レオマレ海賊パロ本後編 一部分公開 船長室の扉を開いて入ってくるのは、自分を除けば本来の部屋の主である彼一人。
マレウスは眠ってはおらず、小さく点したランタンの灯りを頼りにベッドへと腰掛け物思いに耽っていた。
「……マレウス」
「ああ、戻ったか。……お帰り、レオナ」
華やかな東洋の装束は着ておらず、就寝時や、体の調子が芳しくない時に身に付けるガウン姿である。ベッドの脇へ、合わせの隙間からすらりと伸びる両足は依然として強固な鎖に絡め取られたままだ。
レオナはトリコーンとジュストコールを雑にテーブルへ放ると、そのまま気だるげにベッドへと腰を下ろした。
「寝てろっつったろ」
「すまない。……横にはなっていたが、お前が戻ってくる気配がして落ち着かなくてな」
「……そうかよ。この通り船長様はご帰還済みだ、とっとと落ち着いてくれ」
レオナが片手を掲げれば、カンテラの炎は掌で包まれたように燻っていく。船長室にはより色濃い影が落ち、大人しくマレウスが潜っていったシーツに立ったさざ波を際立たせた。
「……僕は風の魔法も使える。そうして船の進路と速度を操ることが出来れば……」
薄暗がりに、マレウスの密やかな囁きの声が響く。馬鹿を言え。跳ね除ける声音もまた、闇に寄り添うように低く静かなものだった。
「お前はいつもそうだ。一度調子がつくと、俺が何を言っても聞きやしねぇ。……ったく、とんだ拾い物だ」
「……お前の故郷からやって来た者達が、すぐそこまで迫っているのだろう?」
祈るように手指を組み合わせ虚空を見据えるレオナは、憤りも呆れもしなかった。ただ瞼を伏せる。
マレウスは、このレオナという男が自身を頑なに傍に置き続ける理由について考え始めた。潮に流されるように、出逢った二つの存在は近付き、その端から互いに絡み合い始めている。間違いであるとも、あらまほしきものとも教える者はいない。同じ場所へ流れ着いたもの同士が同じ船に乗り、同じベッドに眠る。その意味を、これまでも何度か考え、そして考えあぐねていた。
飢えに悶え苦しんでるようなヤツをハンモックで吊るしておけるかよ、目障りで仕方ねぇ。
それが初めてこのシーツの中で目を覚ましたマレウスにレオナが零した〝言い訳〟。
最初に彼がマレウスをこのベッドへ運び込んだのは、マレウスが初めて『飢え』を訴えた時だった。浮遊の魔法の制御を失い甲板に身体を打ち付けたマレウスの元に誰よりも早く駆け付けたのはレオナだ。朧気な意識の中、マレウスはレオナの腕に抱き上げられる感触と、その直前に何度も投げ掛けられた自身の名前だけを覚えていた。
(……お前の不安そうな顔をもう何度も見ている。そんな顔をさせたいわけでは、ないのだが……)
マレウスは微睡みの中、腕を差し伸べていた。どうした、という真剣味の篭ったいらえがあり、レオナが顔を側へと寄せる。
その頬へ、マレウスは掌を寄せていた。
「……心配、するな」
「……マレウス?」
「……きっと……せめて、お前だけでも、守って……」
弛んだ掌をレオナの手指が取り上げる。マレウスは眠りに落ちかけていた。深く溜息をつき、レオナはその手を枕元へと戻してやった。
「ようやく寝やがったか……でけぇ赤ん坊かよ」
船長のために設えられたベッドは広いが、一人で使っていた時分を思うとどうにも窮屈であるのは否めなかった。そもそも、何者かをこのベッドへ同衾させるという事態そのものが特異である。自身が選び取った状況の異常さを理解しながらも他に行き道は思い当たらない。
「マレウス」
シーツに垂れた黒絹の髪をひと房弄び、秘密を打ち明けるようにレオナは告げた。
「俺は、お前のその言葉を何処かで聴いたことがある」
深い場所で厳重に封じられていた記憶の扉。それが軋みを上げて開かれようとしている。悪夢の中で見せ付けられるばかりの忌まわしき記憶。
その隙間にマレウス・ドラコニアがいたことを、レオナは思い出し始めていた。