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    常勝神話
    第三章:いたちごっこ
    第四話:タイム・ラグ指揮官

    3-4 タイム・ラグ指揮官海の凪いだとある月夜。
    港近くの積荷置き場に、ウロボロスがちょこんと座っている。目の前に広がるティミ諸島のスチル街は、異様な静寂に包まれていた。寝静まるにはまだ早い気もするが、物音どころか民家の明かり一つも見当たらない。

    ゆるりと動く尾は焦げてざらついた石畳を撫でつけ、どこからか湧く羽虫を払う。冷たい月の光を受けて、竜の鱗はしっとりとした薄青色を纏っているが、しかし月明かりの下から外れたならば、その姿は闇に同化するだろう。艶消しされた鱗の表面が余分な光の反射を抑え、景色に溶け込むのである。

    「…。」

    資材置き場は瓦礫だらけだ。
    乱立しているはずの工場はどこにも見当たらず、辛うじて警備塔か灯台らしき物の基礎が残るだけ。あちらこちらには人丈程はあろう、先の尖った石柱が規則性なく生えていて、地面も民家も積荷も貫いている。瓦礫の奥からは血の焼け焦げた匂いが漂い、側に倒れている人間らしき塊は黒焦げとなってプスプスと煙を吐いていた。

    見るからに難ありの状況に、ウロボロスはムムム…と耳を後ろに倒して警戒しながらも、街を確認するためにそっと歩いて行く。

    一応、大事が起こったと言うのは知っていた。

    リラーグを出迎えてくれたマカラが、ティミ諸島について知る限りを話してくれたのだ。しかしマカラが把握していた事態以上の惨劇が、この街では発生したようだった。

    竜の四肢が灰と炭を踏み、絶妙なバランスを保っていた瓦礫が崩れた。黒焦げの塊は瓦礫に潰され、じわりと赤い液体をこぼす。へし折られた街灯、割れたタイル壁、崩れ落ちた工場の足場に、無数に生えた大きくて鋭い石の棘。積荷置き場のあちこちに刻み付けられた戦闘の痕跡からして、かなり一方的な暴力行為があったと推測された。そしてこれらはまだ真新しく、つい十分前のものと思われる傷もある。

    すると、視界の隅で僅かな煌めきが動いた。

    「!」

    バッと翼が広げられる。
    ウロボロスの背を覆う三対の翼は、風に吹かれても揺れることなくぴしりと整えられ、柔らかな羽毛などとの言葉からは遠い。ただただ速く飛ぶことのみに特化したそれは…急襲を軽々と回避するだけの爆発的な浮力を生む。

    「…革命軍のラグ指揮官でよろしかったですか。」
    「なんで俺の名前を知っている?」
    「貴方、ガレパスでも活動しておられたでしょう?サボさんの砂上船で見た気がしますよ。」

    ラグ指揮官の一撃を避けたハインは、気位の高い猫のように座り直して翼を畳む。煤塗れのラグ指揮官は周囲を警戒しながら、明らかな敵意の表情を浮かべていた。しかしウロボロスが海兵に姿を変えた途端、表情は驚愕のそれになる。

    ラグ指揮官の腰に、ランタンがぶら下がっている。チロチロと小さな灯火を包むランタンには、光が漏れないように褐色のハンカチが掛けられていた。先程視界の隅で動いた煌めきの正体を知ったウロボロスは、生傷の多い彼をひたと見据える。

    体格の良い筋肉質な彼は、言葉を選んで竜に問いかけた。きっとサボに何かしらの忠告を受けているのだろう。感情的にならないように努めてはいる様子だが…明らかな敵意が見て取れた。

    「すまない、海賊かと思って攻撃してしまった。だが…あんたら、ここに来る道中に幾つの船を沈めたんだ?応援に来るはずの六隻のどれとも連絡が取れないのは、あんたらが原因なんだろう。民間の船まで沈めたと聞いたが本当なのか?」

