Der Zauberlehrlingラインハルトを見上げる少女の真っ黒な瞳に期待が詰まっていた。「一口で全部食べないといけないのよ。 零さないでね」何度も促される声を聞きながら、ラインハルトは先ほど少女が手のひらに乗せてくれたチョコレートを手に取った。 丸い塊はラインハルトの親指一本分の大きさだった。 すでに体温で溶け始めているチョコレートからは、苦いというよりは甘い匂いがする。
いつの間にか静かになった少女は、息を切らしたままラインハルトをじっと見つめている。 焦っているというよりは、ただ単にラインハルトがチョコレートを食べるかどうかに全神経を集中しているようだ。 頬を赤く染めて期待している様子から、何か大きな悪戯をしたのだろうと思いながら、ラインハルトはそっと口角を上げる。 よく見ないとわからない笑顔は、司祭の顔を「悪ふざけを許す大人」であると同時に「共犯者である子供」に変えてしまった。 そしてすぐに、一見ごく普通のチョコレートがラインハルトの口の中に消えた。
舌の上でとろけるチョコレートの中から、甘い液体が流れ出てくる。 中身が甘すぎて酒や砂糖シロップとは思えないこと以外は、ただの美味しい普通のチョコレートだった。 ラインハルトが最後の残骸を飲み込んだ瞬間、少女が焦りながら尋ねる。
「神父様、どうでしたか？」
「ああ、美味しかった。 よくできたチョコレートだな」
その言葉を聞いた少女は少し躊躇しながらもうなずいた。 それからしばらくラインハルトを見つめた後、残念そうな顔で少女は部屋を出て行った。 その間、姿勢を低くしていたラインハルトは、少女が去ってからようやく体を起こし、机に戻った。 毎日目にする少女の気分が今日ばかりはなぜあんなに気まぐれだったのかについては、予想していたいたずらが失敗したか、あるいはすでにいたずらをしていたのに自分が気づかなかったのだろうと推測するしかなかった。
そしてしばらくして、奇妙なことが起こった。 絶えず誰かのささやき声や視線を感じるのだ。 ラインハルトは部屋の中に一人でいたのにだ。 ついに疲れのせいだと思い、風を吸いに出ようとしたラインハルトがドアを開けた瞬間、後ろからはっきりとした声が聞こえてきた。
「気をつけてください」
一拍遅れてラインハルトは、元々廊下があったはずの場所に広がる禍々しい地獄絵図を見た。 あちこちに人の骨が散りばめられたような情景は、もちろん見慣れた教会ではない。 本能的に後ずさりし、よく見ると、彼が踏み出そうとした場所は底なしの穴だった。
初めて聞こえた声の出所を探して振り返ると、そこには影が立っていた。
ラインハルトは他にその男を表現する言葉が見つからなかった。 影のようなシルエットを作る長い黒髪が揺れている。 それだけでは、目の前にいるにもかかわらず妙にぼんやりとした姿から、なぜかラインハルト自身が目をちゃんと開けていないような印象を受ける理由を説明できなかったが。
影はラインハルトの反応を見て、喉の奥で笑った。 そして、ドアの外に現れた地獄に視線を投げる。
「小さな魔女が恋の妙薬を結構うまく作ったんですね。 もう少し上手くやれば、地獄の1割くらいは呼び出せたと思うのですが、そうなるとあなたに届く前に私がこぼしてしまったでしょうね。 あなたを信用していないわけではありませんが、女神の世界に影響が出ると困るので。 幸い、少女の夢を奪うところまでは至らなかったのですが」
愛の妙薬というからには、少女が用意したいたずらの正体がそれであったとしても驚かないとラインハルトは思った。 チョコレートの中に入った、甘すぎる液体が、少女なりに愛の味がすると思った材料を煮詰めて作ったジャムだったのかもしれない。 たとえそうだとしても、愛があの地獄と何の関係があるのか、なぜこの男は知ったかぶりをするのか、ラインハルトにはわからなかった。
「君は何者だ」
好奇心と妙な親近感から思わずラインハルトの口から出た疑問に、影は再び笑った。 それ以外の表情を持っているのか気になる一方で、笑いの種類が微妙に違うような気がするラインハルトがいた。
「これは失礼しました。 こんなに突然現れるつもりはなかったのですが、言い訳をすれば、今回の件は私が姿を現したというよりは、あなたが私を見ることができるようになったということに近いでしょう」
「ずっとここにいたようだな」
「そうではありませんよ、あなたがこの部屋に入るまでは」
さて、ちなみに、今、廊下の外に現れた地獄は、適切な材料で軟化させたものではなく、魂に残された記憶を元に不本意に模倣したものに過ぎませんから、この部屋の中で待てば自然に解消されるでしょう。 あるいは、あなたと私が直接、あの中に飛び込んで、素早く解体する方法を探ることもできるでしょう。
影が言葉を切り返した。 しかし、今は変わった話題がはるかにラインハルトの興味を引いたので、二人の理解は合致したと言える。
「どのくらい待てば、自然に消えるのか？」
「偶然にも、私がちょうど隣にいたため、この空間は一時的に私のいる特異点に収束した。 あなたに由来するが、元々は私が築いた城を骨格とする空間の記憶なのだから、それも不思議ではないはずだ。 もちろん、空間の記憶が自然に散らばってしまえば、元の場所に戻します。
ですから、実際に流れる時間は全く考慮する必要はなく、あなたの体感上、数十年待つだけでいいのです」
偶然だと理解させる気すらないように見える。
ラインハルトはこの会話を終わらせることにした。
「じゃあ、出よう。 残りは、行きながら聞く」
相手が全く知らない張本人説を会話と称して語る影と、自分の所属する宗教が仕える神であり古くからの友人を目の前にしながらも見分けられなかった司祭の旅は、こうして始まった。