人魚の独歩には、昔仲の良い人魚がいた。彼とは毎日のように遊び、話をしていたのだが、事故に遭い亡くなってしまっていた。
あれから数年、独歩は成人となった。日課は海の上へ行き、歌を歌うことだった。向こう岸の人間の国への興味、そして親友への想いを歌詞にのせ歌う。
ある日、いつものように歌っていると、人影が岸に見える。その人間の姿は、まるであの親友をそっくり写したような姿だった。
「ひふみ…!」
独歩は思わず叫んだ。
すると人間は、その声に気がつきこちらに近づいてきた。
「なんで俺っちの名前知ってるの⁈」
近くで見れば見るほど親友にそっくりだった。
それから、彼の日課には歌うことだけでなく、その人間と話すことも日課となった。日を追うごとにどんどん打ち解け、独歩は親友の面影を重ねるだけでなく、次第に“また”彼に引かれていくのだった。
「ごめんね、しばらく会えないんだ」
いつものように歌い、話し、そして帰ろうとした時、彼はそう言った。
1週間、2週間が経った。
独歩は、毎日のように上へ行き歌ったが、会うことはなかった。
3週間目の夜、海の上を大きな船が通るのを眺めていた。海上で人間達がパーティを行なっていたのだ。するとそこに、見覚えのある姿が見えた。その姿は、綺麗な美しい女性と共に、華麗なステップを踏んでいる。
「…そうか、あいつは人間だ」
人魚の自分とは友にはなれても、永遠を誓うことはできない。あの頃とは、あの親友とは、違うのだ。想うことはできない。
そう、言われているようだった。
独歩は亡き親友以外、たった1人の友人のもとへ向かった。長く、美しい髪をもつ蛸の人魚。彼に、この哀しい想いを相談したかったのだ。
すると彼は、一つの小瓶を棚から取り出した。それは、朝日が昇る明朝まで、人間の姿となれる薬だった。
そっと独歩の掌へのせ、蛸の人魚は
「これをあげるから、自分の好きなように使いなさい。ただし、時間にはうんと気をつけるんだよ」と言った。
独歩は最後に一目だけ、彼の姿を見よう、そう思い4週間目の朝早くに海の上へ行き、小瓶の中身をくっ、と飲み干した。
人間の国は、丁度お祭りで、いつもより華やかな街並みは、独歩の目には何もかもが新鮮で美しいものだった。この街を、景色を、彼が案内してくれたらどれだけ幸せだったか。
夜、独歩は王宮へと向かった。なんでも、お祭りを締めくくる舞踏会が国民へ向けて開かれているらしい。そこなら、きっと居るだろう。そう思ったのだった。
そしてその姿を見つけた。彼は大広間の上、段差の上がった場所に座っていた。姿を瞳に刻みつけるように、独歩は彼を見つめた。その時。バチっ、と目が合ったのだ。
頭の中で警鐘が鳴る。
これ以上はダメだ。
独歩は逃げ出した。
朝日が昇るまで時間は残っていたが、海に戻りたかった。
海辺へ戻り、想いを歌にのせる。
その歌詞は、恋を綴ったものでありながら、何かに懺悔するようだった。
泣き叫びながら歌ったせいで、音程もリズムもぐちゃぐちゃで、お世辞にも上手いとはいえない歌だった。
歌い終わり、涙を拭く時、自分以外の啜り泣きが聞こえることに気がついた。
振り返ると、そこには彼が、親友の生まれ変わりが、想いあった彼の生まれ変わりが、自分の歌を聴き、泣いていたのだった。
独歩が何と話すべきか迷っていると、彼は独歩を抱きしめた。
ずっと前と同じ温もりで。
彼は話した。
自分は国の皇太子であること。
隣国の王族の訪問があって、どうしても行けなかったこと。
ずっと遭いたかったこと。
そして、
自分には知らない記憶があったこと。
それが誰の記憶かはわからなかった。
だけど、独歩の歌を聞いた時、自分は彼と前に会ったことがある…、とても、大切で、大好きだった、その思いで胸がいっぱいになったこと。
全て話し終わる頃、お互いの顔はどうしようもないぐらい、くしゃくしゃになっていた。
前世の記憶があったからじゃない、独歩に、もう一度、惹かれたんだ。
だからどうか…、
白く輝く朝日は、種族を超え、巡り合った2つの魂を祝福しているようだった。