Knockin on heavens door.「たまにはちょっとした旅行とか、行ってみたいね」
オフが重なった穏やかな日の昼下がり、日当たりのいい部屋の柔らかなソファで暇だった二人は互いにゆったりとくつろぎながら雑誌のページを捲っていた。ボブはぺらり、と風景を切りとった写真集のページを捲る。
次々と移り変わる風景はボブの感情を煽った。美しい湖面、色鮮やかな木々、遊び踊る動物たち。普段ではなかなかお目にかかれない光景の奔流。職業柄そう遠く、長期的にどこかへ出かけることが出来ないからこそなのか、その思いは強かった。
「旅行? 」
ソファに埋もれるような格好で目的もなくただページをペラペラと捲っていたブラッドリーはオウム返しをしてボブを見やった。ボブはぺらりぺらりと数ページ捲った後、ブラッドリーをゆるりと見る。どうにも興味がわかない話題なのか、へぇ、と呟いただけのブラッドリーの気を引こうとボブは見ていたページを見せ、指をさす。
「ほら、ここなんか綺麗でしょ?湖面がまるで鏡みたい」
「へぇ? 」
覗き込んだページには凪いだ湖面に雪渓がくっきりと写りこんでいる。寒い冬だからこその光景なのだろう、そこに動物たちはおらず、空気が澄んでいる様がよくわかる。積もった雪の量がその場所の寒さを物語る。今とは真逆のその光景にこの部屋もそうだと思わせるようでひやりとした空気が流れた気がした。湖に写り込む景色も上下対称、寸分の違いもないようにしか見えずブラッドリーは確かにボブが言う、鏡のようだと思った。
ボブはそれだけでなくまたページを捲り、今度は鹿が群れる様子を切りとったページを見せる。親鹿、子鹿が入り交じり、大きな群れがそこにいた。撮られていることに気づいている様子はなく自然な姿だ。
「鹿の群れなんか、見たことないし生で見てみたいな」
「ふぅん」
「……興味無い? 」
「無くはないけど……なかなか出かける余裕なんかないだろ」
「そうなんだけど……」
「まぁ、いつかその時がきたら、な」
「そうだね、そうしよう」
ボブはにこにこと行ってみたい場所のページにドッグイヤーをつけていく。ほぼどのページにもつけているのでは、とブラッドリーはその様子を眺め苦笑した。
そういえば、旅行という旅行はしたことがなかった。任務ではあちらこちら、西の端から東の端まで、なんてこともよくあるが、それはあくまで任務であって遊びではない。
日常においては良くて二泊三日のちょっとしたものだ。ふらりと足を運べる程度のところへ。それも数える程。ボブが望むなら叶えてやりたいが今のままではしばらく、到底、難しい話だろう、とブラッドリーは思った。
写真からは平面なそれしか感じられない、立体的な雄大さ、立ち上る香り、雑音のない自然な音。そういったものを生身で感じたいのだろう。行けるとしたらいつだろうか、行きたいところは?旅行自体にはあまり興味はそそられなかったブラッドリーだったがボブとのことを考えるとそれは楽しみなことではある、と思った。
「ブラッド、約束だよ? 」
「今はまだ時間が無いから……時間が取れたらな? 」
「うん! 」
二人は共にいつ来るか分からないいつか、を待ちわびる。二人寄り添って写真集を眺め、あれこれ話し合う内に時間は足早に過ぎ去っていった。
神は残酷だ、なんて初めに言った奴はとても的を得ている、とブラッドリーは思った。暗闇の中に見えていた、一筋の光。それが唐突に消えたように思えた。
その知らせは突然だった。ブラッドリーは任務、ボブは訓練と各自の役目を全うしていた。ぽつりぽつりと連絡はとっていたが、ある時から来なくなった。教官はマーヴェリックだ。余程厳しくしごかれて疲れているのだろうと少し残念には思ったがあえて気にはしなかった。離れていたのは十日間。そして今日、やっと顔を合わせることが出来る、はずだった。それをブラッドリーはとても心待ちにしていた。
十日ぶりにあったボブはツン、と消毒液の匂いのする真っ白い部屋の、真っ白いベッドの上にいた。腕には何本もの管がつながり、頭には幾重にも包帯が巻かれている。とても痛々しいその姿は起こったことの凄まじさをまざまざと見せつける。
「ボブ……? 」
カーテンの隙間から差し込む光がブラッドリーによって遮られ、影になってボブの体の上に落ちる。ボブはその名を呼んでも目も開けず、返事もしてくれない。名前を呼べば、いつも目を合わせて見つめ返してくれる、あの綺麗な蒼く澄んだ目が自分を見ないのがブラッドリーにとって、とても、辛かった。
その知らせを聞いた瞬間、ブラッドリーの全身から血の気が引いた。そして、心臓を鷲掴みにされ握りつぶされるかのような痛みが全身を駆け巡った。
