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    なさか

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    なさか

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    もしも2人が幼なじみだったら、というパラレルネタ。

    幼なじみの淡い恋から幼心に力が欲しいと思っていた。自分たちだけで、生きていける強い力を。ブラッドリーはあのころ確かにそれを欲していた。



    草原を幼子が二人、風を切るように走りゆく。目的は特になかった。二人で一緒に居れば、それだけで楽しかった。暖かな陽光が二人を照らし、二人の邪魔をするものは何も無かった。

    「今日はどうする? 」

    活発気味に見える片方の子供、ブラッドリー・ブラッドショーが問いかける。今からのことにわくわくと期待をして。今日は何をしようか。このまま追いかけっこのように走り回ろうか。少し遠出をして林でかくれんぼでもしようか。それとも近くの浜辺で宝探し?そのどれでもボブ​───一見大人しそうに見える子供、ロバート・フロイド───と一緒なら何でもよかった。

    「どうしようね」

    ボブも目をキラキラと輝かせてブラッドリーと駆ける。
    二人は出会った時こそ親の影に隠れるほどおどおどと接していたが、それも束の間、直ぐに打ち解け、駆け回り始めた。二人の両親たちもそれを喜ばしく思い温かく見守っていた。
    二人はいつも一緒だった。特にブラッドリーは朝起きて直ぐにでも会いに行きたいと飛び出しそうになるのを止められるくらいだった。支度を終えたらすぐに家を飛び出し、ボブを迎えに行く。ボブは早く起き、のんびり支度をして、ブラッドリーを楽しみに待っていた。ブラッドリーが来なかったらその時はボブが迎えに行った。そして、日が暮れ暗くなるまで遊び回り、そして二人とも親に叱られていた。

    「マーヴのとこ行ってみる? 」
    「うん、いいね!また面白い話してくれるかな? 」
    「マーヴの話はいつも面白いよ! 」

    己の父親が休暇だったから、と安易な考えであったが、それが外れることはなく、二人はすぐにマーヴェリックを見つけ、その足にしがみつくように飛びつく。マーヴェリックがいくら鍛えていて、そして二人がまだ幼い子供とはいえ突然のことにふらつき慌てて体勢を立て直す。

    「おいおい、二人ともいきなりはやめてくれ。驚くだろ? 」
    「マーヴは強いから大丈夫だってdaddyが言ってた! 」
    「うん、マーヴは強いって! 」
    「そうは言ってもなぁ……」

    足にしがみついたままの二人を見てマーヴェリックは頭をかいた。相棒であるグースの愛息子であるブラッドリーと、その幼馴染兼大親友のボブはこうして度々マーヴェリックの元を訪れては話を聞かせろとせがんだ。二人はマーヴェリックの話す壮大で興奮する話を聞くのがとても好きだった。敵機を背面飛行で写真を撮った話。空母の管制塔を掠めるように飛んで楽しかった話(叱られたという事は伏せられていた)。ウィングマンであるアイスマンとのドッグファイトの話。そのどれもが二人には魅力的な話であった。

    「そろそろ話すことはなくなってきたよ」
    「じゃあ飛ぶ時の話して! 」
    「どんな気分なの? 」
    「それは……」

    二人はいつもマーヴェリックの後をついて回っては根掘り葉掘りと話を聞いていた。まるでカルガモのようだと言ったのは誰だったろう。
    そしてマーヴェリックの話を聞くうちに、自分たちもアヴィエイターになりたい、と二人は話し合っていた。幸いにもブラッドリーの父親は海軍のアヴィエイターだし、その相棒であるマーヴェリックもいる。どんなことを学んでどんな道をゆけばアヴィエイターになれるか、すぐそばで聞くことができる。二人は共にアヴィエイターになって、二人で飛ぶのだと約束しあった。

    「僕達もちゃんと飛べるかな? 」
    「飛べるよ。僕はボブとだったらどこまでも行ける」
    「そうだね、僕もブラッドとならなんでも出来る気がする」

    二人の心は既にアヴィエイターになった気分だった。二人で飛んで、敵をやっつけて、「マーヴェリックとグース」のようになるのだ、と強く心に誓ったのだった。

    公園でひとしきり遊んだ二人は少し休憩、とベンチに座り面白い話ばかりしていた。一瞬、話が途絶えた。そしてボブがブラッドリーを正面から見て、言った。

    「ブラッド、僕今度『ひっこし』するんだって」
    「ひっこし?なにそれ? 」
    「わかんない。でも楽しいことだといいね」
    「そうだね、きっともっと楽しいことなんだ! 」

    二人は『ひっこし』の話で盛り上がった。宝探しかな?冒険かも。二人はその言葉の意味を知らずに。

    今日はボブと遊べない、と言われ不貞腐れたブラッドリーはソファーで寝転んでいた。母は尋ねてきたボブの母親と話していた。

    「今度──に引っ越すことになって」
    「突然ね……。なかなか会えなくなるわね……」
    「そうね……せっかくブラッドリー君と仲良くなれたのに」
    「ボブ君にはもう?」
    「まだ。言ったら泣いて聞かないわ」
    「うちのブラッドリーもきっと……」

    ブラッドリーには大人の話などよく分からないが会えなくなる、との言葉ははっきりと理解した。会えなくなる?ボブと?なんで?母はまだボブの母親と話し続けている。訳が分からなくて走って父親の元へ向かう。そこにはマーヴェリックもいた。

    「daddy、もうボブと会えないの?なんで?」
    「……ボブはね、引越しをするんだ」
    「ひっこし?ひっこしって楽しいことじゃないの? 」
    「……そうじゃなくて」
    「マーヴ、ひっこしってなに?マーヴなら知ってるでしょ?」