    片足に体重をかけたハインは、長い尾を覗かせたままわざとらしく呆れてみせる。ラグ指揮官は目の前の小娘の生意気な態度にムッとしながらも、ゆっくりと剣を握り直していた。おそらくは脅し程度のつもりなのだろうが、その行為すらハインにとっては話にならない。

    そもそもの話。
    ハインを呼んだのは革命軍だ。

    彼らはモックタウンの地方新聞に、わざと〈ダーリントン取材班〉の名を使用した記事を寄稿した。当然この記事は一面を飾り、マカラを経由してハインへと届けられる順路を踏む。記事を読んだハインは〈革命軍の戦場ジャーナリスト集団、ダーリントン取材班〉の名に気付いて腰を上げ、情報局なりに調査を開始。記事の信憑性が確保できたところで、既に別件で動いていたグラッセンヘ一報入れつつ、クザンヘ話を持って行った。

    クーザ、ジャヤ、ウォーターセブンの三海域で活動している革命軍を退かせようと思っているのですが、御助力願えませんか?と。クザンは二つ返事で了承し、『新兵の実地訓練に丁度いいじゃないの』とも言っていた。

    そして現在。
    革命軍を取り巻く状況は、大きく変化している。

    てっきりハインは、それらを踏まえた話し合いを持ちかれられるとばかり思っていたのだが、いざ来てみればこの通り。話にならない野郎が一人、剣を手に立っているだけだった。

    (サボさんもダーリントンらしき人も見当たらない…と言うか革命軍は一体どうした?以前ならもっと上手く活動していただろうに…。)

    確かに海軍本部は、昨今のクーザ海域におけるセモアディゼル海賊団の行為を重く受け止めて、近隣支部の手隙を総動員した掃討作戦を展開している。しかしこれらの作戦は革命軍と直接的な関係はなく、単純に海軍としての責務を果たすべく動いたに過ぎないものだ。海軍本部は革命軍を討つつもりで、前半海域に艦隊を派遣したのではない。

    あくまでも彼らの標的は海賊。
    セモアディゼル海賊団を討つがためだ。

    では〈セモアディゼル海賊団の急激な勢力拡大〉の原因は何だろうか?

    その原因こそハイン達情報局が討伐対象としている者達、つまり革命軍である。革命軍の内で何か異変が起こっていたのだとしても、それはそれこれはこれで対処に来た。そのため、ハインは違和感を頭の片隅に置きつつも、予定通り〈革命軍側の一手〉を潰す。

    「私を呼んだのはそちらでしょうに。モックタウンの地方新聞に寄稿して、我々海軍を呼ぶなりセモアディゼルの相手をよろしくと言うのは…些か調子が良すぎるのではありませんか?」

    まぁ『革命軍ではセモアディゼルの相手が務まりません』と言うのなら致し方なし。

    革命軍の事情なんて海軍は知りませんよ?と言ったところで、海賊被害を被るのは革命軍ではない。被害を受けるのは非力な民間人とウォーターセブンのガレーラ、そしてクーザ海域やジャヤ海域に本拠地を構える〈マカラ漁業組合〉や〈スチル街工場群〉を初めとした重要組織ばかりだ。スルセンブルクの支社や工場にも被害が出ているし、このままセモアが爆進を続ければ、サハリ率いるガレパス交易会社にも被害が及ぶかもしれない。となるとスルセンブルクの若旦那と〈御父上〉が黙っているはずもなく。

    つまり、やるしかないのだ。
    革命軍の尻拭い云々ではなく、世界政府や海軍にとって重要な企業や組織が大損害を受ける前に、何とかせねばならないのである。

    「都合の良さは否定しないが、あんたにも用がある。海軍なら誰でも良いってわけじゃない。だからモックタウンの新聞社に寄稿したんだ。」

    勿論、ジャヤのモックタウンにはドフラミンゴ・ファミリーがいる。しかしドフラミンゴ本人は滅多にいないし、駐在してくれているファミリーも三人ばかり。いくら強いと言ったとてたった三人では、ジャヤ、クーザ、ウォーターセブンの三海域に広まりつつあるセモアディゼルを叩き潰すなど出来ない。