知らせてくれたファンボーイの気遣う声が遠のき、何も考えられなくなった。脳内は真っ白で言われた言葉が理解できない。唖然とファンボーイの顔を見つめて、湧いた感情は爆発的な怒りだった。そんなことをしたとて意味がないと別の自分が言ったがそんなことを気にする余裕など、ブラッドリーにはなかった。
「なんでもっと早く言わなかった! 」
声を絞り出すようにして、半ば掴みかかるようにファンボーイに詰寄るブラッドリーをペイバックが慌てて取り押さえた。振り払おうとすればできたがペイバックが全力で押さえ込んできたことと、なんとも言えない焦りからか上手く振り解けない。
「離せ! 」
「お前が冷静でいられるならな」
ペイバックは苦い顔をしてお前が「今」みたいに取り乱して何をするか分からないからだ、と嗜めた。ハングマンですら難しい顔をしてブラッドリーを遠巻きに見ていた。
だからなんだ?ブラッドリーはそう言い返してやりたかった。仲間たちはまるで腫れ物に触るかのような態度。それもまたブラッドリーを苛立たせた。早かろうが遅かろうがいずれ知るならば早い方がよかったに決まっている。
ブラッドリーは部屋の隅で自分たちを眺めていただけのマーヴェリックにも食ってかかった。
「なんで俺には知らせなかった? 」
マーヴェリックは何回か口を開きかけては閉じ、を繰り返した。
「それは」
そう言ったきりマーヴェリックは何も言わなかった。言いたくても言えない、そんな態度がありありと感じられた。マーヴェリックには責任はない。けれど教官として、共に空にいた身として、何もできなかったことをひどく後悔していた。マーヴェリック自身も憔悴していたようで、刺すような視線をよこすブラッドリーのそれと視線を合わすことも無いまま、最後にすまない、とだけ言って黙りこくってしまった。
周りの自分への間違った態度のとり方やマーヴェリックのいつもとは違ってはっきりとしない態度。そのどれもにブラッドリーは苛立っていた。まるで自分だけ除け者にされたような気分でもあった。周りが真剣に直接伝えてくれたとしても、感情は変わらなかっただろうし、マーヴェリックがはっきりと何を言っても信じようとはしなかっただろうが、それでもその方が幾分マシだっただろう。けれどそれらをいったとて、結局何の解決にもならない。ブラッドリーへの連絡が早かろうが遅かろうが起こってしまったものはなかったことにはならないし、ボブは目を覚まさないままなのだ。
マーヴェリックのはっきりとしない態度の謎が解けたのは、ことの発端を聞いてからだった。四日前の訓練時、機体が整備不良だったのにも関わらず、誰も気付かないまま訓練が行われた為、訓練中、トラブルが発生したという。
それにブラッドリーは苛ついた。なぜ誰も気づかなかったのだと。そんなことは結局ブラッドリーが居ても居なくても起こりうる預かり知らぬことではあったが、それさえなければ、と思うのは仕方のないことだった。
苛ついて不機嫌を隠せなかったブラッドリーの脳内からそれらが消え、真っ白になったのはその続きを聞いたからだった。
以前も似たようなことに陥った二人は落ち着いて早々とイジェクトをしようと、した。ところがキャノピーがうまく飛ばず、ボブは頭を強打したのだと。それは、以前、どこかで聞いたことがある。聞いたことがあると言うより、身近で起こったことである。そう、それは、自分の父親の、最期の時のようで。その結果、どうなったのかを、知っている。マーヴェリックもその時のことを思い出したのだろう。だからあんなにも動揺していたのだろう。そう考えればあの態度にも納得がいく。二度と味わいたくないことを味わってしまったから。マーヴェリックには恐怖だったのだろう。相棒や僚機でないにしろ、身近なものがそのような目にあったらブラッドリーとて激しく動揺するだろう。ブラッドリーは、今、まさにその状況に直面していた。
まさか、そんな、と取り乱しても状況は変わらない。幸いにも父親とは違い、ボブは今も、生きている。だがそれだけだ。意識は戻らず、ベッドに横たわっている。最悪な予感が頭をよぎるがそれを振り払うようにブラッドリーは頭を二度、三度横に振った。
何も考えられずに時はすぎる。じっと眺めていてもボブは起きない。いつ見ていても飽きないボブの顔。擦過傷があるのか頬には大きなガーゼが貼り付けられている。ずっと見ていたいその顔なのに、今は目を背けたくなる。白い部屋の中、白いベッドの上、白い肌の、ボブ。全てが溶けて消えてしまいそうで、耐えきれずに部屋を出た。本当ならずっと付きっきりで居たかった。手を握ってやりたかった。でも自分の恐怖心が大きすぎでそれが出来ないことをブラッドリーは心底恨んだ。