    教えて、教えて、といつも話を聞かせろとせがむより強い力でマーヴェリックにしがみつく。父親もそうだが、マーヴェリックの目も、悲しい色をしていた。

    「……引越しはね、遠くに行くことだよ」
    「なんで?なんでボブは遠くにいかなくちゃならないの?ずっと一緒にいるって、約束したもん! 」
    「ブラッド、こういうこともあるんだよ」

    マーヴェリックは優しくブラッドリーの頭を撫でたがブラッドリーはその手を振り払う。ボブに会えなくなるということは、遊べなくなるということは、それは今のブラッドリーにとっては明日という日が来ないのと同じだった。
    ブラッドリーは後先も考えず、さっと駆け出し、母親たちの横をすり抜けボブの元へと駆ける。ボブを連れて、遠くに行かなければ。遠く遠く、誰も来ないところまで。そうしないと、もう、ボブとは会えないのだ。思い込んだブラッドリーは一も二もなく、今までにないほど全力で駆ける。風がその背を押してくれているようにさえ思っていた。

    「ボブ! 」
    「ブラッド?どうしたの?今日は遊べないって」
    「いいから!一緒に来て! 」
    「う、うん。わかった」

    ブラッドリーはボブの返事を聞く前に既にその手を取り、駆け出した。ボブは何も聞かず、手を引かれるまま共に駆ける。行先も分からないままでも、ブラッドリーと一緒なら、どこへでも行く気でいた。
    息が切れても走って走って走り続けて砂浜へと来た。それでも走り続けるとゴツゴツとした岩場に行き着いた。それをものともせずにブラッドリーはボブの手を引く。行く先は小さな洞窟だった。そこは二人にとって誰にも知られていない秘密基地だった。

    「ひみつきち? 」
    「ずっとここにいよう?だれにもみつからないように」
    「どうして? 」
    「……いやなことがおこるから」
    「ふぅん」

    ボブは多少不思議そうにしていたがブラッドリーがそう言うならその方がいいのだろう、と大人しくブラッドリーに寄り添った。

    「ずっとってどのくらい? 」
    「ずっとはずっと」
    「夜になっちゃうよ?」
    「それでも、ずっと」

    ブラッドリーは握ったボブの手を、さらに力を込めて握った。
    本当は、こんなことでずっと、手を握っていられないとわかっていた。いつまでも逃げ続けることは出来ないのだ、と。それでもこの手を離したくはなくて、手を取って逃げるしかなかった。

    「ブラッド、もう少しでひっこしだって」

    ボブのその言葉にブラッドリーは息を飲む。ボブはまだ、本当のことを知らないのだ。「ひっこし」をするともう会えなくなるということを。

    「ひっこしって、なんなんだろうね?mommyもdaddyも教えてくれないんだ」
    「……ひっこしなんてしなくていいんだ」
    「どうして? 」
    「どうしても」
    「そうなんだ」

    ブラッドリーが言うことならなんでも信じるボブはまたそうなんだ、と繰り返した。

    外は暗く、波の音だけが聞こえる。月は出ていたが洞窟の中に光が差し込むことは無かった。疲れたのかボブはブラッドリーの肩にもたれ掛かるようにして眠っていた。ブラッドリーはこれからのことを考えて眠れずにいた。そっと寝顔を覗くとすやすやと安心しきった顔をしていてなんとも言えない気持ちになり、やはりどうしても離れたくはなかった。
    そこに足音が迫り影がさす。

    「……見つけた」
    「マーヴ、どうして? 」
    「僕の勘だよ」
    「……僕達は帰らないよ」
    「ダメだ」
    「だめっていってもだめ! 」
    「そんなことを言うな。ほら帰るぞ」
    「やだ! 」

    ブラッドリーはもたれ掛かるボブを抱きしめもう一度嫌だ、と言った。マーヴェリックならわかってくれると思っていたのに、裏切られたと感じたブラッドリーは毛を逆立てて威嚇する猫のようにボブを背を丸めて抱え込んだ。

    「……ブラッド? 」
    「ボブ、まだ寝てていいよ」
    「でも、マーヴが」
    「マーヴのいうことなんてきかなくていい」
    「え?」
    「……ブラッド、あまりわがままを言うな」
    「わがままなんかじゃない!マーヴやdaddyたちがわるいんだ!僕達はずっと一緒にいたいのに! 」
    「……僕たち、もう一緒にいられないの?」

    ぽつんとボブが呟く。ブラッドリーのただ一言で聡いボブは悟ったらしい。なんでだろう。どうしてだろう。マーヴェリックは悲痛な顔をしていた。

    「ボブ、家に帰ろうか」

    ブラッドリーの腕からボブをとりあげ、抱き抱える。視線を下ろせばブラッドリーが泣きそうな顔をしていた。

    「でもブラッドが……マーヴ、おろして」
    「ダメだ。家に帰らないと」

    言うなりマーヴェリックはボブを抱き抱えたまま洞窟から去ってゆく。どうせブラッドリーは後を追ってくるだろう。そのとおりにブラッドリーはマーヴェリックの後を着いて来、その足を止めようと必死にしがみつこうとした。だがいつもは引き止められる足が、今日は一向に止められない。ならばとマーヴェリックの前に出て制止しようとするも軽々と避けられる。ボブを家に帰したら、もう会えなくなる。そんなのは御免だった。

    「マーヴ!ボブを返して! 」
    「ダメだ。ほら、お前も家に帰れ」
    「やだ!ボブも一緒じゃないと帰らない! 」
    「やだやだばかり言うんじゃない」
    「やだぁ!」
    「じゃあもう好きにしろ」

