山田二郎とオタ活デートしてしまった女子の話今日も賑やかな教室、4月は最悪だなんて思っていたクラス替えだったが、2ヶ月も経つと慣れてきたものでこんなものかという感想の方が勝ってきている。
まあ自分がそんなことを言えるような立場にはないことは重々承知であるがやっぱり最後の高校生活だしとなにかしら何かないかと期待していた。この賑やかな教室で私は明らかにオタクくん側に区別される人間だ。
ついに3年生になったがこの2年間高校生的な青春を謳歌することもなく、男子と話すのは苦手なので(というか緊張してオタクムーブが出てきてしまうあの痛いやつになるのを中学で経験してそこからどうすればいいのか分からなくなり男子と話さないようにしている所存でありますね、ええはい。)恋愛フラグが立つこともなく一切のJKブランドを全振りしてきたので、学校でもあっ、苗字わかるよ。同じ班だねよろしくね。と、班活動があったとしても可愛いきゃぴるんクラスメイトの女の子が終始優しく接してくれるあのタイプなのだ。
高校3年生にもなるとやはり自分の友達にも恋が訪れていた。
「どうしたらいいと思う??!」なんて話を持ちかけられて昼休みきゃっきゃと詳しく話を聞いてこうしたらどうかな、てかまんざらでもないんでしょ、と女子らしい恋話に花を咲かせられた。この2人もそろそろ1ヶ月ぐらいは経ってるのかな。
なんで私にはドキドキした出会いがないんだ。それはおめぇが自分から人に話しかけねぇからだよ、とツイッターで自問自答することも最近増えた。
それと。
話しかけられるようになった。あのイケブクロの番犬に。
一週間ぐらい前、放課後の教室に忘れ物を取りに行った時に鉢合わせした。
「お、なんだお前か。センコーかと思ったぜ」
「先生だったら今会議中だって」
「なんだよ!!テスト前補講するぞって言われたから待ってるのに!」
「山田くんテスト勉強するんだ、えらいね」
「兄ちゃんにまたこっ酷く叱られるのは嫌だからな」
山田くんのお兄ちゃん、そうBuster Brosのびっくぶろーこと萬屋ヤマダを切り盛りしている山田一郎さんのことだ。以前中継されていたDRBでの闘いざまが真っ直ぐで、普段から山田くんがお兄ちゃんを慕っている理由がなんとなく分かったように感じた。
「そういやお前古典得意そうだな。教えてくれないかここ、」
どこを見て得意そうだと思ったのかはたやすく想像がつくがそこまで勉強ができるわけでもないので、こういう時どうすればいいのか分からない。
「どこ??あっ、ここならラッキーなことに教えれるかも」
まじでラッキーなことに山田くんが指差していたのは、こないだ私が助動詞を一つ一つとってどうにかBL解釈を完成させて、友達たちに大声で内容を振りまいて盛り上がっていたものだった。反論するために教科書意訳もばっちし記憶している。
「どこから分からない??」
「うーん、全部だな」
「よし!!頑張ろう!!」
人に教えることなんてそうそう無いことで教えられているのか心配だったが、やまだくんは頑張ってうんうんと頷いて聞いてくれていた。ちなみに、内容を必死に噛み砕こうとして、相槌が幼くなる山田くんきゃわやん……。と後日ツイッターで呟きました。
「おー!!!すげぇ!!!そういうことか!!!つながったー!!」
「おおー!!分かった?!!良かったー!!」
「ありがとな!!お前がいなかったら今日そんまま帰るとこだったわ。」
にっと笑う山田くんは世間の汚れた物事を一掃できるようなきらめきを持っていた。山田二郎浄化装置じゃん、と心の中で思ったこともまたツイッターで後日呟いた。
「じゃあ忘れ物も回収できたし失礼します、」
もうここにいる用はないのでそそくさと教室をあとにしようとしたのだが、ガタッと椅子の音がした。
「待って!!良かったら一緒に帰らね?教えてくれたお礼になんか奢らせて欲しい」
—-!!!!きちまった!!!乙女ゲーム加えて夢小説でよくある展開!!そして私はもうこの空間が苦!!さっきまでは教えてるってことが前に出て意識してなかったけど、こいつイケブクロのド級イケメンじゃん!!無理だ!これ以上はオタクのムーブが抑え込めない!!自己防衛かのようにオタクの面が大きく出てくるぞ!!だからといってここで断れるような分際ではない!!よし!!