ブラッドリーはボブのことを引き摺りながらももう一人の被害者、ボブと共に飛んでいたフェニックスを見舞うことにした。彼女は意識もあり容態も安定していると聞いている。これで二人とも同じ状況だったとしたらブラッドリーは尚更打ちひしがれていただろう。
彼女は傷だらけで、あちらこちらにガーゼが貼り付けられていた。いつも元気な彼女が憔悴して落ち込んでいる様子はとても痛々しい。それなのに、ブラッドリーと顔を合わせての第一声は「ごめんなさい」だった。ブラッドリーには謝られる理由などない。
「なんでそんなことをいうんだ? 」
ブラッドリーが問えばフェニックスは掠れた声でボブが、と一言だけ漏らした。
「……フェニックスは悪くないだろ」
「でも大事なバックシーターを、あんたの」
「そんなこと言うな。ボブだってそんなこと思いやしない」
「でも」
「いいから。お前もゆっくり怪我を治せ。俺はボブだけじゃなくお前のことも心配してるんだ」
「……うん」
それから一言二言、会話をしてから安静にしてろ、とだけ言い残してブラッドリーは病室を出た。彼女が無事でよかった。彼女まで同じ目にあっていたらもう何を恨めばよかっただろう。あとは、ボブが、無事に戻ってきてさえくれれば。それだけが今のブラッドリーの脳内を占める思いであった。
ボブの元へと向かうのに、足は鉛のように重かった。こんなことは初めてだった。会いたくないわけじゃないのに、会うのが怖かった。病室の前に立つと息苦しくなった。このドアを開ければボブがいる。ボブはまだ意識を戻さない。ここを訪れる度もしかしたら、という気持ちがあったが未だにそのようなことは無かった。
現実を直視するのが怖かった。話しかけても答えず、いつもみたいに笑ってくれないボブを見るのが怖かった。けれどだからと言っていつまでも現実から目を逸らしてばかりはいられない。
ブラッドリーは心の準備に一呼吸置いてドアを開ける。瞬間ツン、とする消毒液の独特な匂い。この匂いには嫌悪感しか抱かずブラッドリーは嫌いだった。そしてこんなところにずっと押し込めれるボブが可哀想だと思った。
改めてベットを見るとそこには未だに外されることは無い管に繋がれたままのボブが、白い顔をして横たわっていた。前は気づかなかったが、顔以外にも擦過傷が多数あるようで、あちらこちらにガーゼがあてがわれている。想像と、現実はやはりかけ離れていた。現実はやっぱり酷い。必ず裏切られる。大抵は悪い方に。良い方に裏切られたことなんて片手で数える程しかない。やっぱり現実は酷くて残酷だ。
一つだけポツリと置かれた椅子を引き寄せ、座る。浅く腰かけ額に手をやり髪を撫ぜて名前を呼ぶ。返事は無い。ゆっくりと上下する胸の動きだけがボブが生きているという実感をブラッドリーに与えた。
「……ボブ」
震える声で話しかける。やはり当たり前だとでも言うかのように返事はなかった。頬を撫でてやりたかったがガーゼが貼り付けてあるためそれも出来ない。傷は意識がなくても治る。ただその意識は何をしても戻らない。
全てはボブ次第でブラッドリーにできることなど何一つもなかった。その代わりに震える手で掌を握る。握った掌は驚く程に冷たかった。この前まではちゃんと暖かかった。暖かかったのに。握っても暖かくならない。なんで、どうして?こんなに握っても暖かくならない。ブラッドリーは絶望の縁から突き落とされた気がした。
このようなことが起こることは軍人として常に心得ているがそれでも感情とそれは一致しない。マーヴェリックだってそうだろう。きっといまだに父親のことを引きずっている。
いつ、どこで、誰が急にいなくなる、なんて理解したふりをしているだけで本当はそんなこと微塵も思っていないだろう。人間なんてそんなものだ。
だからブラッドリーがボブがいなくなる、なんてことを微塵も思わなかったのは当たり前と言えばそうなのだ。本当に、今の今まで、ボブがいなくなるかもしれないなんてほんの少しも考えたことは無かった。いつも横にいて、笑って、怒って、時には泣いて。自分はそれを茶化したりなんかして。そんな日ばかりだと思っていた。
旅行に行こうと話し合った。時間が出来たらな、と宥めすかした。時間なんていつでも作れると思っていた。いつでも、なんて約束されたものではなかった。ブラッドリーはボブの願いを少し蔑ろにしていたことを酷く後悔した。こんなことなら無理矢理にでも休暇をねじ込んで、さっさとボブと共に、ボブの行きたい所へと向かえばよかったのだ。鏡のような湖でも、鮮やかな木々が生い茂る森でも、鹿が群れ、跳ね遊ぶ草原でも。こんな思いをするくらいなら休暇をとって散々注意や文句を言われたってそんなものなんとも思いやしないだろう。何度だって、連れて行ってやったのに。
