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    @K7spectrum

    ※エアスケブは納期?期限付きは現状難しいのでリクエストあればwave boxに投げてみてください。時間と気力あれば描くかもしれません。
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    願い「春日くん、もっと飲もうよ」

    その声が心地いい、そう思い始めたのは趙と出会ってすぐ間もない頃だった。
    横浜流氓の総帥…初めて対面した時想像とは違った男が目の前に現れて驚いたのを覚えている。
    「総帥」という肩書きから厳つい男か、星野会長のような貫禄のある男が現れるのかと身構えていたが、目の前にいたのは想像していたよりも小柄な男。中国マフィアらしいゴテゴテした装飾品が指を着飾っていたが、その指先には黒いマニキュアが塗られている。サングラスで表情はよくわからないものの、外せば見た目よりも更に若く見えるのではないか、そう思わせる骨格。そして、きっと体術系を得意とするんだろうと思わせる、スーツではない身軽な服装。俺の想像する「総帥」はそこには居なかった。
    しかし一度声を発すると張り詰めた空気が一瞬にしてその場を支配した。
    あゝ、やはりこいつは紛う事なき横浜流氓のボスだ。
    蛇のように耳に纏わりつく声色に、住む世界がまるで違う人間なのだと思い知らされた。その手を汚さずとも、一言発すれば相手を恐怖に陥れ支配する事が容易い、そんな声色。

    「不快」

    第一印象はそれだった。
    神経までもを蛇の舌で舐められているような感覚があった。全身に纏わりつき、少しずつ締め上げていく。
    緩急ある声が、二手三手先を読み難くしている。何を考えているのか、まったく心が読み取れない。先が見えない恐怖…とはよく言ったものだ。


    「ねぇ、春日くん聞いてる…?」

    少し甘えたような声がしてその声の主の方を見ると、これまた甘えたような顔で此方の顔を伺っている。
    「あゝすまん、考え事してた…」
    「なんか悩み事?困った事があったらいつでも相談してよ、俺でよければ力になるよ?」
    「あぁ、ありがとうな」

    「元総帥」となってサバイバーに転がりこんで来た趙は、出会った時の威圧感はすっかり影を潜め「気のいい兄ちゃん」という雰囲気に包まれていた。何度か一緒に酒を飲み交わし、馬淵の一件では趙の情の深さにも触れた。

    その頃からだ。

    日増しに趙の声が心地よいと思うようになっていた。
    今はフランクに誰とでも話せる雰囲気を纏っている。歳上ぶった事を言ったかと思えば、仲間と分け隔てなく談笑もする。料理の知識も豊富で、聞いていて此方を飽きさせない。あの時感じた不快さはすっかりなりを潜めていた。
    そんな中、俺にだけ見せる声色がある事に最近気付いた。
    例えて言うなら猫、だ。
    するりと懐に入り込んだかと思えば、暖かい余韻を残しいつのまにかスッと居なくなってしまう。もう少し、あと少しだけ居て欲しい、柔らかく甘えるような声がもう少しだけ聞きたい…思わずその手を握って抱き締めてしまいそうになる声色を、時々趙は俺にだけ見せる。
    「おかわり…いる?」
    「あ、あゝ、貰おうかな…」
    「ん、マスターおかわり、春日くんの分もね」
    グラスに酒を注ぐトクトクという音が、自分の心音と重なり、思わず頭を掻いて聞こえないふりをした。
    「…そういや、もうすぐ七夕だったな」
    察しのいい、とでも言えばいいのか。不意にマスターに振られた「七夕」というワードに趙の顔がパッと明るくなったのを見逃さなかった。
    「そうかぁ、七月だもんねぇ。」
    つとめてクールに答えてはいるが、内心楽しみで仕方ないという雰囲気が滲み出ている。
    「今年はスナック街でも店先に笹を飾って七夕の真似事はするんだが…おめぇらも願い事書いてみるか?」
    「え~、今更願い事なんて歳じゃないしなぁ」
    「…面白そうじゃねえか、趙、書いてみようぜ?」
    …まただ。口ではあゝ言っていた癖に、俺が提案するとフッと口元が緩む。
    「春日くんが書くなら、俺も書いてみようかなぁ」
    「おぅ、こういうイベントもなかなか楽しいもんだぜ?」
    「だね」
    甘えたような声色はすっかり影を潜め、いつも仲間と話す時のトーンに変わっていて少し寂しさを感じたが、そのかわりに此方に向ける表情が柔らかい雰囲気を持ち始めていた。
    最近気付いたのだが、趙は案外顔に出やすい。自惚れかもしれないが、俺の前でだと特にそれが分かりやすい。何時もの片方だけ口角を上げた笑みは相変わらずだが、サングラスの奥に見える目が時に大きく見開かれたり、伏し目がちになったりとなかなかの忙しさを見せる。じ、と見つめると目を逸らす仕草はあの「総帥」からはきっと想像がつかない程にー。

