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    sushiwoyokose

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    sushiwoyokose

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    ジータ視点アルユリバレンタイン※アルべ不在

    宝物の隠し場所
    「あら、騎空士のお嬢ちゃん!」
    「ん?」
    雷雲轟くレヴィオンの城下町。それでも今日の空は機嫌が良くて、ごろごろと唸る雷鳴まで少し距離がある。三姉妹の仕事についていったルリアとビィはしっかりと傘を握っていたけれど、この調子ならあれの出番はなさそうだ。
    ユリウスに頼まれた依頼――野原での薬草集めを終えた私は、満杯になったずた袋を抱えてサントレザン城に戻る真っ最中だった。活気づく市場を抜けようとした矢先、顔なじみのおばさんに声を掛けられる。野菜売りの彼女は、買い物に来るたびおまけをつけてくれる優しい人だ。
    「青い艇があると思ったら、やっぱり来てたのねぇ。お仕事かしら」
    「はい! 騎士団のお手伝いを少しだけ」
    「あらまぁ、いつもレヴィオンのためにありがとうね。お城に戻るの? ならせっかくだわ、少し野菜も持っていきなさいな。力持ちのお嬢ちゃんなら持っていけるわよね」
    「そんなぁ。買いに来るのに」
    「いいのよ、いいの。私のおせっかいですからね」
    笑顔で野菜を集めだすおばさんは、きっともう何を言っても止められない。私にできることといえば目いっぱいの笑顔を浮かべて、元気いっぱいにお礼を言うことだけだった。
    「いつもありがとうございます。艇のみんなと、騎士団のみんなでいただきますね」
    「そうして頂戴。……そうだ、騎士団と言えば」
    はっとした顔で手を止めたおばさんが、あたりの屋台に目配せをする。途端、市場のあちらこちらから号令をかけられたかのように人がわらわらと集まってきた。右を向いても左を向いても人、人、人。ぐるりと円を描くように集った人々は、なぜか皆女の人だ。これまた不思議と、一斉に私をじーっと見ている。うっかり剣に手が伸びそうなほどの緊張感に冷や汗が出る。何か悪いことでもしたかな? と記憶を探り始めたころ、ようやく同い年くらいの女の子がおずおず私に話しかけてきた。
    「あなた、アルベール様とお知り合い……なのよね?」
    「ええ、と。はい、そうです……?」
    「とっても大切なお仲間って聞いたことがあるわ。その……アルベール様のことにも詳しかったりするのかしら」
    「ううん……? 詳しい……。詳しい、のかな……?」
    「私たち、知りたいの! アルベール様が……」
    「アルベールが……?」
    「アルベール様が、恋をなさっているのは誰なのか!」


    ◇◇◇
    私を囲った女性たち、曰く。
    バレンタインの近づくある日、瞬雷の貴公子が野花を集めて、花屋にやってきたそうだ。これが騒動の発端。アルベールは開口一番、「この野草を絡めた花束を作ってほしい」と言ったらしい。仕事一筋もいいところ、浮ついた噂の一切ないアルベールが花束を拵えているだけでも大事件というに、時期が時期である。国民の興味はその宛先に移り、すぐさま予想合戦が始まった。
    腹心であるマイム副団長に宛てたものでは。しかし、彼女は凛として花などもらっていないという。ほかの姉妹も、同じく首を横に振るばかり。
    では、団への癒しの差し入れなのでは? これも思わしくない。巡回にくる騎士に聞けども、聞けども、騎士団の詰め所に咲く花は芋を放った挙句の怪しげなものだけだそうだ。
    足しげく通う食堂はどうか。しかし店主の女将も首を横へ振る。彼の礼は普段の買い物なのだと笑うばかりで、どうも嘘はないらしい。
    埒が明かないのなら本人に聞いてみればいい。勇気のある娘っ子がアルベールに直接相手を尋ねると、彼は仄かな笑みを浮かべてこう答えた。俺とて、大切なやつに贈り物くらいする、と。
    これはいよいよ、春ではないか。