どうしてこんな日が来るかも、と微塵も思いもしなかった?軍人というものを生業にしているのに?間近に味わったこともあったのに?ブラッドリーの考えは甘すぎて、浅すぎた。今更それを嘆いても仕方がないが、こんな現実を許せずにブラッドリーは己の拳で思い切り膝を打った。
ブラッドリーは今日もボブの元へと向かっていた。憔悴しきったその様子を見たマーヴェリックが上層部に掛け合い休暇を取らせた。マーヴェリックにはそんなブラッドリーがいつかの自分と重なって見えたのだろう。ただ自分とは違う。まだ希望がある。だから立ち直らせてやりたいと思ったのだ。
ボブを他の仲間も見舞いに来る。そしてボブの痛ましい様子に皆言葉を詰まらせる。次いで寄り添うように共にいるブラッドリーを見て絶句する。元々そうであったがまた随分と憔悴しているようにも見える。それから驚く程の無表情。感情が全て抜け落ちたかのようなそれにブラッドリーがどれだけボブのことを気にしているかが見て取れた。
皆より遅れてハングマンが訪れたが、ハングマンもボブを見るなり苦々しい顔をした。そしてブラッドリーを見て、やはり同じ表情をする。
「お前、大丈夫か? 」
「……何が? 」
「分かってねぇのか」
「……だったらどうにかしてくれよ、救世主様」
「生憎だがここは俺の戦場じゃないんでね」
言っていることはふざけ気味だが声は固く、沈んでいた。ハングマンもこの事故においては思うことが沢山あった。それを伝える気はなかったがブラッドリーを焚き付けるには十分だと思ったのだ。それなのにブラッドリーは何も分かっていない態度であった。
ボブのことを心配するあまり、自らのことを蔑ろにしているブラッドリーにハングマンが舌打ちをする。ショックなのは重々理解できるが、だからといって自分が壊れては元も子もない。
ボブの還る先はブラッドリーの元だ。それなのにこんな調子ではボブも還るに還れないだろう。
「お前、ボブに還ってきてほしくないのか」
「……何」
「お前がそんなんじゃ戻ってきようもない」
「お前に何がわかる」
「あぁ、わからないね。今のお前みたいな辛気臭いやつのところに戻りたいなんて思わないだろうよ」
「てめぇ……っ」
ブラッドリーはハングマンに掴みかかろうとするが体には力が入らず易々と押し返される。ギリ、と奥歯を噛み締めても力は入らない。ハングマンの目を睨み返すとなんとも言えない色をしていてそれ以上何も出来なかった。その目は決して煽っているわけでも、嘲笑っているわけでもなく、ただブラッドリーの内面を覗いているかのようだった。
「おぅおぅそこまでできるんならもうちょっと立派に立ってろよ」
「……言われなくても」
「じゃあ大丈夫なんだな? 」
「……あぁ」
「BABYちゃんが起きる頃には今よりマシな格好しとけよ」
「解ってる」
それならいい、とハングマンはブラッドリーの目を一度覗き込み「もう行く」とだけ言って病室を後にした。
未だにボブに触れようとすると手が震える。それでも何とか冷たいままの手を必死で握り込む。温めるように何度も擦り合わせながら顔をのぞき込む。
死からは免れた。だからといって油断など出来ない。また次ちゃんと目を開けてくれるかなど、誰も保証はしてくれなかったのだから。
ブラッドリーは握った手に力を込める。頼むから、痛いと言って、目を覚ましてくれないか。その目が開き、口が開き、なんでもいいから言葉をくれれば。それがたとえ自分を罵る言葉だったとしてもいい。それでもいいから、目を覚まして欲しかった。
握った手を額に当てて神に祈る。頼むからボブを還してくれ、と。残酷だと貶しておいて祈るのがそれだなんて笑うしかないがブラッドリーに出来ることなど今はそれくらいしかなかった。医者ももう他にできることは無いと言った。あとはボブ、本人次第だと。
目を覚ますのに力が足りないというのなら、自分の命を分け与えてもいい。自分にできることならばなんだってする。それくらいは軽々しくも言えるほどブラッドリーは必死に祈っていた。
今日もまた、ブラッドリーはボブに会いに来た。ボブは相変わらずベッドに横になり、静かに眠っている。そっとその手を取り握りしめる。いつまでこんな日々が続くだろうか。生きていてくれるだけでも良い、と思いながらそれならば目を開けて欲しいと思うのは欲深いことであろうか。
起きたらどんな話をしよう。意識を失っている間の話?それは辛気臭い気がした。それよりボブが望んでいた旅行の話がしたい、と思った。すぐには無理でも行けるようになったらすぐにでもボブが望む所へ行こう、プランを立てて行きたい所へはどこへでも。休みを二人分とって、周りがなんと言おうとも旅行に行こう。
