寒空のほのあかり聖夜の明け方は、決まって喧しさで目が覚める。それは剛雷と縁を結んでから毎年のことで、長い離別を経てしまったが故に数年ぶりの出来事だった。
「あいでっ」
明け方と言って、まだ薄暗い。静寂が満ちる部屋に突如としてごちんっと体のどこかを盛大に打った音がして、ついで情けのない悲鳴が聞こえた。俄かな静電気の音は特異体質の反射だろう。これで忍んでいるつもりなのだから笑わせる。
(魔物を狩る時の忍び足はどこへやら)
随分早い目覚ましを喰らった私は、うっかり開きかけた瞳を強く瞑って狸寝入りを続けた。込み上げる微笑みは喉で押し留め、がさごそと続く物音にも気づかないふりをして。そうするのが毎年のことなのだ。あまりに不器用な「サンタクロース」を、黙って受け入れるのが私にとっての聖夜だった。
街が煌びやかになるのは好きだが、個人的に冬は寂しさばかりが募る寂しい季節であまり好かない。
あれはたしか、奴に連れられて初めて参加した遠征任務でのことだ。なんとなしの雑談のなかでそんなふうに冬を語ると、アルベールは神妙な面持ちで「そうか」とひとつ頷いた。生真面目に拍車のかかった真剣な顔だったのを、よく覚えている。それからの聖夜は、前述のとおり侵入者がいるおかげで毎度喧しい。お人よしが服を着て歩いている貴公子殿だ。サンタクロースなんて幻の生き物、と笑った私を気にかけて、じっとしていられなかったのだろう。
勿論、はじめて彼が忍び込んできた夜にはひと悶着があった。突如として開け放たれた扉に、飛び起きて臨戦態勢をとったのは言うまでもない。当たり前だが私は自室の扉をしっかりと施錠して眠りについており、信じられないことにあいつは持ち前の雷で悠々と扉を壊して部屋に入ってきたのだ。ついに父が刺客でも放ったのかと怯えながら、護身用の短剣を突きつけた相手が友とあって、素っ頓狂な声を上げて腰を抜かしたのも今やいい酒の肴である。
最も当時、私は混乱に混乱を重ねて、冗談では済まない脅かしを働いた友に瞬間的な怒りを抱いた。喉まで出かかった怒鳴り声はしかし、「起こしたな」と無邪気にはにかむ笑顔に殺され声になることはなく。
「俺は冬が好きだから、お前にも冬を好きになってもらおうと思って。いいものだぞ、冬。ほら、これはサンタクロースから」
そう言って手渡されたのは、菓子が目いっぱい詰まった可愛らしい巾着だった。どう考えてもアルベールが買ってきたのであろうそれは――レヴィオンの市場で買い物をした時についてくるシールがそのままはりついていたのである――、冬の暖かそうな柄をしていて、実のところ未だクローゼットの奥に大事に、大事に、しまわれている。中に詰め込まれていた菓子はすっかり平らげてしまったけれど、本当はそれすら永劫にしまっておきたかった。
「~?」
様々を経て、今日。護衛を名目に同じ部屋に寝泊まりをしているとあって、最も騒がしくなる扉をこじ開ける音は省略できたというのに、我がサンタクロースは相変わらずけたたましい。幾度となく聞こえてくるどかっ、がたっという物音を聞きつけ、ついにデストルクティオが眠たげな顔を布団の外へと持ち上げる。
ビリビリがなんかしてるよ。いいの、放っといて。
いいんだよ。今日はそういう日なんだ。
頭の中で問いかけに答えるが、納得がいかなかったらしい。触手は不機嫌そうに口を曲げたまま、にゅるにゅると友のほうへ這いずっていってしまった。止めるべきかと思ったが、我が親友殿である。かの暖かい光は、私の半身を悪いようにしないだろう。
「うわっ、なんだ、お前……起きてきたのか」
「~??」
「しっ。……ユリウスを起こすなよ。今日の俺はサンタクロースなんだ、こっそり枕元にプレゼントを置く、そういう日だからな」
「~……」
とっくに起きてるけど? と。無垢であるが故の容赦ないネタばらしは、幸いなことに獣の言葉だ。アルベールには伝わらず、真剣な紅眼が再び触手に「しーっ」と静寂を強いている。
「わかるか、サンタクロース。……いい子には聖夜の朝にプレゼントが届くんだ。最も、本物のサンタクロースがプレゼントを贈ってくれるのは子ども相手だけなんだが……まぁ、大人が大人に、そういう幸せを引き継いだっていいだろう? ほら、お前にも」
「~!」
「ユリウスはいい子を否定するかもしれないが。……このところ、あいつをよく助けてくれているからな。俺から見た、いい子だ。内緒だぞ」
「~?」
「ひみつ。わかるか? あんまり、言わない」
「~!」
跳ね踊る触手の心が伝わってくる。いや、跳ね踊っているのは繋がる私の心も同じことだった。初めて贈り物を手にしたあの日の温もりが、じんわりと胸に蘇ってくる。
(……君の慈愛には適わないな)
観念して、目を開ける。計った様に赤と視線が合ったのは、狸寝入りがとっくにバレていたからだろう。
「起こしたか」
「……、これだけ喧しかったらね。さて、サンタクロース殿。今年は何かな、葡萄酒だと嬉しい」
あの日と同じ無邪気な一言。苦難を経て大人びた顔は、しかしそれでも私より無邪気で、真っすぐな笑顔が眩しく、愛しい。
「それは親友に買ってもらえ。こっちに来て開けたらいい、ほら、デストルクティオを見習って」
「~♪」
見れば、デストルクティオは大きな靴下に顔を突っ込んでウネウネと床を転がっている。中身はぬいぐるみのようなものだろうか。頭の中に「ふかふか」だの「やわらかい」だの、歓喜の声が響き渡っている。
「ふふ、では失礼して」
そうっと布団を抜け出して、目を細める雷の傍に寄る。当たり前に身を寄せてくる男を抱き返し、頬に口づけを落とせば、薄暗い部屋に静電気が飛び散った。
「あ?」
「ふふっ。……すっかり冬が好きになったお礼に」
「……、……。……、そうだろう、良い季節なんだ」
唇が触れた場所をそうっと撫ぜて、アルベールは満足そうに頷いて見せる。二人、揃って覗き込むなんてことのないプレゼントは、光り輝く宝石に等しい眩い愛しさを持っていた。