「えっ!!うん、お願いします」
「よっしゃ、じゃあちょっと待ってて帰りの用意するわ」
とガチャガチャし始めた山田くんがわんちゃんみたいだった。さすが番犬っていうことだわな(?)人たらしが過ぎる感じするもんな普段から。
山田くんとこんなに話すのは初めてだけど、実は2年の頃から同じクラスだ。クラスでいつもわちゃわちゃしてる男子たちの中でも一番のムードメーカー。やんちゃしては生徒指導の先生に追いかけられている様を何回見たことか。でもそれがものすごく楽しそうで、なんかそのものすごい雑な言い方になってしまうけど、the男子高校生を謳歌しているなと思っている。
「ちな、せんこうに黙って帰るからひっそり帰るぞ」
「えっ置き手紙とかしとかなくていいの?」
「いいのいいの、あいつもオレのこと忘れて会議行ってるんだしおあいこ様だよ。よし、帰ろうぜ」
ひっそりと言ったものの山田くんの足音はばんばんと廊下に響き渡っていて、私が危険から山田くんを守るんだと全方向に目を光らせていた。写輪眼開眼していた。
「あのさ、そのリュックについてるうさぎみてぇなストラップさ、」
はて???山田くんが言ってるのは私がリュックに付けている先日アニメ放送が始まった某乙女ゲームに出てくる不思議キャラくんがいつも抱いているぬいぐるみくんのことですか????
「えっっ??!!これ???あっこれはですね、あの、私の好きなアニメに出てくるぬいぐるみで」
「やっぱりアニメのやつだったんだな!!お前そういうの好きなんだな!!」
クッ……ダメージがすごい……。特にマイナスなこと言われてないのに自分の挙動不審な返答にさらに返されるお前そういうの好きなんだなという輝きを持ったアンサー。恥ずかしさがきてる、家に帰ったらすぐ発狂案件ですが。
「実はな、オレの兄ちゃんもハマっててさ、最近それ家の鍵に付けてんだよな」
「へぇ!!そうなんだ!!一郎さんそんなアニメも見るんだね」
は?山田一郎さんそんなコアな乙女アニメも視聴されるんですか???しかもハマってるの??
「オレもこないだ兄ちゃんと一緒に見たんだけどああいうのってなんかこっぱずかしいな。全身痒くなっちまったぜ」
「そ、そうなんだ…」
死亡通知!!!!全夢女滅亡!!!!そんなアニメ見てやがるこいつはとんだいかれた野郎だぜ、とか思われてるのかな。クソウ!こうなったらなんでも受け止めてやるよ!!来い!もっと話を聞かせろ!
「でもな!!あそこかっこよかったよな!闘うシーン!!拳と拳で語り合うって感じでじーんときたぜ!」
「ええ!!こないだの回だよね!!あそこは確かに良かった。」
山田くん見るからに不良喧嘩バトルロワイヤル(拳)みたいなの好きそうだもんな。
「実はさ、オレそれ欲しくてさ。どこで売ってるか教えてくんねえか?
