とけた日常「あ、んっ……」
身体の中から熱塊が出ていく感触は、不思議と物寂しい。引き留めるように蜜窟を食い締めると、友は一瞬「ぐ」と喉が潰れたような迷いの一言を発して、けれどやはり去って行ってしまった。何度も達し、鋭敏になった粘膜がずるずると逆撫でられて胎が震える。勝手に浮き上がる腰がようやく痙攣を収めると、優しい掌がそっと頬を包み込んだ。
「落ち着いた、か?」
「ん……、ぅ……。まだ……、こんなに長くされていて、すぐ落ち着くわけ、ないだろ……。ずっと、遠くで……気持ちよくって……」
舌足らずな己の声には、未だ慣れない。さんざ、恥ずかしげもなく鳴いた後でなければ唇を食い締めて声を殺すところだ。繕いを忘れたあどけない声音は、私が決して許されてこなかった「甘え」を多分に含んだものである。だが目の前にいる男は……アルベールは。この声をどうも、気に入っているらしい。紅眼をうっとりと細めた親友殿は、子をあやす様な手つきで頬を撫でてくれた。
「あ……、っふ……」
しかし、宵の更けから朝日の気配がする今の今まで、長く抱き潰された後である。穏やかな手つきだって、友に馴染んだ身体には毒だ。暖かいと感じるばかりか腰に熱が溜まっていき、掠れた鳴き声が喉を通っていく。何をされても本能的な快楽を拾いあげるこの状態は、長いセックスの果てに現れる感覚の麻痺だった。胎の中には親友の体液がたっぷりと溜まっていて、身体のそこかしこが私の噴き出した白濁に濡れている。ああ、友と目いっぱいに愛し合ったのだ。単なる現実の理解さえ愛おしく、胸の内がいつまでも熱い。
「あ、っぁ……ん」
「……もう少し離れていようか」
単純な接触にも四肢をこわばらせる私を見て、気を使ったのだろう。アルベールの手がそっと離れて行こうとするから、咄嗟に腕を伸ばして追いかけた。遠慮の欠片もなく爪を立てた私を、友は穏やかに見守っている。
「や……」
「ふっ。……夜のひと時だけ甘えただ。平時にも出ないか? この素直さ」
「……、蕩かし甲斐がなくなるだろ……」
「それもそうか。いや……そうだな。いつもこうだったら、俺も困るかもしれない。我慢ばかりの毎日になる」
離れるな、と。舌足らずに縋った手を、アルベールはくつくつと笑いながら拾ってくれる。そうっと、そうっと、戻ってきた手の優しさたるや、花でも囲うような手つきだった。
(星を宿した身体でもなお太刀打ちできないか。君も大概、化け物じみているな……)
意識もおぼろげな私に対して、一方のアルベールは僅かに息を上げている程度だ。どう見てもまだ余裕がある。頽れた私を愛でながら、愛を囁くほどには体力が余っているらしい。星晶獣の影響でかなり頑丈になったはずだが、それでも適わないというのだからこの男はやはり英雄なのだと思う。本来であれば私の手など、決して届かない遠いもの。
「ふふ……」
「ん?」
「……ううん……なんにも……」
「そんなに嬉しそうなのに、なんにもないことがあるか。何が嬉しい?」
「なんでもかんでも知りたがる……、遠慮のない男だね……」
「む……。いや、しかしな。俺はお前のそういう、無垢な笑い方が好きだから。何が嬉しいかわかれば、見たいと思って準備ができる」
「……準備、準備ね……。くふ、ふふ、そんなこと、せずともよく見られるよ……」
一糸纏わぬ身体を寄せて、暖かい男にすり寄った。多くの魔力を宿すアルベールは、いつ触れても心地のいい微熱を返してくれる。
「君が……私を見ているなと、思っただけだ」
「……いつもそうだろ」