    「…で、今日はおめぇら泊まっていくのか?」
    マスターの声で現実に引き戻された。いつの間にか夜もだいぶ更けていて、隣で趙は何杯目かわからない酒を飲んでいる。
    「あ、あゝ、そうさせてもらう」
    「なら今日はおめぇら二人だけしか居ねぇから、鍵頼んでくぞ」
    鍵と、ついでにコレもやるよと短冊を数枚渡された。
    「明日笹を飾る予定でな。まぁ、後は好きにしろ」
    じゃあな、と店を出るマスターを目で見送っていると、不意に背後から声を掛けられて思わず肩が竦む。
    「ねぇ、春日くん…もう少し飲も?」
    あゝ、まただ。
    するりと耳の奥に、懐に入り込んでくる暖かくて甘い声色。なんと言えばいいのか、心を猫じゃらしで擽られている感じだ。
    「結構飲んでんじゃねえか…?」
    擽ったさは決して嫌な感じはしない。
    「ん〜、そうでもないよ…今日はゆっくりめに飲んでるつもり」
    「そうかい…ならもう少し飲みながら短冊に何書くか考えようぜ」
    「ふふ…いいねぇ、あ、何かツマミ作っちゃおっと」
    カウンターの椅子から立ち上がると、跳ねるように歩き鼻歌まじりに冷蔵庫を物色し始めた。こんな可愛らしい男が元マフィアのボスだと誰が信じて…

    …可愛らしい…?

    「ふむふむ…エビとキノコのワイン蒸しなら作れそうかな…春日くん、キノコ好き?」
    「あ!え、いや、俺ァ何でも食うぜ?」
    「じゃなくてぇ、好きか嫌いか聞いてんの」
    好きか嫌いか…
    ざわりとしたものが胸を埋め尽くしていく感覚。やがてチクチクと痛み出す懐かしさに認めざるを得ない。
    「…好きだぜ」
    ふ、と趙の頬が染まったような気がしたのは気のせいだろうか。
    「う、うん、ならキノコ入れちゃうね」
    一度そうだと認めてしまえば、この甘さのある声もその表情も愛おしさが増していって堪らない。初めて恋をした時のような、あの感覚だ。

    「はぁい、おまたせ~」
    「お、うまそう!」
    目の前に出されたエビとキノコのワイン蒸し。小皿に綺麗に盛り付けられたそれは、趙の性格が垣間見れたような気がした。
    「食べながら短冊の願い事考えようぜ」
    「…ん」
    「…趙?」
    「あ、ううん、ごめん、食べようか」
    曖昧な返事をされて少し引っかかったが、気を利かせたマスターが置いていったボトルを二人で空けた頃にはすっかりその事は忘れていた。