    マーヴェリックがいつもと違う声色でブラッドリーに言い放つ。信じていたマーヴェリックが知らない人のように思えて一瞬びくり、とはしたもののブラッドリーはマーヴェリックのあとをついてゆく。結局自分には何も出来なかった。出来ることなどなかったのだ。
    マーヴェリックは先にブラッドリーを家に返し、ボブはそれから連れていった。その間ボブはしきりにブラッドリーのことを聞いたがマーヴェリックが何かを答えることは無かった。

    あの日、二人だけの居場所に隠れそこで「ずっと」を願っていた後、ブラッドリーはボブと会うことが出来なかった。できなかったと言うより会わせてもらえなかったのだ。
    『ひっこし』の準備、会わせたらまた逃げ出すかもしれないという周りの判断から、最後のその日まで、二人は離れ離れになった。ブラッドリーはその間もボブのことを考えては会いたいと訴え、ボブは次いつになったらブラッドリーと会えるのか、と母親に問うていた。

    そしてブラッドリーにとって別れは突然だった。今日はボブが遊びに来るわよ、との母親の言葉にとても喜んでいた。ボブには会えた、しかし。

    「ブラッド……」

    ボブは半べそでブラッドリーの名前を呼ぶ。震えた声で呼ばれた名前にブラッドリーの胸は痛んだ。

    「ボブ……? 」
    「……もう僕たち会えないんだって。遊べないんだって。いっしょに、いられないんだって」
    「そんなのやだ! 」
    「僕もやだぁ! 」
    「なんでそんなことするの?なんでいっしょにいられないの? daddyとmommyならなんとかできるでしょ? 」

    両親に訴えても困った顔をするばかりで何も言わない。ボブの両親も同じだった。傍でボブが泣いている。泣いているのだからそんなことはやめて欲しい。親達が聞いてくれないのなら、と静観していたマーヴェリックにしがみつき、訴える。

    「ねぇマーヴ、この前約束したよね?なんでも一つだけ言うことを聞いてくれるって!だったらボブを連れていかないで!」
    「……ブラッド、それは出来ないんだよ」
    「なんで?なんで約束、破るの?」
    「破るわけじゃない、仕方の無いことなんだ」
    「マーヴの嘘つき!」

    今まで気丈にも泣かずにいたブラッドリーはとうとう泣き出した。喚くように泣くブラッドリーと静かに泣くボブ。大人たちはそれをなんとも言えずに見ている他なかった。そしてブラッドリーは己の力のなさを恨んだ。足掻いても自由にならない世界を、全てにおいて理不尽な世界を、心の底から恨んだ。



    時は誰にも等しく流れゆく。父と、マーヴェリックの背を見て育ったブラッドリーはそれに倣うように海軍に入隊し、軍人、アヴィエイターとなった。父はそれを喜んでくれたが、母とマーヴェリックはなにか言いたそうにしていた。それでもどうしても、という強い意志を見せれば二人はそれを応援してくれた。
    ブラッドリーはあの日の約束を守る為、アヴィエイターになった。彼はあの時の約束を覚えているだろうか。

    突然引き離されたあの時のことはいつだって強烈な記憶として、今もブラッドリーの胸を締め付ける。最初こそは不貞腐れてマーヴェリック、果ては両親ともまともに口を聞かなかった。
    マーヴェリックには特に強くあたり、何かあればすぐに嘘つき、と喚き散らした。今となっては大人気ないと思ったが、まさしく大人ではなかったので仕方がないとブラッドリーは正当化している。

    elementary schoolではまた会える、と信じていた。middle schoolでは会えるといいな、と胸を高鳴らせた。high schoolでは今どこにいるのだろう、と懐かしんだ。そして今、TOP GUNを出ても尚、あの時のことを思い出していた。何故か忘れない、忘れられなかった。それほど、ブラッドリーにとってあの時の別れは衝撃的だったのだ。
    そして、その思い出と、ボブ。離れないと誓った幼馴染。どうしても忘れられないままここまで来た。探そうと思えばできるだろう。昔は口を閉ざしていた両親も、マーヴェリックも今なら居場所を教えてくれるだろう。けれど未だそこにいるとは限らない。それにもし自分のことを忘れていたとしたら?いろんな思いが綯い交ぜになって、結局何も出来ずにいる。
    ボブもアヴィエイターになっているだろうか。それとも約束を忘れてしまっただろうか。ボブは大人しい性格をしていた。もしかしたらアヴィエイターへの道を選ばなかったかもしれないな、とブラッドリーは思った。



    ふと呼ばれた気がしてボブは後ろを振り返る。何やら不思議な気分だ。けれどなぜなのかは分からない。しばらく見つめていたけれど相棒とも呼べる存在の、フェニックスに呼ばれ慌てて前を向く。
    「ちょっと、なにしてんの。ぼさっとしてたらまたバッグマンにからかわれるよ」
    「いや、なんとなく誰かに呼ばれた気がして」
    「……誰もいないけど? 」
    「うん、気のせいだと思う」
    「ならいいけど。今日もしっかり頼むわよ」
    「OK」
    二人は会話を交わしながら、足を向ける。自分たちの翼、F-18へと。

    程なくブラッドリーに異動の内示が出た。長々とこの基地にいたから異動なんて初めての事だった。それも初めての遠い場所。そわそわしてしまうのも仕方の無いことだと思った。
    荷物をまとめ、基地を後にする。新しい出会いがあるだろう、辛いこともあるだろう、それでもすることは変わらない。できることをやるだけだ、とブラッドリーは思っていた。