「それが、嬉しいんだよ。君が……、誰にだって愛される英雄が、私を選んで、特別だと言って、抱きしめてくれて、傍に居る……。ああ……特別な存在に、愛されるのが……嬉しいわけではないよ。君が、どんな悪意にもくじけることなく、ずっと、ずうっと、友だと言って、愛してくれるのが嬉しいんだ……。損得のなしに、ただ、隣にいてほしいからと……。生きるなとばかり睨まれて……、そんな私に、君の目は眩しい。だから、信じられなくて怖くなることも、ある。けれど君は絶対に私を、見捨てやしないだろ……。永遠なんだと、預けられる……。こんなに幸せなこと、ないから……」
熱っぽい口は、よく回る。だらだらと喋り続ける私を愛おしそうに眺めていたアルベールは、やがて我慢が利かなくなったように言葉ごと唇を奪い去って行ってしまった。妙な体勢に身体を持ち上げられたせいで節々に鈍痛が走ったが、慈愛の触れ合いが齎す喜びがあっという間に頭を支配して、痛みをどこかへ追い払う。
「ん……」
「鬱陶しいと思われているかと思ったのに。……ふふ、丁度だったか」
「足りないと言ったら、流石に困るかい」
「いいや、都合がいい。これでも、かなり制しているからな」
汗を吸った重い髪の毛を撫でられる。頭をそっとベッドへ戻され、寝かしつけられるのかと呑気な瞬きをしていると、ぎっ、と家具の軋む音がした。気づけばアルベールは私の下肢を肩に担ぎ上げていて、すっかり開きっぱなしの蜜窟に熱塊が触れる気配がある。
「んぅ……っ」
「最後にする。いいか?」
「ぁ……んっ……。い、やと、いって……止まる顔じゃ、ない……」
「確信があるから。きっとお前は、許してくれる」
「ん、っぅう、あ、やぁ……っ……! あ、っぁあ、ま、また、胎……っ、はらが、ふるえ、て」
触手を出さない無抵抗を、肯定と取ったのだろう。アルベールは冷静に言葉を紡ぎながら、ずぶずぶと私のなかへ圧し入ってきた。なくした質量を取り戻した安堵と、脳が焼き切れるような快楽の波とがぶつかり合っていよいよ馬鹿になっていく。
「妄信も、独りよがりも、いけないのだとは思うがな。……だが信頼とも呼ぶだろう、これは」
「っ……、あ、っ、へ、平然と、ひとを、暴きながら……っ。も、う少し、っ……浪漫が得意な、口だろう……!」
「ふふ、愛おしいなと思うほど頭が冴えていくんだ。不思議なことだが、きっと覚えていたいんだろうな」
「う、っぁ、んぅ、んー……っ!」
「っ……。……何があっても……手放さないぞ……俺は……」
シーツを引っ掻いていた手を、双方ぎゅうと握りこまれる。達したままの粘膜をずぶずぶ擦られ続けるこちらは、愛おしく掌を握り返すなどという甘い行動には出られない。雷の火傷痕が散る掌に、思い切り爪を立てて縋りつく。
「ひ、っあ、ぅ、うー……っ! あ、アルベール、もう、もう、だめ、……っ、とん、で、しま、っ……、あぁ、あ……!」
「すまん。……食いつくしたい気分でな」
「あ……ひ、ぅ……っ、いっ……、ぅ、っぁあ……ん……っ!」
身体がのたうって、胎の奥が熱くなる。一層深く達したのだと頭が理解を得る前に、視界が薄闇に飲まれて行った。すぐ傍で友の吐息が詰まるのが聞こえる。顔を寄せてくれたのか、恐らくは抱きしめられている。ユリウス、と低い声に名を呼ばれると心地の良い酩酊が更に意識を曖昧にしていった。名を呼び返したつもりだが、それが現実に届いたかどうかは定かでない。
「幸せだ」
「っはぁ……っ、っはぁ……」
「幸せか?」
「……う……ん……」
「そうか」
茫然と交わした会話が夢か現か。その判断は目覚めた後の私に委ねることにして、意識をそうっと手放した。きっと考えずともわかるだろう。起きて最初に目に入るのは、幸せに満ちた友の笑みであるはずだから。