千幡もそんな歳か「千幡もそんな歳か」
十三歳の源実朝が妻を迎えることが決まった日の夜のこと。
実朝の夢に兄・頼家が現れ、笑顔でこう言ってきた。
兄は前の年の秋に突然の病に倒れたと聞いたきり、そのまま実朝の前から姿を消していた。おぼろげな記憶のなかに、兄は伊豆の国に流されたとも、かの地で病が高じて亡くなったとも聞いたように刻まれた跡があるが、本当にそうなのかと信じられないまま幾月か過ぎていたようだった。
「千幡もそんな歳か」
それ以来、何かあるたびに兄は実朝の枕元に駆けつけてきた。殊に、病に倒れたときや悩み事がるときには優しく励ましてくれた。弟の背が伸び、声が低くなったことにやや大げさに驚き、「千幡もそんな歳か」と笑いながら。まだここには来るな、というようなことを兄が小声で言っていたように聞こえたのが実朝は気になったが。
そんな実朝も、その兄の息子の手によって突然命を絶たれてしまった。冥途に旅立った実朝を真っ先に迎えたのは兄だった。本当に亡くなっていたのかと驚く実朝の前で、兄は自分の息子が凶行に手を染めたことを、言葉が尽きる程に激しく嘆いていた。兄上、そのようなことをなされますな、と弟に必死に宥められた兄はやがて顔を上げ、実朝の顔をじっと見つめながら、感慨深げに言った。「千幡もそんな歳か……そんな歳で」