    「おい…寝るなら二階に行こうぜ」
    「んん…」
    あれから趙の飲むスピードが上がり、他愛ない話をしているうちに早々にカウンターに突っ伏し寝した趙の肩を揺らすがむにゃむにゃと口を動かすだけで起きそうにはない。
    「おい、趙…」
    「んうぅ…」
    「ったく、しゃあねぇな…」
    自分の腕を枕に眠る趙の、緩くなったワックスではらりと前髪が落ちている。ずれたサングラスから覗く目元にやけに幼さを感じ、普段見る事のない睫毛がそこに影を落としていた。初めて見た時にも感じたが、やけに整った顔をしていると思った。見た目もだが、節々に見える端然とした佇まいから育ちの良さが伺えてそれが顔に滲み出ているようだった。
    改めてじっくりと観察してみると、こうも人を惑わす顔をしているのかと溜め息が出る。これがある種のカリスマ性なのだろうか。
    そう、考えながら気付けば趙の額に手が触れていた。
    「ン…」
    起きる気配がない。
    そのまま暫く落ちた髪を指で梳き、自分よりも色の白い肌を指先で撫でた。酔って少し赤みのある頬は触れると暖かかった。
    「趙…ほら、二階行くぞ」
    肩を抱えるも、寝ている為か趙の足に力が入らず仕方ないので「お姫様抱っこ」で二階まで運ぶ事にした。
    抱きかかえてみると、存外軽い。拳法や体術を軽々とこなす体にしては軽いと思った。考えてもみれば趙が飯を作る所は何度か見たが、その飯を沢山食べる姿は見た事がない。皆んなで食事に誘えば断る事も無く付き合ってくれていたから、気にも留めていなかったが。気付かないところで動きやすいベストな体重を維持していたんだろう。
    今晩だってよくよく思い返せば、趙の作ってくれたツマミは殆ど俺が食ってしまっていた。
    そんな事を思いながら階段を上がり器用にドアを開け、万年床の布団に起こさないようにそっと趙を横たわらせた、が。
    くん、とジャケットが引っ張られて指輪か何かが引っかかってしまったのかと慌ててそこを見る。
    「…趙…?」
    趙の手が俺のジャケットを掴んでいた。
    「起こしちまったか?」
    「…」
    「水、持ってこようか」
    返事がないまま自分だけが喋っている。
    寝かせるつもりでいたから部屋の電気は点けずにいた為暗く、趙の様子はよく見えない。
    部屋に反響する声だけが、虚しく自分の耳に返ってくる。
    「…趙…」
    「…く…」
    「え?」
    「…短冊…置いてきちゃった…」
    ようやく聞こえたその声はやけに幼かった。
    「うん、取ってくるか…?」
    「ううん…いい…」
    子供をあやすように聞けば、ギュっとジャケットを握り締めて胸元に顔を埋めた。
    「…趙?」
    いつもと違う趙の様子に、何となく背中を撫でてやる。
    暫くそのままでいたが、静寂を打ち破ったのは趙のあの甘い柔らかい声だった。
    「…ボクね、七夕って嫌いだったんだ」
    本人に自覚はないが、“ボク”と言う時は甘えたがっている時に出る一人称だ。趙はいまだに俺の胸元に顔を埋めたままだったので、そのまま甘やかす事にした。
    背中を優しく叩いてやれば、ぽつりぽつりと話し出す。
    「…昔ね、七夕の時学校で短冊にお願い事書いたんだ…将来の夢ってやつ…でもさ、小さい頃から親父の後を継ぐのは決定事項だったから…そんなもん絶対叶わないって言われて…凄く悲しかった…」
    「…馬淵にか…」
    「うん…だから叶わない願い事をする七夕行事は嫌いだったな…」
    話す趙の背中をゆっくりと撫でてやると、ジャケットを握っていた手の力が抜けるのがわかった。
    「…嫌いだった、て事は、今は好きなのか?」
    「ん…好き…かな…」
    きゅっと心臓が鳴るような気がした。
    「今はさ、総帥の座を降りたじゃん…?今なら何をお願いしても、叶う気がするんだよね…そんな事ないのに…変だよね」
    「…変じゃねぇよ」
    その瞬間ハ、と上げた趙の顔が窓から差し込む街灯で照らされてとても綺麗だと思った。
    「…これから将来何をやりたいか、決めたらいい。何を願っても、もう総帥って肩書きは趙を邪魔してこねえんだ。誰も文句言う奴はいねぇ。趙の好きなようにお願いしていいんだぜ」
    「…春日くん…」
    泣いてんのか、と聞きそうになる程にこちらをジッと見つめる目は潤んでいた。自分を呼ぶ声も柔らかさと甘みが増し、耳の奥で溶けて侵食していく。
    心地いい。
    もっと聞かせて欲しい。
    もっと趙で俺を満たして欲しい。