    (革命軍内部で何があったのか、かな。場合によっては踏み込んで、ドフラミンゴさんを呼んでも良いかもしれない。)

    ヒュンッと竜の尾先がラグ指揮官の喉元を掠める。

    素早い攻撃を咄嗟に躱したラグ指揮官は、手に握る剣の切先を上げた。ゆるゆるとウロボロス姿に戻っていくハインは尾先の硬質化した稜鱗で剣を弾き、ヂャリッと焼けた石畳に爪痕を刻む。グッと広がった瞳孔は雲間の弱々しい星明りを拾い、雨雲に陰りつつある月夜の下で雨粒一つを視認した。対するラグ指揮官は腰のランタンの灯火を最大に、腰を落として拳を構える。

    風が周囲を見渡す。
    新たな敵は見当たらず、接近してくる者もいない。資材置き場にはウロボロスとラグ指揮官だけであり、これならば非戦闘員のハインにでも対応可能な状況だった。

    「海軍はこれまで革命軍を敵として扱ってきませんでした。特性上、扱えなかったとも言います。」
    「一般人と俺ら構成員とのの見分けが革命の現場でしかつかないからだろう。それくらい知っているし、俺らはそれを利用してきた。」
    「今は敵としています。」
    「…は?な、どう言う…そう言うことかッ!」

    獣の四肢が煤けた地を踏む。
    半開きの翼がゴォッと急に吹き荒れた風を掴み、ウロボロスはたった一跳びでラグ指揮官との距離を詰めた。

    宙に浮いたままの後ろ足。着地しかけた右前足。尾は蛇のようにうねってバランスを取り、鈍い灰色をした角を抱く頭は低く下げられている。そしてラグ指揮官の首を掻き切らんと伸ばされた左手の、開かれた手指が、鋭い爪が、柔らかな皮膚をサラリと引き裂く。竜にとって人間の素肌はシルクと等しく柔らかい。

    ビッと血が飛ぶ。
    灰と炭に覆われた石畳に、じわりと血が流れ出す。倒れたラグ指揮官のドサリと言う音に、カランッと剣が転がる音。そして三対の翼が収納され直す、パサパサと軽い羽ばたきが、静寂の資材置き場にひっそりと響いた。

    ハインは腰に手を当てて、風の流れるスチル街を見つめる。蛾の目の腰布が音もなく揺れ、雨雲の隙間から顔を出した月に照らされた。薄い影が遺体に重なり、灰色の髪は銀糸に近い煌めきを発する。

    カチリカチリ、とハインの脳裏の更に奥底で、その齢にしては些か奇妙な、完成されつつある思考回路が稼働し始める音がした。

    ハインがラグ指揮官を殺したこの時点で、ティミ諸島の勢力図は確定された。これは間違いなく断言出来る。

    サボがどこで何をしているのか分からないし、革命軍内部で何が起こっているのかも分からない。しかしサボが〈革命軍の一手であるラグ指揮官〉のサポートに来なかったと言うことは、ここにはいないと言うことだ。来るつもりではいるのだろうが、何かしらのせいで来れないのだろう。案外海軍艦隊に見付かって交戦中なのかもしれないし、セモアディゼルやマカラの海賊の攻撃に晒されているのかもしれない。

    まぁ何はともあれ。
    参謀総長がまだ到着しないと知ったラグ指揮官は、この島にいる仲間を守るため、一人こうして剣を手に行動していたようだ。

    「…?」

    ハインは腕時計を見て首を傾げる。
    ラグ指揮官とのお喋りに使った時間は十分にも満たない。しかし時計は三十分も進んでいた。

    あぁなるほど、とハインが呟く。
    しかしそれ以上の興味を抱くでもなく、ハインは街の奥へと歩き始めた。歩みに合わせるように雨雲が流れ、雲間の月明かりも移動していく。灰と炭に汚れた大地はまだまだ続き、闇夜の向こうにも広がっている。

    ハインが一人で来た意味はなく。
    ラグ指揮官を見逃してやる慈悲もなし。
    とうに海は戦場となっている。
    なれば殺される方が悪いのだ。
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