そう、心に決めてボブの手を強く握る。いつもの如く握り返されることは無いだろう、と思っていた、その時。微かに握り返される感触。段々と温かさを取り戻す掌。そして瞼が徐々に開いていく。ブラッドリーが好きな蒼い目が世界を見た。ボブが意識を取り戻した、その事実はすぐにブラッドリーの胸を安堵と喜びで埋めた。けれど安心は出来ないと、慌ててナースコールのボタンを押した。
目の前では医者がボブの診察をしている。バイタルを確認したり記憶の有無を問うたりしているのをブラッドリーは離れたところから見ている。どうやら意識ははっきりしているようで、受け答えがちゃんとできている。記憶についても欠落等はなく、医師の質問にしっかり答えていた。部屋の端で心地悪そうにしていたブラッドリーに医者は言う。
「あとは怪我が治り次第ですね。今はまた寝てしまいましたがまた時間が経てば起きるでしょう。まだしばらくは安静にさせてください」
また何かあったら連絡を。そう言って医者は病室を後にした。
やっと、起きた。医者の言うことが確かならば次もきちんと起きてくれるだろう。ようやく光が見えてきた。悩む必要も恐れる必要も、もうないのだ。でもまだ顔を覗けてはいない。慌ただしく医者が診察する中でとてもそんなことをする余裕はなかった。ただ大丈夫なのか、そうでないのか、それだけが気がかりだった。
「この寝坊助め」
ブラッドリーはボブにそう言葉をなげかけた。
「ブラッド! 」
「……マーヴ? 」
「ボブが意識を取り戻したって聞いたから」
慌ててかけつけたのだろう、少々息が上がっているマーヴェリックは、ひとつ深呼吸をして息を整えた。ブラッドリーは座っていた椅子を譲りマーヴェリックを座らせる。ボブの顔を覗き込み、はぁ、と安心したように息をつく。
「……今回も僕は何も出来なかった」
「仕方の無いことだろ。俺だってどうにもできなかっただろうよ」
「お前にも悪いことをしたと思ってる」
そう呟いた横顔は酷く憔悴しきっているように見えた。一度ならず二度までも、同じ場面に直面したことを悔やみ、そして安堵しているのだろう。二度も同じことがなかった事に。ボブが、無事に意識を取り戻したことに、酷く安心したのだろう。
「別に気にしてない」
「本当に、本当によかった」
「あぁ」
「……これからもボブのそばに?」
「もちろん」
そうか、というとマーヴェリックは安堵の笑みを見せた。それは二度目を回避することが出来た、という安心感なのだろう。一度目は避けられなかったことを、もう二度と繰り返したくなかったのだ。また話せるようになったら来るから知らせてくれ、とブラッドリーに告げ、部屋を出ていった。
マーヴェリックが去った後、またこの部屋に静けさが戻る。ボブの微かな呼吸の音だけが聞こえ、ブラッドリーは動くのを躊躇う。生きている証のそれを、聴き逃したくなかった。けれどボブに寄り添いたい。ブラッドリーはゆっくりと立ち上がった。
ボブの顔をゆっくりと覗き込む。心なしか、血色が良くなっている気がする。早く目を開けて。自分を呼んで。ブラッドリーは祈りながら、もう震えない手でボブの手を握る。
握ったその手を力強く握り返されて、ハッとした。ブラッドリーはひどく驚いた。もうそこに寝たきりのボブはいなかった。痛むだろうに顔ごとブラッドリーを見つめる目は待ち望んでいた綺麗な蒼。早く見たかったそれを見てブラッドリーはやっと安心した。ボブはもうきっと大丈夫。大丈夫なのだと言い聞かせる。
「……ブラッド?どうしたの? 」
長く寝込んでいたためか、掠れた声でブラッドリーを呼ぶ。それを聞き逃すまいと顔を寄せる。
ボブはなぜだか不思議そうな顔をしていた。起きて初めての言葉が自分を案ずる言葉だなんてボブらしいとブラッドリーは思った。自分の状況を見れば、他に言うことはあるだろうに。
いつもそうだ。いつも己のことよりブラッドリーのことを優先する。まぁ自分もそうだからとやかくは言えないが、とブラッドリーは苦笑した。
「ボブ? 」
「うん? 」
「……大丈夫なのか? 」
ボブが目を覚まして嬉しいはずなのに何故か声が震える。久しぶりだからだろうか、何を言えばいいのかブラッドリーには分からずにいた。目を覚まさなかった間のこと?自分のこと?周りのこと?そのどれも当てはまらないような気がした。ボブには聞きたいことはあるだろうか。どうせならそれに答えてやる方が余程ためになるとブラッドリーは思った。
「うん、大丈夫だよ。ブラッドこそ大丈夫?」
ボブがちゃんと話をしてくれることに安心し、喜び、また不安になる。まだ完全に癒えた訳じゃないのに余計なことをさせている。ブラッドリーはそんな自分がどうしても許せなかった。
「……大丈夫」
自分などボブに比べれば何も無いのと同じだ。仲間には少しやつれたと口々に言われたが死ぬほどではない。