    未だ踏み入れたことの無いこの地に、足を下ろす。ここが新しい居場所だ。太陽が眩しい空を仰ぐ。空の色は変わらない。元いた場所もこの場所も。変わるとしたら自分の方だろう、とブラッドリーは感じていた。
    着任の報告をするべく新しく上官になる人物へと会うために足を踏み出したその時。駐機場の端に見えた、人物。昔と変わったようには見えない。懐かしく、愛おしささえ感じるその姿。ずっとずっと会いたくて仕方なかった。

    そこには確かにボブがいた。

    距離があるのにすぐ気づけたのは何故だろうか。けれどあれは絶対ボブであるとブラッドリーは確信していた。ボブはもちろんブラッドリーには気づいていない。仲間と談笑していた。傍らにいるのは以前一緒にいた事のあるフェニックスだ。もしかしてボブはフェニックスのバックシーターなのか?色々考えているうちに彼らはどこかへと行ってしまった。まさか、まさかこんなところで。たまたま異動した先で、出会えるなんて。そしてちゃんとアヴィエイターになっていただなんて。それは自分との約束のおかげなのかそれとも他の理由?ブラッドリーは混乱したが、ここにいると分かればもうそれだけでよかった。

    ここにボブがいると知りながらなかなか出会うことが出来ずにいた。探せば見つかるだろうが、なかなか踏み出せない。単に弱気になっているだけだとブラッドリーは自嘲した。
    遠くから見つけることは、ある。でも話しかけることははばかられた。いつも誰かしらと一緒にいる。その中に入っていく勇気はいまのブラッドリーにはなかった。遠くから見つめるだけ。それでも同じところにいる分、いくらか気が楽であった。いずれチャンスはあるだろう。その時までは見ているだけでもいいと思っていた。
    けれどいずれは欲が出る。要するに見るだけでは物足りなくなった。会ってちゃんと話したいと思った。けれどいつまで経ってもそんなチャンスは巡ってこず、ブラッドリーはただただボブの姿を目で追っているだけだった。
    駐機場で、食堂で、もちろん飛んでいるのも見た。けれどボブはブラッドリーに気づくことは無い。それがなんだか寂しくて、悲しくてどうして気づいてくれないのか、とほんのちょっぴり恨めしくも思った。
    同じく空を飛ぶ身。いずれは共に飛ぶだろう、そうすればきっと会えるだろう。その時が来るのを心待ちにして、ブラッドリーは今日もボブを見つめていた。

    チャンスが訪れたのは突然だった。またなにか起こしたのか、マーヴェリックがここに教官としてやってきた。選ばれた者を徹底的に教育せよ、との事らしかった。そしてその中にブラッドリーは選ばれた。そして、ボブも。このチャンスを逃したら、次はもうない。そう思うくらいの事だった。

    「マーヴ、久しぶり」
    「ほんと久しぶりだな」
    「なんかやらかしたの? 」
    「そんなまさか」
    「やらかしたんだな」
    「……まぁ、な」

    マーヴェリックはひょっこりとブラッドリーの前に現れた。幼い頃はまだしも、成長すればなかなか顔を合わせる機会は減っていった。最後に会ったのはいつだったろうか。そう思うくらい久しぶりだった。

    「そういえば」
    「なに」
    「会ったのか? 」
    「……会ってないよ」

    それだけで通じるくらいには二人は同じことを考えていた。マーヴェリックは先にボブと会っていたのだろう。だからブラッドリーも、と思うのは当然の事だった。

    「なんで会わないんだ? 」
    「機会が無い」
    「同じところにいるのに? 」
    「タイミングが合わない」
    「そうか……。でも今度顔を合わせるだろう? 」
    「その時に賭けてる」

    そう、今度は顔を合わせることが出来る。その時に話しかけるつもりだった。願わくば、忘れられていないように、と祈りながら。

    「今まで会えなかったもんなぁ」
    「……そうさせた本人が何を」
    「しょうがないだろう。引き止めたってどうにもならない事だった。今ならわかるだろ」
    「それとこれとは話が別だ」
    「なんだ、まだ拗ねてるのか」
    「拗ねてはないけど恨んではいる」
    「そこまでか」
    「あの頃は二人でいることが当たり前だった。それなのに突然一人にされた気持ちなんて、マーヴには分からないだろ」
    「わからないわけじゃない」
    「いいや、わからないね」
    「……もういい歳した大人なんだからそんなに拗ねるな」
    「そんな大人が子供の思いを踏み躙ったんだぞ」

    ブラッドリーはあの時のことを思い出してイラついていた。マーヴェリックにあたったところでどうにもならないが、あの時はマーヴェリックに裏切られた気がしていたのだ。マーヴェリックが悪くないことは百も承知だがいつも味方でいてくれた分、その感情は増幅していたのだった。

    「……悪かったとは言わないがお前が酷く落ち込んだのはわかるよ」
    「何を今更」
    「……こういうのはもうよそう。明日には会えるんだぞ」
    「そうだといいけどね」

    そうしてブラッドリーは広く青い空を仰いだ。この空を二人で飛べたら何よりだ、と思いながら。



    「君たちを極限まで鍛え上げる」

    マーヴェリックの一言に場の空気が変わったように感じた。ブラッドリーはボブより離れた大分後ろの席に座った。後ろからなら自然にボブを眺めていられるだろう、ということと、マーヴェリックは一人一人に自己紹介させる気でいる、と言ったので後々の方が都合がいい気がしたのだ。

    「ロバート・フロイド、コールサインはボブ。WSOでフェニックスの後席」

    ボブは極めて簡潔に自己紹介を終えた。まぁ大体は顔見知りだろうし、それ以外のことを言うような場でもないので妥当か、と思いつつ、もっとその声を聞きたかった。
    ボブの声を久しぶりに聞いた。あの頃は変声期を迎える大分前だったので高く澄んだ声だったと記憶しているが今は幾分低くなり、けれど柔らかく落ち着いた声色をしていた。早くその声で、自分の名を呼んで欲しかった。
    自己紹介は着々と進み、ブラッドリーの出番になった。言いたいことは特にない。ただ、ボブに気づいて欲しい、それだけだった。