    趙天佑が、欲しい。

    「春日く…ん!」
    甘い声が発せられるその口も、甘かった。柔らかい唇に噛み付けば耳に入ってくる糖度の増した声。優しく歯をなぞりその奥へと舌を潜り込ませる。長い間酒に浸かっていたようなとろりとした舌は戸惑いながらもやがて絡み付いてくる。
    それが酷く愛おしい。
    いい歳をして、こんなにも心を掻き乱される程に人を愛おしいと感じる日が来るとは思わなかった。
    「ん、あ…ふぁ…っんっんんっ」
    いつの間にか首元に回された趙の手が、息苦しさに限界を示す様に背中を弱々しく叩く。
    「はっ…は、ぁ…春日く、ん…」
    息を整えながら名前を呼ぶ姿は艶っぽく、理性を保たなければこのまま押し倒していたかもしれない。
    「…趙」
    我を忘れていきなり唇を貪ってしまった事を謝ろうとした時。
    「…俺のこと、好き…なの?」
    下を向いたままで、表情は見えなかったが。不安と、僅かながら期待の色をした声。振り絞る様に発せられた切なげな声に心臓が鳴り出す。
    そこまで趙に言われてハッとした。俺は何一つ大事な事を趙に伝えていない。自分の気持ちに気付いて、心の中で擽ったいその気持ちにただ浮かれていただけなのだ。
    伝えなければ、独りよがりで終わるだけだ。
    「趙、俺は」
    「俺、春日くんが好き…だよ」
    全身が甘い痺れに襲われた。
    「…あのでかい鳥籠から俺を助け出してくれてから…気付けば目で追ってて…馬淵の件で力になってくれて…もっと気になって…そしたら、気付いたら好きになってた…初めてだよ、こんな本気で人を好きになったの…」

    もっとカッコいい言葉とか、気の利いた言葉とか、色々考えていたけれど。たった一言しか言葉が出ない。

    愛している

    「愛してる、趙…っ」
    「え?かすがく…っ」
    腰を引き寄せ胸に抱き込めば、肩越しに感じる趙から溢れ落ちた涙に胸が張り裂けそうになった。
    「ごめん、お前に先に言わせちまって…っ」
    「かすが、くん…っ」
    「俺もお前の事、ずっと目で追ってたんだよ…ここに転がり込んできてから、徐々に趙ってやつの内面が分かってきて、もっと知りてぇ、もっとその声が聞きてぇ、触れてえ、趙の全部が欲しい…って思って」
    やがて耳元で聞こえる啜り泣く声に、もう一度答えた。

    「趙天佑、俺はお前を愛してる。」







    「あいつらまだ寝てんのか…手伝わせようと思ったんだがな」
    仕方なく一人店先に笹を飾り、仕込みをする為にカウンターへと入る。
    多少の散らかりは覚悟していたが、あらかた片付けられていてそれは杞憂に終わる。
    「まぁ、趙が居たからな」
    そう、一人ごちる。
    ふとカウンターの端に昨晩渡した短冊が目に留まった。当初からあの短冊は店に来た客へ話の種として渡すつもりでいたものだ。書いても書かなくてもどちらでもいい。
    だがその中に一枚だけ何か書かれている短冊があった。
    「…中国語…趙か?」
    書かれていた願い事に心当たりがあり、外に飾った笹の一番天辺へかけてやった。


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    「おはようございます」
    「おういろは、おはようさん。二階の掃除はもう少し後にしてもらえるか」
    「春日さん達、泊まりだったんですか?」
    「ああ、深酒だったみてぇだからもう少し寝かせといてやってくれ」
    「ふふ、わかりました」
    「ちょっと外で一服してから仕込みに入る」
    「はい、準備してますね」


    カサカサと風で音を立てる笹は、二階の窓からもよく見える程に高い。
    起きたら気付くだろうか。
    何故かほっとけない自分がいて、随分と忘れていたその擽ったさに笑った。

    年に一度の辛さはおめぇらもよく知ってるだろうよ、どうかアイツらを離ればなれにはさせないでくれ…
    似合わない臭い台詞を煙草の煙と共に空に吐き出せば、やがて聞こえてきた笑い声にもう一度くすぐってぇな、と笑った。


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