戦争が長引いていた。
世界の裏側で暗躍するヒーローはこの舞台には必要が無くなった。これからは情報戦だと誰かが言って、俺たちスパイは一夜にして職を失った。
存在意義を示すために上層部に突撃してはみたけれど、相手にはされなかった。誰もが疲れ果てていたのだ。お金も、時間も、無限にあるわけじゃない。
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