『落ち着く部屋』

ここはただ眠りに戻るだけの部屋ではあるのだけど、人を招くとあるならば話は別だ。僕は今すぐにここを掃除をしなくてはならない。
机に使ったまま放置していたノートやペンを元の場所に戻し、どうせまた着るだろうと洗濯したまま放り投げていた服をクローゼットに仕舞直して、ぐちゃぐちゃになっていたベットを整え、最後に空気の入れ替えの為に窓を開け放した。
テーブルに花でも飾ろうかと考えて、止めた。明らかに来客を意識してますとの現れと受け取られ、不意討ちを喰らいかねない。

「たまには、君の部屋に行ってみたいです。」

きっかけは、そんなテメノスさんの言葉だった。何処からその様な流れになったかは覚えてはいないが、気が付いたらそんな話になっていた。
ただ眠りに戻るだけの部屋だから何も面白くはないですよと伝えるも、テメノスさんは退かない。だって狡いじゃないですかと、テメノスさんは言う。

「いつもいつも君が私の事を迎えに来てしまうから、会いに来てしまうから、私は君の部屋がどんなものか知りません。興味があります、一度ぐらい見てみたいのです。」
「本当に、テメノスさんが興味を抱くような物は何もありませんよ？何の変哲もない部屋ですね、で終わりそうな気が…。」
「そう言われると、尚更興味が湧くというもの。後ろめたい事がないなら、特に問題はない筈です。それとも君、何か自分の部屋に隠しているのですか？」
「ありませんよ、そんな事！隠している物も、後ろめたい事も、見てみたい困る様な事も、何も一つありません。何なら誓っても…あ。」
「なら、別に何の問題もありませんすよね？君の部屋がどんなモノか、とても楽しみです。…ね？子羊くん。」

口で僕がテメノスさんで勝てる訳もなく、結局テメノスさんが僕の部屋を訪ねてくる事が決まってしまった。
誓って、後ろめたい事も、隠している事も、何もない。ただ、少し悔しい。テメノスさんに口で言葉で勝てる訳が無いというのは分かってはいるけども、でもやっぱりほんの少しだけ。

「お邪魔しますね…って、案外綺麗ですね。」
「軽く片付けましたし、ここには本当に眠りに戻っているだけですから。」

部屋に招き入れたテメノスさんは、ふむ…と僕の部屋を見回す。そしていきなりベッドの下を覗いたのには驚いた。
テメノスさんは何もない事に残念そうにしていたけども、もし何か隠すならそんな定番な場所には隠さないと思う。隠すのなら、だけれども。

「私物が少な過ぎる…。子羊くん、君、私がここに来るのが分かってて私物を預けるか処分するかしましたね？今度は、予告なしにここを訪ねて…。」
「あの、僕の話聞いてましたか？ここには眠りに戻るだけですって。それにいつ勤務地が変更になるか分からないので、私物は少ない方が移動は楽だと僕は思います。」
「君、真面目に答えないでくれます？これだから子羊くんは…。」

はぁ…と溜め息をつくテメノスさんに、そうは言われましてもと思う。
真実を告げただけなのに、何故僕は呆れられなければならないのか。良く分からない、理不尽過ぎる気がする。

「でも、気に入りました。」

何か飲み物でも用意しますと椅子に座る事を薦めたのに、何故かベッドに腰掛けるテメノスさん。部屋全体を見回しては、ふふと少し嬉しそうに笑う。
この部屋の何処に気に入る要素が？と首を尋ねると、だって君の匂いがしますと返事が。…え、臭うと言われてるのかと僕は慌てた。あれだけ空気の入れ換えをしたのに駄目だったかと、そう思ったのだが。

「ここに居ると、君に抱きしめられている様な感覚がする気がします。…とても、落ち着く。」

そう言って微笑むテメノスさんに、実は熱でもあるのではないかと彼の額に手を当てて熱の有無を確かめてしまった僕は決して悪くはないと思う。
…折角の空気が台無し？どういう意味ですか、テメノスさん。お願いですから、溜め息つかないでください。