その、兄ちゃんと、お揃いにしたくて……」
顔を掻きながらすこし目を泳がせて恥ずかしげに聞く山田くんは本当に恥ずかしかったのだろう、耳まで真っ赤になっていた。
「そういうことなら今から一緒に行く??私も行きたかったし」
アッ!!誘ってしまった!これはとんだことを言ってしまったぜ。お前もう話せる気力なんて残ってねえだろ、早く抜け出してアニメ◯ト行きたかっただけだったんだろ!!でもそれが山田くんの行きたい場所なら逃げ道とかない訳で…。
「はい、ここです。」
オッ完全に引いてる。ごちゃごちゃしたパチ屋かここは見たいな騒がしさだよね分かる。しかも全方向からキャラソンとかアニメボイスが流れてくる、初めて来たら情報が多すぎてちょっとしんどくなるよね。
「す、すげえな。よし!行こう!」
そこから山田くんはすごいスピードでエスカレーターに乗り込んだ。でももう慣れたのか、
「あ!!あれ兄ちゃんが好きなラノベのやつじゃん!」「あれ知ってるぞ!!」などと広告に目を向けては遊園地のアトラクションを指差すように、きゃっきゃと話し始めた。
「オレ知ってるんだぜ!すごいだろ!」とでも言いたそうな目の輝きにぶんぶん尻尾が回ってるのが見える。よほど一郎さんがオタクなんだろな。ガチのオタクじゃん。なんでそんなに山田くんも知ってるのって思ったけど、大好きなお兄ちゃんが大好きなものだったら知ってるものなのかな。
「この階かな。ブースまで先頭で失礼します」
正直言えばこの女子向けコンテンツが多いところにいる山田くんの顔が見れなかった。彼が青い顔をしているのか赤い顔をしているのか分からないが、私はとんでもなく恥ずかしかった。
「ここです。」
「お!あった!!てか他にもあるんだな!おっオレこいつ好きなんだ」
「そうなんだ!!私もこのキャラが最推しだよ」
「ぬいぐるみ抱いてるやつじゃねえんだな」
「うん、このストラップだったらあんまりアニメグッズって気づかれずに付けれるかなと思って」
「確かに見た目普通のぬいぐるみだもんな。
じゃあ学校ではこのストラップのこと、オレとお前の秘密だな!」
レジへ走って行く山田くんの姿を私は見ることしかできないかった。なにあの笑顔…。はにかんですこし恥ずかしげにしたその表情は、とんでもなく温もりを感じるものだった。なにそれ…。惚れてまうやろ。素であのセリフとは人たらしが過ぎる。
「お待たせ。ありがとな。お前は他に見たいとこねえのか?」
「えっいいの?」
「だってお前も来たかったんだろ?一緒に行こうぜ」
やったー!!と喜びたいところだがここはどうするのが正解なのか。女性向け作品にガンガン行っていいのか、山田くんの好きそうな(というかお兄ちゃんが好きそうな)作品グッズブースに行くのが正解なのか。よしこういうときはあれだ。
「ちょうど新刊が出ててさ。漫画コーナーに行こう」
そう、書籍コーナーに行って山田くんには気になる本を見てもらっているうちにこそっと購入を済ませる算段だ。行ける!!なんか山田くんならちょろく引っかかりそう。勢いで!!行こう!
「じゃあすぐ済ませてくるから山田くんは適当に見ててね」
忍び足でBLコーナーに行く。話題作の新刊ということもあって、比較的見つけやすい場所にあった。よしこれをすぐにレジに持って行ってはやく青い袋で隠してもらいたい。
「へぁ?!なっなんだここ?!」
「え?」
後ろを振り返ると顔を真っ赤にして今にも蒸発しそうな山田くんがいた。えっ泳がせておいたはずじゃなかったの。
「いや、ここ迷路みてえだしお前いなきゃ不安でさ…。ついでにお前どんなの買うのかなって着いてきたけど、その…なんだ、すまなかった」
「いやいや!!謝らないで!!?気づかずにごめんなさいこちらこそ耐性無かったらこんなの地獄だよねごめんね」
不覚だったーー!!山田二郎は天才人たらし!!!トイプーの権化!!なんでこうなることに気が付けなかった?!くそうこれでついにチェックメイトだ!!明日から顔を合わせられない。男子たちの話題に上がったらどうしよう。無理だ。高校生活がやりくりできない。
「いや、ちげぇよ!!その…、兄ちゃんもこういうの好きだしさ。全然嫌とかじゃなくて…。でもやっぱ改めてこうぐわっと表紙が集まってると恥ずくてさ…」
ハァン可愛いかよ。否定しないでくれるのか。なんて優しいできた人なんだ。
「えっ?お兄ちゃんこういうのも読むの??」