出歩けるようになったフェニックスがボブを見に来た折りにも、「ボブも心配だけどあんたも心配よ、ボブが起きた時にはきっと自分を責めるかもしれない」ときちんと食事や睡眠をとることを約束させられてから心配されることは減った。
だから大丈夫だと答えたがボブは満足した様子はなく、ブラッドリーを見つめる。その蒼い目が自分を見ていることがたまらなく嬉しくて自分自身のことなど、本当にどうでもよかった。それでもボブはブラッドリーをじっと見つめ続け、それから、ゆっくりと口を開いた。
「……じゃあなんで泣いてるの? 」
「え……? 」
ボブの突然の言葉に、ブラッドリーは唖然とする。泣いている?そんな気分では無いのに?嬉しくて嬉しくてたまらないのに?ブラッドリーはボブの言葉をにわかには信じられずに困惑した。
「何か悲しいことでもあった?嫌なこと? 」
「泣いてなんか……」
ボブはあまり良くは動かず、震える腕を上げて、覗き込むブラッドリーの目元を拭う。そこには確かに煌めく雫があった。ボブはそれをブラッドリーに見せて、それからそっと口に運び、舌で舐めとる。ブラッドリーはそれをただ、何を思うでもなく眺めていた。
「しょっぱい。ブラッド、どうしたの? 」
「……お前が」
なぜだか胸が詰まって言葉にならない。自分が泣いていることなど自覚もなく、ボブに指摘され気付き、自覚する。そんな情けない姿などボブに見せたくはなかったが、けれど逆にボブにならみせてもいい、とも思った。
「うん、僕が? 」
「いなくなるのかと思って」
絞り出すように吐き出された言葉はボブに届いただろうか。したくもないそんなことを考えることがあって、最悪なことも考えた。そんなことはあって欲しくない、と思いつつそれでもぬぐえなかったそれは、未だに忘れられずにいる。だからこそ嬉しさが募って、きっと涙が出たのだろう、とブラッドリーは結論づけた。
「大袈裟だなぁ。そんなことないよ」
「大袈裟じゃない!あの事故は」
あんなに大事だったのに本人は大袈裟だと言う。それをずっと見ていたブラッドリーの気持ちになど気づきもせず。それがもどかしく、思わずボブを恨めしく思ってしまう。濡れたままの瞳でボブを睨めつけるように見れば、ボブは困ったように微笑んだ。それはいつもの、ブラッドリーのわがままを聞き入れ、諭す時の表情と同じものだった。
「……言いたいことはわかるよ。でも言わないで。僕は無事だよ」
ぽろりぽろりと頬を伝い流れ落ちるブラッドリーの涙をボブは丁寧に拭っていく。拭っても拭ってもやまないそれを、その度その度に拭ってやる。まるで子供のようだ、とボブはガーゼを貼られて上手く動かない顔でぎこちなく笑った。それに何も言い返すことなく、ブラッドリーは涙を流し続けていた。
頭の中は嬉しさでいっぱいなのになぜこんなにも涙が出るのだろう。わからないままボブにされるがまま涙を拭われることにブラッドリーは安心していた。ボブはいつだって、ブラッドリーが不安な時には必ず安心させてくれる。寄り添ってくれる。一緒に泣いてくれたりも、する。
「ね、泣かないで。手を握ってくれないかな。なんだか手が冷たくて」
今まで涙を拭ってくれていた手がふと止まり、ボブが呟いた。まさか、また。そんな思いが頭をよぎる。そんなことになったら次こそ自分は、どうなるだろうか。
慌てて言われるがままにボブの手を両手で握り込む。けれどその手は温かみを帯びていて、冷たいとは思えなかった。それでもボブの顔を覗き込んだブラッドリーの顔には恐怖の色が見て取れた。
「僕の手、どう?冷たい? 」
「……暖かい」
「でしょう?だから、大丈夫なんだよ」
「……うん」
心配しないで、と握り返してくるボブの手は、力強く、そしてきちんとその体温を伝えてくる。きちんと血が流れ、温もりのある体で、また再び顔を合わせることが出来て良かった。それが当たり前では無いことを、今回知ることが出来たことは良かったとは言いきれないが、大事なことを、大事なものを、失うかもしれないという気持ちはとても重く、とてもじゃないが抱えきれないものだということを学んだ。
「……ごめん。眠くなってきちゃった。安心できるように、寝付くまで握っててくれる? 」
「離さないから」
もう二度とこの手を離さない。離したら、どこかへ消えてしまいそうで、ブラッドリーにはそんなことできるはずもなかった。相変わらず痛々しい姿に、ブラッドリーはまだ完全に安心しているわけではなかった。ボブが立ち上がって歩けるようになった、その時になって始めて安心できるのだろう。そんなブラッドリーの思いを読んだのかボブも呆れたような顔をするが半ば諦めている様子であった。
「そんな無茶なこと」
「いいや起きるまで離さない」
「……わかった。ブラッドの好きにして」