    「ブラッドリー・ブラッドショー。コールサインはルースター」

    瞬間、ボブは振り向いた。気づいてくれたのか。覚えていてくれたのか。まだ確信は得られていないが、きっと、気づいてくれたのだと思う。ブラッドリーはひっそりと笑った。
    自己紹介が終われば即訓練となる。マーヴェリックはテキパキと飛ぶ順と組み合わせを指示し、自身も自分の機体へと向かっていった。
    チャンスはまたも訪れた。マーヴェリックの計らいなのか、ブラッドリーはフェニックス、ボブ両名と組まされ、順番は最後に指定された。またとないチャンスだ。時間がある。ブラッドリーは一も二もなくボブの元へと足を向けた。

    「ブラッドリー・ブラッドショー。覚えてるか?」

    手を差し出しながら言うと力強く握り返される。あの時も掴んだ手。理不尽に離されて掴み取れなかった手。またこの手を掴むことができるとは。半ば諦め気味であったブラッドリーの胸に、込み上げるものがあった。

    「もちろん!昔たくさん遊んだじゃないか。急に別れることになって僕、心細かったんだ」
    「俺もだよ。また会えて嬉しい」
    「よかった……また会えるなんて」

    ボブも会いたがってくれていたことを知りブラッドリーは感無量な思いだった。なんなら泣きそうであった。それはボブも同じだったようで、最後は少し涙声だった。

    「なに、あんたたち知り合いだったの? 」

    フェニックスの言葉にボブは頷いた。それからブラッドリーを見やって言葉を続ける。その顔には笑みが浮かんでいた。

    「そうなんだ。もう、とても小さい頃から一緒で、いつも一緒に遊び回ってた。でも僕は引っ越さなくちゃいけなくて……。今の今までずっと離れてた。僕達は幼なじみ、でいいのかな?」
    「そうだな」
    「へぇ……意外ね。でも同じ道を進んだのはものすごく偶然じゃない? 」

    フェニックスからすれば確かにものすごい偶然に思えるだろう。けれど自分たちの間には、遠い昔に誓い合った、約束があった。だからブラッドリーはここにいるし、ボブもここにいてくれた。

    「偶然じゃない」
    「うん、そうだよね。僕達一緒にアヴィエイターになるって、約束してたから」
    「ふぅん。本当に仲良かったのね」

    フェニックスが感心するわ、と続ける。ブラッドリーとしてはなぜだか仲がいい、だけでは済まない気持ちがどこかにあったがよく分からないまま、それは後回しだとボブに向き合う。

    「でもボブが本当にアヴィエイターになるとは思ってなかった」
    「え、なんで?」
    「あのころのボブは大人しくておっとりしてたから、自分で向いてないって思うかもなって」
    「まさか!僕は君と空を飛びたいって言ったじゃないか」
    「……本当に覚えててくれたんだな」
    「当たり前だよ。あのころは何もかも一緒だっただろ?」
    「そうだな……でもボブは変わってないな」
    「そう?ブラッドは変わったね。あのころもだけどもっとかっこよくなった」

    最初に見た時、本当に同一人物なのか、って思ったよ、そう言って笑うボブのその言葉はどうとっても本心のようでブラッドリーはなんだかこそばゆく思った。

    「おーい、次お前らだぞ」

    遠くからファンボーイが呼んでいる。初めて、二人で飛ぶ時が来た。ボブはWSOだから正確には少し違うが同じ空にいるという、それだけできっとブラッドリーは嬉しいと思うのだった。

    ボブの指示は的確で、また、それに応えるフェニックスの腕もなかなか手馴れたものだった。ブラッドリーはどちらかと言えば慎重派で、たまにマーヴェリックに焚き付けられることがあったが、なぜだかボブと一緒だといつもより思いきって飛べたような気がしていた。それはマーヴェリックにも分かったようで、初回にも関わらず三人共に評価は良かった。こちらも顔見知りであったハングマンに最早いちゃもんのような言葉をあびせられたがそんな事はどうでもいいくらい気分は高揚していた。

    「ブラッド凄いね!マーヴも驚いてたよ!立派に飛べててすごい」
    「何言ってんだよ。ボブだって的確な指示が出来てたじゃないか。WSOとして最高だろ」
    「ちょっと二人とも、私のこと忘れてるわけ? 」
    「忘れてないよ。フェニックスもなんか丸くなったよな」
    「なにそれどういう意味?」
    「前はもうちょっとトゲトゲしてた」
    「うーん、僕と出会った時もちょっとトゲトゲしてたかな?最近じゃそんなことないけどね」
    「……なんなの」
    「きっとボブと一緒だから」
    「……かもね。ボブとだと飛びやすい」
    「そう言って貰えると嬉しいよ」

    三人はそれからも和気藹々と話をしていた。マーヴェリックがそれを遠くから見ている。仕方の無いことであったが離れ離れになった幼子たちがまた、再会できて、こうして肩を並べているのを見るととても感慨深かった。今しばらく離れ離れになることは無いだろう。この訓練の先はまだ長い。その間に空白の期間を埋めてくれれば、とマーヴェリックは思っていた。



    それからの日々はブラッドリーにとって失った時間を取り戻すようにボブと共に過ごすようになった。時が過ぎることさえ早く感じていた。
    特に離れたあとのボブの話をブラッドリーは聞きたがった。自分の知らないボブをどうしても知りたかったからだ。もちろん共にすごした日々のことを話すこともあった。共に遊び、時には叱られ、それでも楽しかったこと。そして別れのあの日のことも。

