稀に、本当に稀に、頭の中がぐちゃぐちゃになることがある。
我には記憶が無い。覚えている範囲での1番古い記憶と言えば警邏隊に取り囲まれるという何とも不可解な場面だろうか。来る日も来る日もとある事件について問い詰められ非常に不愉快だった…なんて話は今どうでもいい。
どうにも頭が休まらない。
こんな時は寝るに限るが部屋に差し込む太陽光が眩しすぎて不愉快で不愉快で、とても不愉快で眠れない。
「クッソだりぃ…」
頭の中がぐちゃぐちゃだ。記憶にないはずの光景が浮かんでは消えていく。知らない声が語りかけてくる。この声は恐らく我に憑いてる悪魔のものだろうと納得したのはいつだったか。
ーーー脳みそが煮えそうだ。
ぐちゃぐちゃな頭をどうにかしたい。気分が悪い。吐き気がする。
とりあえず外の空気でも吸えば気分が落ち着くかもしれない。そう思ったのと同時に床を蹴っていた。
不快感を隠そうともしない冷めた目が我を見ている。ただ外の空気を吸おうとしていた筈が人間の習慣とは恐ろしいもので審判の部屋に来ていた。いや、部屋のドアが視界に入ってしまったからつい反射的に嘲笑いに来てしまっただけだ。きっとそうだ。
「用がないなら帰れ、駄犬」
「……、ア?」
「急に押しかけてくるのはいつもの事だが、何もせずただ部屋に居られると邪魔だ」
部屋に訪れ真っ先にベッドの上に陣取ったまま、どうやら意識が頭の中に浮かぶ光景達に引っ張られていたらしい。
「どうしようが我の勝手だ。負け犬は黙ってろ」
「黙っていたのはお前の方だろう」
「うっぜ」
べーと舌を出して見せれば呆れたような表情を向けられる。さてどうしたものか。普段ならばこの表情すらも不愉快で堪らないものだが意識が逸れてしまい嫌味の一つも出てこない。
「うっぜ。ホントうっぜ」
「…今日はやけに大人しいな。明日は雨だろうか」
ちらと空を見上げる仕草につられて視線を向ければ大嫌いな太陽が憎らしく照っている。
「晴れだろ。雲ひとつねェ」
目を細め何となくどこかで見たような空をただ見つめる。どこで見た空だったか。何処も何も、毎日見ている空じゃないか。そうか。
「本当に雨が降るかもしれんな」
視線を戻せばパチリと目線が交わった。珍しいものでも見るような目だ。これはこれで不愉快極まりない。
「だからァ…雲ひとつねェって」
「…はぁ」
頭を振りため息をこぼした審判の眉間にはシワが刻まれている。腹の立つため息だ。ああ腹が立つ。
「うぜぇ」
「なら部屋に戻ったらどうだ」
「我に指図すんじゃねェ」
べ、と再び舌を出しベッドへと体を沈める。そうだこのまま審判がこのベッドを使えないようこのまま寝てしまおうか。未だ頭の中はぐちゃぐちゃだがこの案はなかなかに良いのではないだろうか。
「占拠してやったぜ」
「…」
また腹の立つため息が耳に届く。そうかそうかベッドをこの我に占拠されたことがそんなに悔しいか。そうだろうとも。睡眠を妨害されることは人間にとってなかなかのストレスになると聞く。実際我も寝付けなかった次の日なんかはストレスが凄い。それはもう、イライラする。それをアンタにも味あわせてやろう。とても気分がいい!
「ざまぁ見ろよ」
なんなら明日も睡眠を妨害してやってもいい。ストレスで思考の鈍った状態ならば勝機もあるというもの。ああ、頭が冴えてきた!ざまぁ見ろ!審判!我が策略とくと味わえ!
「……結局この若造は何をしに来たんだ」
ガーガーと気持ちよさそうにいびきをかいて眠るアインをまるで理解できないといった表情でアルビトロは見下ろした。