「そうする」
もう一度手を握り直す。その、暖かな手を。もう二度は無い。二度と手放すことの無いよう、強く強く握った。
ボブは静かに寝息をたて始める。まだ体は完全に癒えていない。眠くなるのも当然なのだろう。手を握るだけじゃ足りない。抱きしめて全身でその体温を感じたい。だから早く、治るようにと、その存在を信じ始めた神に祈る。人は最悪なことを経験すると、とにかくなにかに縋りたくなるものなのだな、とブラッドリーは笑った。
カーテンが引かれたままの部屋は薄暗い。せっかくなのだからとブラッドリーは一度ボブの手を離し、その全てを開け放った。明るい日差しがボブを照らす。その顔はもう白くはなく、明るい、生きている色をしていた。
もう握り慣れてしまったボブの手。でも何度握っても感じる感覚は、思いは違う。
ボブはいつ起きるだろうか。ボブは夢でも見てるのか、少し身じろぐ。それでも手を離さずにブラッドリーはボブを見つめ続けた。
そろそろ空が暗くなってきた。けれどブラッドリーは照明もつけずにボブに寄り添う。いつまで寝ているのか、分からないが起きるまで離れないと誓った。
早く起きて、とブラッドリーはボブの手の甲にキスを落とす。キスで目を覚ますのではないか、と思ってしまったから。まるでどこかのお姫様みたいだな、とブラッドリーは思ったが、ある意味それに縋っていると言えた。
開け放たれた窓から微かな残照がボブの顔を照らしていた。その瞼がぴくり、と動く。ブラッドリーはそれを息を飲んで見守る。本当にキスで起きるだなんてある意味ボブらしい、と思いつつ、その瞼が完全に開ききるのを待つ。ぱちぱち、と瞬きをしたあと、その瞳はブラッドリーを見た。
「……おはよう」
「おはよう。よく寝てたな」
「本当にずっと居たの? 」
「居たよ」
「無理はダメだよ」
ブラッドリーにとって、こんなことは無理なことでも無駄なことでもなかった。例えボブ本人に言われても、これは譲れない、大切なことであった。これはブラッドリーが決めたことである。ボブはわかってくれそうにはないが、なんと言われても聞き入れることは無い。
ブラッドリーは頑固だ。間違ったことだとしたら素直に聞き入れるが、そうでないなら自分の考えを突き通す。仕方がない。そういう性格なのだから。
「無理じゃない。俺がそうしたかった」
「……わかった」
「よかった」
ボブは不本意ながらも受け入れる。ブラッドリーが本当に頑固なことは、ボブが一番知っている。それが元で喧嘩になることもたまに、あったが、それが欠点だとは思わない。むしろ好ましとさえ思っていた。大切なもののために思いを貫くことを悪いこととは言わない。が、それが自分のためだったらそれは少し、申し訳ない、とボブは思った。例えば、今のように。
「僕はいつ退院できるのかな? 」
「まだ分からない。でもしばらく安静にしないと」
「でも体なまっちゃうよ」
それどころでは無いことをボブはいまいち分かっていないのか呑気なことを言う。ブラッドリーは今だって気が気でないのに。
怒りと悲しみと、ちょっとの寂しさ、虚しさが綯い交ぜになったような感情がブラッドリーを襲う。どれだけ心配しただろう。どれだけ心配させられただろう。それなのにボブはブラッドリーのそんな気持ちを微塵も汲んではくれないのだ。
「わがままいうな。俺がどれだけ……」
ブラッドリーの言葉は不意に途切れた。抑えきれないような感情を無理やり抑え込むために。ポブにぶつけてしまわないように。ブラッドリーは唇を噛む。そうしないと本当にボブを責めたててしまいそうだったからだ。
しかしボブはそれをきちんと察したのかそっとブラッドリーの手に触れる。互いの体温は今や同じものだった。
「……うん、ごめんね」
「解ればいい」
「よかった」
ブラッドリーが微笑めば、ボブもまた微笑んだ。言いたいことはまだあったが、今はまずそれを理解さえしてくれれば、他のことはまた後でもいい。大事なことはひとつずつ、ゆっくりでも、互いに理解し合えばいい。ボブはもう一度わかった、と言った。
二人の間に沈黙が落ちる。ボブは俯き、ブラッドリーは宙を眺め、何かを考え込んでいる。ぽっかりと空いた穴のような、そんな時間も二人は気にならない。一緒にいるからと、何かを話さなければならない、というそれは、何か違う。一緒にいられればそれでいい。それだけでいい。今回のことでそれを特に強く思うようになった。そしてブラッドリーはふと、思い出す。以前した約束を。もしかしたら叶わなかったかもしれない約束を。
「……なぁ」
「なに? 」
「退院したら、どこか旅行に行かないか? 」