    「あの時はかなり焦ったな」
    「僕が海に落ちた時? 」
    「そう。そのまま波にさらわれるかと思った」

    離れた時間は長くとも、共有した記憶は話せばわかるほどに、二人にとってあの時のことはどうにも忘れられないものだった。

    「……まさか突然離れ離れになるとは思ってなかった」
    「僕もだよ。ずっとブラッドと一緒にいたから本当にもっと、ずっと一緒にいられるんだと思ってた」

    遠い昔のあの日、の少し前。ブラッドリーはボブの手を取り、『ひみつきち』へと逃げ込んだ。ここなら見つからない。ずっと一緒にいられる。そう、思っていた。それなのにマーヴェリックにいとも簡単に連れ戻され、離ればなれになった。今でもマーヴェリックに対するその時の恨みに似た感情は消えてはいない。だがマーヴェリックのおかげで再会できたのも事実である。それに関してはとてもありがたいとは思っていた。

    「……あの時は必死だった」
    「僕もだよ。母さんと父さんにひどくあたった」
    「ボブも? 」
    「うん。だってもっとブラッドと一緒にいたかったから」

    ボブがそう思っていたことにブラッドリーは多少驚いた。大人しかったボブだからそんなことはしない、と決めつけていた。そこまで思ってくれていたと知り、嬉しさが溢れてきた。

    「ボブ!こんなとこにいたの。マーヴェリックが呼んでるよ! 」
    「わかった!……じゃあまた後でね」
    「うん、後で」

    懐かしい話はマーヴェリックのせいで打ち切られた。邪魔をしたいんだかそうじゃないんだか、ブラッドリーは後でマーヴェリックに嫌味のひとつでも言ってやろうと心に決めた。

    ブラッドリーが思い返すのはあの日のこと。ボブの手を引き一心不乱に逃げた。今となってはなぜあそこまで大胆なことをしたのか、その気持ちがどこから来たのかがよく分からない。ただ離れたくなくて、ずっと一緒にいたくて、それで逃げ出したことだけは確かだった。
    だがたとえあそこで離ればなれになることがなかったとしても、いつかは別れることになるということを、今はわかっているがあの時はわからなかった。わからなくて良かったかもしれない。自分たちの意思で、別れなければならなかったかもしれないからだ。
    けれど結局は自分たちではどうにもできない理由で引き離された。あの日の記憶はとても鮮明に思い出される。
    もし今の自分があの時に戻れたなら、あの時よりもっとずっと遠くへ、歩けなくなっても、それでも逃げ続けただろう。大人の手の届かないところまで。そうして二度と帰らなかっただろう。子供では無理だとわかってはいても。どうしてそこまで必死に逃げたかったのか?ブラッドリーはまた考え始める。
    あの時はとにかく必死で、ずっと一緒にいたくて。二人きりになりたくて、逃げた。二人きりだけの世界を守りたくて逃げた。その思いは常にブラッドリーの頭に残り続けていた。
    それは再会して、更に鮮やかに蘇り、あの時の心情が溢れ出した。もしかしてそれは。けれどそれは簡単に認められるものではなかった。そう簡単に認めていいものでもなかった。それはとても大きな感情で、今のブラッドリーでは少し持て余すものだと思った。そして長い年月を必要とするものだと思っていた。たったあの数年で、そしてこの数日で、この想いは成り立ったのだろうか。否定は出来ないが肯定もできない。それがそうなのかそうじゃないのか。考えは左右を行き来する。大方既に答えは出ているようなものだったが、認めていいのかどうかとは話が別であった。今更だ、認めてしまえと囁いたのは自分の心だった。そうだ、認めてしまえ。
    何があってもずっと共に居たいと願った心は幼いながらも淡く抱いた恋心であったのだということを。だからこそボブとのことはいつまでも忘れられず、心に残っていたのだ、と思えばブラッドリーの中ですとんと腑に落ちた。
    確かにボブに、恋をしていた。しかし懸念が無いわけではなかった。仲が良いとはいえ同性同士。きっと伝えられないし、伝わらないだろう。仲が良いからこそ逆に伝える勇気など出るはずがない。今で十分だ、とは言いきれないが仲が拗れたり、ぎくしゃくするくらいならこのまま仲のいい『幼なじみ』でいる方がよっぽどマシだとブラッドリーは思った。この想いはいつまでもひっそりと心の中にとどめてそしてこれからのボブと一緒に居たい。一緒にいられれば、その姿を見つめていられれば、もうこれ以上は望まない、そうやって淡いままの恋心をブラッドリーは心の隅においやった。
    できるなら本当にあの頃に戻りたかった。今ではもうできないことをしたかった。そして、あの時この気持ちを伝えていられれば、この思いもまた、少しは変わっていただろう。ボブも少しは自覚してくれていたかもしれない。
    もう過ぎた過去にifは無い。けれどそうやっているうちは、不思議と心が凪いでいた。他人から見れば愚かな空想でも、ブラッドリーにとってはもしかしたらの現実だったのだ。笑いたければ笑えばいい。誰に言うでもなくブラッドリーは笑った。離れている間は酷く遠かった距離も、今はとても近い。ブラッドリーはあの時の心のまま、ボブに接したかった。
    いくらかスッキリとした気持ちで外を見やる。窓から見える青く広い空を眺め、ブラッドリーはボブが乗っているはずの機体を見送った。



