馬鹿な女だと思っていた。
仕事ができると思えばドジをし、遠回り回り道、俺と正反対な女だった。おまけに俺の時間を無駄にする天才で、待ち合わせに遅刻するなんて日常茶飯事。
けれど情に厚く、家族を大切にする。そんなところが好きで、気がついたら恋人という立場に収まっていた。
周囲は当然驚いた。彼女に対して嫌味たらしくため息をつく俺と、全く改善しないドジを持つ彼女。相性としては最悪に見えただろう。
けれど彼女はこう言って笑うのだ。
「昔から一緒にいるみたい。おかしいね、出会ったのは最近なのに。」
その言葉を俺は相性が良いという意味だと好意的に受け止めていたし、彼女もきっとそうだった。
幸せだった。
彼女となら家族になれると思った。
だからプロポーズをし、結婚をしたのだ。穏やかな日常と、彼女の相変わらずのドジで笑いの耐えない夫婦。
子供がほしいと言った彼女に俺も、と答えた。理想の家族へと近づいていた。
それからしばらくたち、彼女からの妊娠の報告を受けて俺は柄にもなく泣いてしまった。
「今から泣くの!?早いって!子供産まれたらどうなっちゃうの?」と俺を抱きしめる彼女と目が合う。その瞳は雄弁に愛を伝えてきて、ああ、この人と一緒になれて良かったと心の底から思った。
知らせを受けて駆けつけたときには子供は既に産まれており、彼女は赤子を抱いていた。汗が張り付いた額、やつれた顔はけして美しくはないのだろう。しかし彼女は聖母のようだった。我が子を抱く瞳が綺麗で、俺は呆然として
吐き気がした。
記憶の濁流だった。
瞬時に理解したのは、彼女が俺の唯一人の“弟”で“裏切り者”で“殺した”相手だという事だ。
彼女…いや、そこにいたのはもう彼女ではなかった。
弟も驚愕に目を見開き、ベットの上で後ずさった。
その姿はまるで、怪物から我が子を守ろうとするかのようだった。