長閑な朝陽窓から吹き込む海風の匂いに、ほのかに甘いミルクの香りが混ざっている。浮世離れしたこの豪勢な建物において、所謂「家庭的」と呼ぶのであろうその香りは些か不釣り合いなように思える。しかし、柔らかな匂いに腑抜ける朝が嫌いかと言われればそんなわけもない。恐らくはこの屋敷の主も、同じようなことを想っているのだろう。
(フレンチトースト……? いや、だったらバニラの匂いもするはず。なんだろうな……)
くぁ、と欠伸を零しながら朝日の眩い廊下を征く。鼻を掠めていく甘い香りに朝食を予想しながらひょいと台所を覗けば、青年が一人あくせくと忙しなく動きまわっていた。生真面目らしくエプロンをかけ、しかし寝起きそのままの金糸はあちらこちらに跳ね飛んだままだ。男らしく、無頓着なところもある。彼に言わせると俺は不思議な人間らしいが、俺からするとロックのほうも不思議で、面白い奴だった。
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