    唐突に、ブラッドリーは、二人で逃げたあの時のことを、気持ちを、ボブに聞いてみたくなった。ボブは何も言わずに着いてきてくれたが、実は嫌だったのではないか、と今更ながらに思ったからだった。手を強く握り、ぐいぐいと全力で引っ張りながら走った。それは必死だったからでボブに嫌なことをさせたいわけではなかったが、実際のところはどうなのか、それを知る術はあの時にボブと共に奪い去られていた。
    一緒に昼食でも?と誘えばボブは笑ってもちろん!と答えた。陽の当たる席を取り二人で座る。ボブは昔は野菜が苦手だったと記憶していたが、彼のトレーには、野菜たっぷりのサラダの皿が乗っかっていた。やはり会えずにいた時間は、ボブを変えていたのだと、その過程を知らないブラッドリーは少し寂しく思った。

    「ボブ、覚えてるか? 」
    「なにを? 」
    「あの時一緒に逃げたこと」

    今思えば本当に一方的なことをボブに押付けていたとわかる。ボブは自分と離れ離れになることなど、まだひとつも知りはしなかったのだから。それなのに無理やり連れ出され、そして連れ戻され。数日後には強制的に離された。一言でバッサリいうととても無駄なことをした、された事をどのように思っただろうか。

    「え、えっと……」
    「覚えてない? 」
    「……うん、ごめん。正直あまり覚えてない。最後の記憶が焼き付いてて」
    「そっか」
    「ごめんね」
    「別にいい」

    淡い期待はあったがボブは共に逃げたことを覚えていなかった。それもそうだろう、とブラッドリーは自嘲した。最後の記憶に上書きされたのもわかる。ブラッドリーにとっても最後の別れは過ぎるほどに強烈だったから。覚えてないならそれでもいい。その方がいいのかもしれない。余計なことは、きっと要らない。それでこれからの関係が変わるはずもない。変えようもない。それならその記憶は、自分だけの中に留めてただの思い出として保管しておこう、とブラッドリーは心に決めた。

    「でも、あの頃はさ……」

    ボブが別の懐かしい話を始める。それをブラッドリーは微笑ましく聞いていた。どれもこれも懐かしく、大切な思い出だった。けれど聞いていくうちに、やはりあの、留めておこうと決めたはずの思い出、記憶が無理やり隙間から出ようとしていた。微笑ましく見ているその表情の下に、泣きたそうな表情がきっと隠れている。まるでピエロのようだとブラッドリーは思った。それでもそれを隠し続け、ボブの話を聞いている。もしできるなら、この思いを洗いざらい吐き出してしまいたい。たとえボブが嫌がっても、あの時のことを、どう思っていたのかを、知らしめてやりたかった。
    そんな、到底できるはずもないことを、ボブの話を聞き、相槌を打ちながら思っていた。そしてこのとき、この募る想いに、明確に『恋』という名前をつけたのだった。

    それからのボブとの話も、過去の思い出話が多かった。どれもこれも、懐かしく鮮明に覚えている話だった。正直ブラッドリーには忘れている記憶など何一つなかった。ボブとのことは全て記憶していると自負している。ボブがくれたものも、今でも大切にしまってある。今ではくだらないことや物でも、今のブラッドリーにとってはボブとの大切な繋がりだった。どうしても手放したくないもの。次に離れたらどうなるかわからない。けれどそれらをボブは知りはしないだろう。
    今欲しいのはもちろんボブ自身だが、その前に、もう二度と切れない繋がりが欲しかった。たとえ離れても、繋がり続ける、そんな繋がりを。



    「……そういえば」

    最近ブラッドリーはボブと食堂でおちあい、共に昼食をとる。それはもはや二人のルーティンであった。ボブのトレーには今日も野菜たっぷりのサラダが乗った皿があった。昔代わりに食べてやったっけ、とブラッドリーは回想する。

    「うん? 」
    「あの時のこと、思い出したんだ」
    「あの時? 」

    ブラッドリーの心臓は大きく跳ねた。それはもしかして、あの、共に逃げた時のことだろうか。嬉しさ反面、怖さもあった。なんであんなことをしたのか、と責められたらきっと自分は打ちひしがれるだろう、とブラッドリーは思った。

    「確か、二人で逃げたんだよね?『ひみつきち』に」
    「……そうだったな」
    「なんであの時言わなかったの?忘れたのかって」
    「……覚えてないならそれでもいいと思った」
    「僕は嫌だったよ。ブラッドとの思い出を忘れるなんて」
    「……そうか」

    そう思っていてくれていたのは嬉しい。けれどその後が怖い。逃げた理由を聞かれることが。そしてその時の気持ちを。あんなことをされて嫌だった、そんなことを思われるなんて嫌だ、などと、その可能性の方が高いのに言われたら自分はどうなるだろう。自分のことなのにブラッドリーは予想さえできなかった。
    そしてボブが口を開く。さぁその口は何を呟く?ブラッドリーは断罪される気持ちでさえあった。

    「なんであの時、逃げたの?」

    それはもっともな謎だろう。あの時の自分はまだ気持ちを自覚してもいなかったし、ボブはもう会えなくなることを知らなかった。ただ連れられて『ひみつきち』に籠った、それくらいのことでしかないだろう。
    その純粋な問に、正直に答えなければボブは不審に思うだろう。なんで嘘をつくのだと責めるだろう。そんな気は更々なかったがブラッドリーの口は重く、なかなか言葉にならない。一度ボブの顔を見て視線を下げる。そしてポツポツと口を開き始めた。

    「……ずっと二人で居たかったから。ボブはあの時知らなかっただろうけど、俺はもう会えないことを知ってた」

    ほんの少しだけ、間が空いた。ボブは静かに視線を落とす。何を思っているのだろうか、その目には何が浮かんでいるのだろうか。悲しみだったら辛い。今、こうしてやっと、また二人一緒にいられるようになったと言うのに、そんな思いをさせたくはなかった。

