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    ruju_mirror

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    ひふど/カルジュナ/オリチタ
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    ひふど
    過去に書いたやつ
    ひ←ど 👔の独り言

    『次は□□□〜□□□〜』

    もう随分と聞き慣れたアナウンスで意識が覚めた。

    今日もいつものように営業であちこちへ行き、文句を山のように聞き、ハゲ課長には理不尽な説教をくらい、上司のであろう仕事までやらされ…。思い出すだけで心が鉛のように重くなる。気づいたら0時をまわっていた。どこぞのおとぎ話の姫さまなら、魔法が解けてアウトである。……こんな時間になってしまうのも効率良く仕事ができない俺のせいだろうか…。終電に間に合ったのは不幸中の幸いだったが、体力と精神はボロボロだった。それに終電にも関わらず、都会は乗車客が多い。俺みたいなのが座れているのがとても申し訳ないほどに。
    仕事でパソコンをいじっていたせいか、首が痛い。湿布を帰ったら貼らなくては…、そう思ってしまう自分に歳の衰えを悔しくも感じてしまう。営業で歩き疲れた足の裏はまるですり減ったようだ。心はストレスで、もうどろどろと溶けて重く冷たくなっていく。ガタンゴトン、ガタンゴトン、と電車に揺られながら、停車駅を待った。あぁ、腰も痛い…。


    俺が乗っていた電車はしばらくしてから車庫へ帰るだろう。そしてまた明日も働かされるのだ。まるで俺みたいだな…。そんなことを思いながら、疲れきった体を動かし、自宅を目指す。
    信号を待っていると長く高い、飽きるほど見たビルの入り口に燕の巣が視界に入った。…いつのまにできたのか。こんなギラギラと眩しい、俺には眩しすぎる街に。俺はここシンジュクに住み始めてからしばらく経つがあのネオンの明かりは未だに慣れない。明かりが俺の影を強く映しているようで。お前は影なのだと言われているようで…。この光に負けないどころかそれ以上の光を放つあいつは本当にすごいと思う。過去に囚われず前を向き、苦手と向き合う姿勢は同性の俺からしてもカッコいいと惚れてしまうほどに。そんな彼の影ならば悪くない。
    ……でも、ほんの少しだけ、一緒になりたいなんて思ってしまう俺は望みすぎなのだろう。
    燕の親子はスヤスヤと寝ていた。


    家に着き、扉を開ける。
    ……明るい。それだけで彼が居ることは簡単に理解できた。真逆の生活リズムを送っている俺たちだ。今日は奇跡的にタイミングがあったのだろう。それだけで気分がすこし明るくなるのを感じた。靴を脱ぎ、俺は自分の部屋へと向かう。今、この動作を見ていたら靴を揃えろ、ってあいつは言うだろうが、残業明けの体ではしゃがむ動作ですら大変なのだ。見逃してほしい。…決して面倒とかそういうのではない。
    いつものように散らかった自分の部屋でスーツを脱ぎ、ワイシャツも脱ぐ。これで俺は営業課の観音坂独歩からようやく解放されるのだ。


    着替えて、リビングの扉を開けるとなにやら鼻歌が聞こえた。相変わらず陽気な男だ。キラキラするような金糸雀色とそこから少しばかり見える若草色が楽しそうに揺れている。
    「うぉ、どっぽちんお疲れぇ〜ご飯もうちょいでできるかんね!」
    明るく優しい声が心に染みる。振り返った時の笑顔も、俺が職場でみる造花のような作り笑いではない。向日葵が咲くみたいに、明るくにぱっ、と笑う。…その声に、笑顔に、俺が何度支えられたか。

    思い出せば、小学生からずっと一緒だった。彼にいつも振り回されながら、ここまで過ごしてきた。良くも悪くも空気を読まない性格のおかげで面倒なことに巻き込まれるのも多かったが、その分、こいつに助けられたことも多い。俺がネガティブになっていれば、お前は悪くない、と励ましてくれた。俺が愚痴を吐いてもウンザリした顔一つせず、そんな上司俺っちがマイクで気絶させてやるよ!なんて言ってくれた。俺はこいつに支えられてずっと生きている。今も彼の楽しそうな姿を見るだけで、重く、冷たい心が温かくなっていく。一二三が俺を、本当の“観音坂独歩”へと戻してくれる。本当に感謝してもしきれない。

    気づけば俺は一二三を後ろから抱きしめていた。

    「なぁに?今日はどっぽちんの大好きなひふみん特製オムライスだよ〜」
    「…………一二三」
    「ん?」

    …俺を支えてくれるお前がいつ、俺から離れてしまうかわからない。こんな俺だ、いつ見放されても不思議じゃない。それに、スーツを着ると女性が平気になったお前は、このまま努力すればきっと克服してしまうだろう。そうしたら運命と言える女性を見つけてしまうかもしれない。それは俺が祝福することだし祝福したい。
    それでも…今は一二三の温もりに身を預けていたい。いきなり抱きつかれるなんて気持ち悪い、って思っているかもしれないけど、お前も学生時代やってたんだ。許してくれるだろう?

    願わくば俺を選んでほしい、なんて…言うことはできないけど。きっとそんなことを言ったらお前は俺を悲しませないように承諾してしまう。俺の我儘でお前の人生を縛るわけにはいかない。


    ………だから、



    「…ただいま」







    運命の人を見つけてしまうまでは、どうか俺を、俺だけを見てくれ。

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