    悔しがるもの、祝福するもの、困惑するもの、感激するもの。様々な感情を溢れさせながら、しかし国民の好奇心は一つ同じ方向を向いている。気になるのは雷の落ちた先、そのお相手だ。だから私を取り囲み、答えにつながる情報を少しでも引き出そうとしたらしい。
    「ふ、はは、んふふふ、ふ、ははっ……」
    「ちょっと、笑いこけてる場合じゃないの。すっごい気迫で大変だったんだから」
    「いやいや、失敬。なるほどね、君にしては帰りが遅いと思ったら、大騒動に巻き込まれていたわけか。いやはや、我が国の民草が申し訳ないな」
    そんなこんなで質問攻めにあい、たっぷりと時間を浪費してようやく戻ったサントレザン城。よろよろ入った研究室で苦労を打ち明けると、ユリウスは薬草の確認をそっちのけてうきうきと私の話を聞いてくれた。お笑い大会でもめったに見ない大爆笑を続ける彼の口角は、すらすらと言葉を紡いでなお真面目に弾き結ばれることはない。よっぽど面白いんだろう。背から延びる触手たちも、牙を見せて揺れている。
    「それで? なんて答えて逃げてきたんだい」
    「できたら聞いてくるけど、期待はしないでねって。足が速くて助かったぁ」
    「力技で抜けてきた、と。依頼に続いて全力疾走とくれば疲れもするだろう。どれ、菓子でも食べるかい? 飲み物は紅茶がいいかな」
    「あま~いはちみつ入りならなおよし!」
    「おひいさまの仰せのままに」
    立ち上がったユリウスに先立って、にょろにょろと伸びたデストルクティオが戸棚や水道を弄り始める。お茶を入れる準備を手伝っているようだ。星の獣が健やかに過ごしているのを見ると、なんだか少しほっとする。ユリウスに笑顔が増えたのだってそうだ。少し前までの彼は、どんなに面白いことがあったってこんなに軽やかに笑わなかったと思う。
    「……アルベールが作った花束、どんな色だったんだろう」
    「野草を摘んで混ぜたと言っていたね。随分緑が多い花束になりそうだ」
    「そうだった?」
    「なぜ私に聞く」
    「違うの?」
    「……、さぁ、どうだろうね」
    楽しげだった男の笑みが一転。腹の底がざわめくような、怪しい微笑みに成り代わる。ロゼッタが私を揶揄う時と同じ顔だった。悪戯を思いついた大人の顔は、魅力的だが意地悪でもある。
    知らんぷりをしたけれど、本当は花束の宛先に心当たりがあった。アルベールの知り合い、かつ野草を束ねて喜びそうな人なんて一人しか知らない。アルベールが「大切」と言って恋心を見せる相手だって、一人である。この国のみんながその一人に思い至らないのは、やはり罪があるからだろうか。それとも、珍しくアルベールの隠し事がうまくいっているからだろうか。
    きっと後者なのだろう。雷迅卿は嘘偽りを好まないけれど、ただ一人の宝を守るためならいくらだって仮面をかぶる。それこそ、嘘のように軽やかに。
    「~♪」
    「んん?」
    怪しい微笑みを残してお茶の準備に戻ってしまったユリウスを睨んでいると、いつの間に近寄ったのだろう触手が上機嫌にスカートの裾にかみついてきた。ぐいぐいと引っ張る力に負けて立ち上がり、連れて行かれるがまま本棚の前に歩み寄る。
    「どうしたのデストルクティオ。何か読んでほしいの?」
    「~? ~!」
    「これ? ユリウスの本だよ。難しいと思う、けど……」
    私をエスコートした触手は、迷いなく一冊の本に齧りついた。どさりと落ちてきたそれに傷は一つもついていない。何とも器用な力加減である。
    受け止めた本は、魔術についての学術書のようだった。細かくて難しい文字が並び、到底しっかり読む気にはなれない。賢い男に寄生すると、賢いものが好きになるんだろうか。そんなことを考えながらぱらぱらとページを捲るうち、ふと何かに動きをせき止められる。ぐっと本を見開けば、隙間からこじゃれた押し花の栞が飛び出してきた。手作りで作られたのだろう栞には、黄色い花と緑の草が散っている。ハッとして顔を上げれば、ユリウスもまたこちらを見ていた。「答え合わせだ」と放られた言葉に、今度は私が笑い声を上げる。
    「ふふっ、意地悪! なるほど、こんな花束だったんだ」
    「あんまり素敵なものだから、人目に触れてはまずいと思ってね。内緒だよ」
    「わかった、内緒ね」