    「……そうだったんだ」
    「だから離れ離れになりたくなくて」
    「そうだね。でも知らなくても僕はブラッドについて行ったよ。ただ、知ってたら僕ももっと必死だったと思う」

    ここに来てようやく、ボブも同じ気持ちであったことを知り、ブラッドリーは感極まった。目頭が熱い。気を抜いたら泣いてしまいそうだった。いくらなんでもいい歳した大の男が泣くわけにもいかないし、ボブにそんな姿を見せたくはなかった。

    「そうか」

    同じ気持ちだと知り、浮かれるほどに嬉しいと言うのに、言葉はなんという素っ気なさだろう。けれどそうでもしないとこの口は余計な言葉を発しようとするだろう。余計なことを言って折角の雰囲気を台無しにしたくはなかった。

    「そうだよ。僕だってブラッドとずっと離れるなんて嫌だった。離れるくらいならそれこそどこまでも逃げたよ、君の手を引いてね」
    「……どうして? 」

    思いが同じだとして、考えてたことまで一緒だなどとはさすがに思っていなかった。それならば、なぜと問うのは仕方がないことだろう。問うブラッドリーのその言葉は微かに震えていた。

    「うーん、明確には分からない、けど。ブラッドは? 」

    これは。この言葉は。うちあけまいと決めていた心の奥底のそれを引っ張り出してボブに洗いざらい吐き出さなければいけない気がする。けれどその結果がもたらすものは?上手くいくと思うのか?気持ち悪がられるかもしれないぞ?ブラッドリーの脳内で色んな自分がひそひそと囁く。
    一縷の望みに賭けるか、一か八かの賭けに出るか、どちらにせよ賭けになるのだ。ブラッドリーが思うに、負ける方向での。勝てば官軍負ければ賊軍。成功すれば欲しいものを得、負ければ冷遇される可能性もある。勝てない勝負に挑むことはあまりしないタイプだがそれとこれとは別なのだ。今は。
    それを口にするかしまいかと悩んでいながら、結局口にするのだろうとは思っていた。ただタイミングが掴めない。口を開いては閉じ、を繰り返す。そんなブラッドリーをボブは不思議そうに見つめていた。

    「もうずっと離れたくなかった。ずっと一緒にいたかった。……ボブのことが好きだったから」

    ブラッドリーを静かに見つめていたボブは一度目を瞬かせる。それは自分の中にもあったもので、けれど口に出すのは憚られたものだった。ブラッドリーより意思の強いボブは何があっても決して口にはするまい、と決めていた。それを、同じ気持ちを、ブラッドリーが口にするなんて、ボブにとっては寝耳に水。
    自分が共に逃げた理由。あの時は知らないまま共に逃げたけれど、それにしても嫌だったらその手を振りほどいたろうに、けれどそうしなかったのは、きっと同じ思いだったからなのだろう。だからろくに問うこともなく、黙って手を引かれ、逃げた。何も知らないまま連れていかれる不安もなかった。ただそうすることで二人きりになるのだな、ということはわかった。
    あの頃はそれで良かった。それが良かった。世界でたった二人になったとて、困ることなどないと思っていた。だって。
    ボブは僕も、と呟く。そして沈黙の帳が落ちた。なんと答えるべきか。なんと伝えるべきか。答えは同一だが言葉を選んでしまう。けれど簡潔なのが一番だろうとボブは口を開く。

    「僕も、あの頃から君を好きだったみたい」

    ふわりと笑ってボブが言った。その顔を、その言葉をブラッドリーが信じない理由はなかった。まさか互いに同じ想いを抱えてここまで来ていたなんて。嬉しいという気持ちがこれほどまでに心を占めたのは初めてだった。
    あの頃手放さなければならず、そして今までとることができなかったその手を、再び掴むことが出来たのだ。しかも心を同じくして。それならばもう、二度と、離しはしない。あのころと違って、今の自分たちにはもう縛り付けるものは何も無いのだから。

    「お揃いだったみたいだな」
    「そうだね、お揃いだ」

    ブラッドリーは少し恥ずかしそうにしていたがそれは嬉しさからくるもので、なんだか今更目を合わせられなかったのだ。ボブはそんなブラッドリーの手を取る。あの時離した、離さざるを得なかった手を、本当の意味でとりなおした。

    「……今までの分、取り返そう? 」
    「これからはずっと一緒にいてくれるか? 」
    「もちろんだよ」

    今までの空白を、完全に埋められはしないだろう、けれどこれからのことならなんでも一緒にできる。握ったこの手を離さなければ。
    ずっと、だなんて子供らしい言葉だとブラッドリーは思ったがそれでいいのだとボブと笑いあった。

    「なんかあったら、また逃げよう」
    「今度は逃げ切ろう」

    たとえマーヴェリックがF-14で追いかけてきても。
    思わず童心に返ったような二人は顔を見つめてにんまりと笑う。それこそフェニックスなんかが見たらガキね、とでもいいそうな。

    今までの空いた隙間は、これから埋めればいい。今ならそれが出来る。選んで共にいることができるのだ。たとえ離れたとしてももう会いに行ける。
    今までのことを語り尽くせばいい。出来なかったことをやり尽くせばいい。この先の時間はまだ長い。できること、やれることは沢山ある。

    「沢山話したいことがあるよ」
    「一緒にしたいことも沢山ある」
    「ゆっくりでいいからひとつずつ」
    「そうだな」

    それでいい。ボブは笑い、ブラッドリーは目を閉じる。あのときで止まっていた思い出が、また動き出すのだ。それを思い描いて2人はまた笑う。これからはもう、ずっと一緒。寄り添うふたりの姿に幼い頃のふたりが嬉しそうに微笑みかけていた。
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