突然のブラッドリーの言葉にボブは目を丸くする。以前はそんなに乗り気なようには見えなかった。それならそれで仕方ないか、とボブは思っていた。自分のしたいことに付き合わせることなんてわがままもいいところだ。どうせ任務や訓練で長い休暇も取れまい。旅行なんて夢のまた夢。そう思えば全く気にならなくなっていた。
「え、いいの? 」
「休みぶんどってさ、ボブの行きたいところに」
「でもブラッド、乗り気じゃなかったろ」
あの時の様子を思い浮かべる。ボブの話を聞きはしていたがそんなに興味がありそうには見えなかった。だから、あれから旅行の話は一切したことは無い。近くでも一緒ならそれでいい。それで割り切れるくらいの事だった。
「いや?俺も行きたいって、思ったから」
「そういうことなら、うれしい」
「退院するまでにどこに行きたいか決めておけよ」
「そうする。ふふ、楽しみだなぁ」
心から楽しみにしているような声。この声がずっと聞きたかった。それを、一瞬とはいえ取り上げられて、ブラッドリーは漸く普通というものの大切さを知った。そしてそれを守ることの大切さ、難しさを。しかし知ることで気付きが出来たがこんなことはもう二度とごめんだ、とブラッドリーは思った。
晴れ晴れとした青空、雲はなく風も穏やかで今日はいい一日になるだろうとブラッドリーは思いながら、愛車のブロンコを走らせ病院へと向かった。
今日ボブが退院する。今から家を出ると言ったそばからじゃあ外で待ってる、と返事が来た。時間もかかるし中で待っていろ、と言ったのにも関わらずボブは外のベンチに座って陽光を浴び、気持ちよさそうにしていた。
「中で待ってろって言ったろ」
「外なんて久しぶりだし、天気もいいから」
それに迎えに来てくれるのを待つのが楽しみだった、とボブは言う。それを嬉しいと思いつつ、心配なところもあったブラッドリーは複雑な気持ちで迎え入れた。
「荷物は?」
「これだけ」
「薬とかは?」
「一緒に詰めてある」
「じゃあもういいのか? 」
「うん」
ブラッドリーはボブの手から荷物を奪いさるように受け取るとボブの手を引いて駐車場へと戻る。一刻も早く、いい思い出などないこんな所からボブを連れ出したかった。
ボブを助手席に乗せ、荷物を渡し、エンジンをかけアクセルを踏む。もう二度と、こんなところにボブが来ることのないようにという願いを込めて、走り出す。道中、ボブがいなかった間のことを言って聞かせるように話しながら。
まだ暫くは様子をみるように、とマーヴェリックに言い渡されたボブと、それに付き合うように、と言い渡されたブラッドリーは寄り添うようにソファーに座っている。マーヴェリックはまだ気が抜けないと慎重になっているのだろう、とてもありがたいことだとブラッドリーは思った。
ボブは傍らに数冊の雑誌を並べてそれを時間をかけて読んでいく。全てが自然や史跡、有名スポットを集めて紹介している雑誌だった。それを楽しそうに眺めている。それらはブラッドリーが買ってきたものだった。旅行に行きたい、と言ったボブのために。
「どこに行きたいか、決まったか? 」
「んー、よく考えたんだけど、ブラッドと一緒ならどこでもいいかなって」
「なんだよそれ」
ブラッドリーはボブの返答に思わず呆れ、笑う。あんなにここに行きたい、あそこに行きたい、と散々言った割にはどこに行きたいか、と問われればどこでもいいとでも言うような返答。ボブが行きたいならどこへでも、そう思っていたブラッドリーは肩透かしを食らった気分だった。
「でもちょっと遠いところがいいな。近いところじゃつまんない」
「そうだな」
「ブラッドも一緒に考えよう? 」
「わかったよ」
ブラッドリーは横からボブの読んでいる雑誌をのぞき込む。ここいいな、こっちもいいね、色々語り合いながら二人の時間は過ぎていった。
長い一本道を青いブロンコが走る。数百メートル、数キロメートル先も続く、長い一本道を。
「飛行機じゃなくて車で行こうだなんて無茶言うな」
「だってすぐ着いてもおもしろくないでしょ? 」
ボブが笑う。行き先を決めて、さぁどう行こう、と言う話になった時、ボブが車で行こう、と言い出した。時間をかけて行くのも悪くないでしょ?とブラッドリーを説き伏せた。目的地に着くまでの道のりもまた、旅の楽しみだ、と。幸いにも足はブラッドリーのブロンコがある。ボブももちろん運転できるからブラッドリーだけの負担にはならない。交代していけばいい。それに、他にも。
「まぁ、な」
「ブラッドと沢山話もしたいし」
「……そうだな」
まだまだ続く、長い長い一本道。永遠に続くとさえ思えるそれが途切れるなんて考えられない。もう二度と考えたくもない。そして、途切れさせない。だから頼むよ神様とやら。もう二度と残酷だなどと貶したりはしないから、どうかこの道がいつまでも続くように。ブラッドリーは心の底からそう願った。