「女の子もんだけどな!GL??って言うんだよな?前こそっと兄ちゃんの部屋に盗み入ったときに見つけたんだ。」
百合ものか…。確かにお兄ちゃん好きそうだね。ふふんって自慢げにはお話してるの可愛いね。でも人の部屋入って勝手に趣味把握するのはかわいそうだよ山田くん…。これあれでしょ、性癖まで多分知られてるパターンですよ一郎さん…。
「あ、これ兄ちゃんには絶対秘密な!!絶対叱り倒されるから!」
「そうだね。絶対に秘密にしよう。」
じゃあ指切りな、と山田くんはちょこんと小指を出してきた。約束、秘密だからと指切りをしようとするのがなんとも山田くんらしい。
「早く指出せよ、」
急かされて小指を慌てて出すと、ぐっと山田くんの小指が絡まった。指をぎゅっと締め付ける力が強くて少し痛い。細くて綺麗で私より女性的な指をしているのに、絡まった指の腹で感じる山田くんの指の関節はごつごつしていて、思わず顔が赤くなってしまう。意識することを強いられる。山田くんはずるい。
「指切った、と。これもオレとお前だけの秘密だぞ。これでお前が破ったら一個わがまま聞いてもらうかんな!」
山田くんのじっと見つめてくる姿はやっぱり可愛かった。わがまま聞くだけでいいの?なんか可愛いな、と思わずにやけてしまう。まあ私は??約束は守る女なので??秘密をぽろっと零してしまう口の滑る人間ではないことをここでさらに約束しよう。フラグ??いやいや冗談はやめてください。
「よし!さっさとレジ行ってこい!帰りに肉まんでも食って帰ろうぜ。」
「うん、じゃあ並んできます」
おっと??また約束しちまったか??こりゃ参ったナァ〜〜!もうHPゼロなんだけどナァ〜!肉まん食ってどうする??今日一日の謝罪肉まんキメるんか???
レジを済ませて店を出ると、電柱のそばで突っ立ってる山田くんがいた。なんて様になるんだろうか。これは遠目からでしか拝めない。近くに行ったら死ぬ、なんて思うけど彼があそこで突っ立ってるのは私を待ってくれてるからであって、それを考えると、とんでもなくすごい優越感が私を襲って頬が赤くなってしまう。
「お待たせしました!ありがとうね。よし帰ろう。」
「おう!あっ!見てくれてこれ!!袋で持ってたら失くしちまいそうでカバンにつけたんだ。お揃いだな!」
カッと笑った二郎くん。フゥン…可愛いやないか…。
なんでそんな人試すようなことをするんですか??今日はツイッターぶいぶい言わせちゃうじゃん…。ハァ〜〜一生かけてもたどり着けない夢女子放課後デートこの身で体験させていただいたので支部で綴らせていだきますってか〜〜??本当にそう。
こんな顔面も内面もミケランジェロの男子(最上の褒め言葉)と放課後2人でアニ◯イトとかあっていいのか…??明日死ぬん??最後に拝ましてやるよってこと…??なるほど…。遺書の準備しないとな…。
「なんか恥ずいな!信号のとこのコンビニ寄ろうぜ!」
少し早歩きになる山田くんは本当に恥ずかしいことを隠すのが大下手なのか数回目の大蒸発を迎えてる。
「じゃあ私明日から違うストラップ付けてくるね」
「えっ」
「えっ」
なんでそんなに驚いてるの。学校行って「あれ?あいつのアレと二郎のアレ、一緒じゃねえか??」から始まるふと目線を感じて目を上げたら数人と目が合う祭りとかいやだし山田くんにも迷惑かけてしまう。
「兄ちゃんともお前とも一緒だからって思ったのにな…。」
しょぼん、と犬耳が垂れるのがわかる。私と一緒でほんまにええんか??私は意識してしまうぞ??
「ダメか?」
「だめ、じゃないです…。」
山田くんのきゅるきゅるとした潤んだ上目遣いに完敗した。だめじゃないです。
祭りが開催されたとしても山田くんのその気持ちに応えられるなら、やってみせましょう。あなたの笑顔を守るため。オタクは全力でストラップに誇りを持って登校させていただきます!!
「奢るんだから遠慮せず好きなの選べよ!」
「じゃあ、これでお願いします…。」
結局、帰り道に食べたのは肉まんじゃなくて2人ともアイスだった。そのあとのことはもう心臓がバクバクしていて覚えていない。じめじめした湿気に追い討ちをかけた放課後の出来事は、シャツに染み込んだ汗に変わって逆に身体を冷やしてくれた。
その帰りに連絡先を交換して、山田くんは今度兄ちゃんに会わせてやるよと約束してくれた。
「用意できたか??帰りにスーパー寄ってこいって言われてるから一緒にアイスも買って帰ろうぜ。」
今日がまさに山田家で晩ご飯をご馳走になるその日だというのはまた別の話。