短編集供養「そろそろ付き合うか」
なんでもない事のように、彰人が言った。しかし、私は目も口も開いた状態から動けなかった。
「おい、聞いてんのか?」
不機嫌そうに彰人がじろりと睨む。さっきの台詞の直後にその顔か、と思ったけれど口にはしない。
「き、聞いてたけど、え、彰人、私の事好きだったの?」
付き合う、という言葉は、そういう意味にしか捉えられない。私は彰人が好きだったし、それを隠す気もなかった。しかし、彰人はあくまで私を友人として見ているものだとばかり思っていたのだ。よくうるさいと怒られるし、雑に扱われているから。
「そうじゃなけりゃ、こんな事言わねえだろ」
彰人の眉間の皺が深まる。
「それはそうだけど……」
気持ちに応えてほしいとは考えていなかったので、私は面食らっていた。諦めていたというより、片思いでも十分楽しかったからだ。他に恋人でも出来たら別だろうが、そんな気配もなかった。
「……で、返事は?」
決まってはいるのだけれど、予想外の展開で上手く口が動かない。彰人が余裕そうなのも、なんとなく私をどぎまぎさせた。ただ、私の好意がだだ漏れだったのが明らかに一因ではある。
そう思った時に気がついた。彰人の耳が真っ赤だ。今の言葉は、彰人も恥ずかしかったのだ。
よく考えれば当然だった。普段邪魔者扱いしている私に、素直に告白なんてなかなか出来ないだろう。そこで必死に絞り出した意思表示が、あれだったのだ。
「彰人大好き!可愛い!」
「可愛いは余計だ」
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「あの二人が並んでると、絵になるよね」
そんな声を耳にして、彰人はそちらに視線を向けた。楽しそうに話している女子生徒が見ているのは、相棒である冬弥とその恋人だ。
絵になるというのは彰人も同意見だった。冬弥も彼女も整った容姿をしている上に、落ち着いた表情をしている事が多い。人によっては近づき難さすら感じるだろう。
しかし次に続いた、
「何話してるんだろうね!きっと私たちが聞いてもわからないような、難しい話なんだろうなあ」
という発言には賛成しかねた。彼女は外見の印象に反して、どこか緩んだ性格なのを知っているからだ。冬弥もそれに対して突っ込んだり否定したりせず、至極真面目に接する。
今日もきっと難解とは真逆な会話を繰り広げているのだろう。そう考えていると、ふと彰人の方を見た冬弥と目が合った。
「彰人」
冬弥の声で、彼女も彰人に気がついたようだ。
「東雲くん」
そう言ってひょこりと顔を覗かせる。無表情な彼女は、やはりクールな美人に見えた。
「お前ら何話してたんだ?」
「先生が口癖言った回数の話してたの」
予想通り、他愛ない会話を繰り広げていたようだ。二人が楽しそうなので口は出さないが、先程の女子生徒たちが聞いたら夢を壊しそうだ。
自分も驚かされた側である彰人は、別の話題に移った二人をぼんやり眺める。本当に、見た目だけではわからないものだ。
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私と司くんの出会いは、衝撃的なものだった。
正直に言って私は、一生恋愛とは縁が無いと思っていた。恋愛を嫌悪しているわけでも、自分が好かれないと考えているわけでもない。むしろ私は可愛すぎるくらいなので、逆である。
私が好きになるほどの魅力的な人に、今まで出会った事が無かったのだ。しかし、司くんを一目見た瞬間、世界が変わった。
もちろん顔も世界一格好いい。でもそれだけではない。自信に満ちた瞳が、よく通る声が、しゃんとした立ち姿が。私の理想そのものだった。この人とならわかり合える、そう思った。
それからの私は早かった。思い立ったらすぐ行動に移す性格なので、その場で司くんの手を握った。
「今あなたを好きになりました!結婚を前提に付き合ってください!」
周囲の人は、皆ぽかんとして見ていた。司くん本人も例外ではなく、目を見開いて固まっている。流石の私の可愛さでも、驚かせてしまっただろうか。
不安になってきた私に、司くんは勢いよく頭を下げた。
「すまん!」
あ、私、失恋した。目の前が真っ暗になって、ふらつきそうになる。誰よりも可愛いという自負と、彼と感じた運命。その両方を否定された気分だった。しかし、彼はこう続けた。
「俺も今一目惚れしたが、交際はもう少し互いを知ってからにしたい!結婚を前提に考えるのなら、尚更不誠実な事は出来ん!」
真剣に話す司くんに惚れ直した。このわずか数分の間に、二度も惚れてしまった。
「うん!私の事なら何でも教えるから……!」
私には司くんしかいない。そんな気持ちを強めながら、私は勢いよく頷いた。
そんな出会いからしばらく経ち、司くんとは無事交際を始めた。お互いを知れば知るほど好きになり、付き合わないなんて選択肢は無かった。しかし真面目な司くんは、
「俺と付き合ってくれ!」
ときちんと告白してくれたのだ。返事はもちろん決まっていて、私は笑顔で頷いた。
**********
「風紀委員です!」
校門で僕の前に立ったのは、初めて見る生徒だった。雰囲気からして一年生だろうか。
危険人物としてマークされている僕の元には、大抵真っ先に熱心な風紀委員がやって来る。そのため、会った事が無いのも不思議ではない。
彼女は緩い人だといいなあ、などと考えながらチェックを受ける。今日は見つかったら即没収間違いなしのロボットを、隠さず持って来てしまったのだ。徹夜の影響で慌てて準備をして、風紀委員対策を怠ってしまったのが悔やまれる。
「何ですかこれ!?」
ロボットを見つけた彼女が声を上げる。どう説明すれば持ち込めるだろうか。そう悪知恵を働かせていると、
「すごーい!格好いい!」
と彼女は目をきらきらさせた。予想外の反応に、少々驚いた。こんなふうに食いついてくる風紀委員がいるとは。
「このロボットはね……」
なんとなく嬉しくなって解説を始めようとした時、聞き慣れた声がした。
「あっ神代先輩!またロボット持ち込んでる!」
白石くんが駆けてきた。これは逃げられそうもない。
「没収ですよ!」
今日のところは大人しくロボットは諦めよう。そう思ったところに、例の彼女から支援が入った。
「えー!杏ちゃん、私説明聞きたいよー」
白石くんの袖を引きながら、子供のようにお願いしている。きっと二人は仲がいいのだろう。
「で、でもこれが仕事だし……!」
「う……そうだよね……ごめん」
彼女はがっくりと肩を落とす。僕より残念そうな姿を見て、思わず声をかけてしまった。
「君、ロボットが戻って来た放課後でいいなら、続きを話そうか?」
「本当ですか!?」
それが、後の恋人との出会いだった。