    大事に栞を挟みなおして、そっと戸棚へ本を戻す。ついてきた触手を連れてユリウスに駆け寄ると、ちょうど茶葉の缶が開くところだった。おいしそうな香りがふわりと立ち込めて、思わず深呼吸をする。
    「ねぇ、なんで野草だったのかな」
    「さてね。まぁ色気のない花束だったよ、花屋も苦労したことだろう。……まぁ、入っていた野草のすべてに思い出はあったが」
    「思い出?」
    「若いころの話さ。種類と名前を教えて差し上げたんだ」
    「へぇ……。へぇ……! なんだか素敵だね。今度私も、ルリアと遊んだ草とか花で花束作ってあげようかなぁ」
    「きっと喜ぶよ。見目ではわからない特別な贈り物だ、当人だけにしか味わえない感動がある」
    「……えへへ。嬉しかったんだ?」
    「永遠にしてしまいたいと思うほどね」
    やかんからあがる湯気越しに、満足げな顔がこちらを向く。ユリウスという人間はどうにも不思議な人なのだ。悪戯で素直でないのに、ふとした拍子に可愛げのある一面をのぞかせる。大人と思うと子供のよう。思えば、ほかの大人たちより彼はずっと親しみやすいかもしれない。
    「なんで教えてくれたの?」
    質問攻めに辟易していたというのに、いざ立場が逆転すると問いかける言葉が止まらなかった。ユリウスは苦笑を漏らしつつ、しかし嫌な顔をしたりはしない。存外優しい人なのだ。許した相手にはとことん甘く、心配になるほど警戒心を解いてくれる。よくアルベールの心配を過剰だとあしらっているのを見るけれど、どちらかと言えば私はアルベールに賛成だった。
    「そうだなぁ。君は私の恩人であり、アルベールとはまた種類の違う友人でもある。君ならば、自慢をしても宝を奪うような真似はしまい。それをきっかけに、あらぬ噂を吹聴することも」
    「信頼されてる?」
    「そういうことだ。親友殿ときたら、お前に教わった野草に、似合うと思った花を選んできたなんて言うんだよ。バレンタインは大切な人への贈り物をする日だからとかなんとか、今更すぎる蘊蓄まで添える始末さ。まったく気が狂うかと思ったね」
    「あっはっは! ちゃんと言った? 嬉しいって」
    「いいや、この口はどうも素直という言葉と縁遠い。いつもの調子で文句しか出なかった」
    「あらら」
    「最も、あいつは私の早口が照れ隠しなんだと知っている。わかったような顔をして、にやにやと笑って去っていったがね」
    「でも、ちゃんと嬉しいって言えてないのは減点じゃない?」
    「おっしゃる通りさ、団長殿。幸いにしてバレンタインにはホワイトデーというお返しの機会が設けてある。私はそこでの挽回をもくろんでいるわけだが……」
    十分に沸いた湯が、しゅんしゅんと音を立てる。ユリウスは優雅に紅茶を仕上げながら、少し真剣な顔で私を見た。
    「相談に乗ってくれないかい? 応えたいんだ、この喜びに」
    力強い願いだ。それこそ、レヴィオンに落ちる雷のように。私は彼らの運命の少しを垣間見たにすぎないけれど、それでもユリウスにとってアルベールがどれだけの光だったかは想像がつく。その逆も然りだ。ユリウスを討とうとしていたアルベールが、どれだけの絶望と怒りに満ちていたかを知っている。心を語るのに、まだまだ幼い自覚はある。けれど言葉下手な大人を手伝うなら。殊、彼らを繋げる導き手として。私ほどの適任は、きっとほかにいないだろう。
    「……、お安い御用。任せておいて。ルリアとビィも誘おうよ、みんなきっと一生懸命考えてくれるから」
    「助かるよ。意見が多ければ多いほど、議論は有意義になるものだ」
    カップに満ちた琥珀色に、とろりとした蜂蜜が落ちる。陽炎のように影を揺らめかせる紅茶は、きっといつもより甘いのだろう。あたたかな気持ちで口にするものは、なんでも普段より格別になる。
    (市場のおばさん達には悪いけど。この幸せそうな顔は、ちょっと秘密にしておきたいな)
    アルベールからの贈り物をユリウスが秘匿したように、私もまた、彼らの幸福をそうっと閉じ込めておきたい衝動に駆られる。演技はうまいほうではないけれど、精一杯調査の失敗を報じなければならない。ひそかな決意を込めて「よし」と独り言を吐く。首を傾げたユリウスに、私はもう一度任せておいてと自信たっぷりの笑顔を返すのだった。
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