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    摩訶波羅羯諦

    @gate_macahannya

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    摩訶波羅羯諦

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    ネムロDivisionで鮭漁をやっている🥂と鮭の👔

    小学生になったころ、『それ』に名前を教えてもらった。だからたぶん俺は、どうやらかなり愛されているっぽい。
    名前といえば、俺の苗字にはどっかの国のカミサマの名前がついている。でもそんなこと知ったのはたぶん大人になってからで、俺としては、それが虫の名前であっても、花の名前であっても、特別感慨は無かった。生まれた時からもってるものだから、だれだってそーだと思う。そういうものとして、過ごすというか。それに俺は、名前になんてべったり貼り付いていてもらわなくても、なにか大きな存在、みたいなものは、物心ついた時からいつも感じてたし……そう、なんなら会ったこともある。
    俺のとうちゃんは漁師で、自然を相手にする仕事だからって、不思議な話なんて聞けばいくらでもあった。みんなおもしろい話ばっかで、小さい頃はなんどもなんどもきいたけど、俺が感じてる「なにか大きな存在」っていうのとは、ちょっとちがうなと思ってた。
    でもそれは、たしかに海から現れた。小学校がおわって家に帰ると、庭先にあるでっかいプラスティックの生簀の中にいたんだ。その生簀はとうちゃんが今朝の漁でとって、市場に出すのとは別に晩飯用にって持って帰ってきた魚を入れとくとこなんだけど、最近だと、もっぱらずっと鮭だった。その日入っていたのは、俺と同じくらいの年頃の、大人しそうな男の子。ぼーっと腰まで生簀の水に浸かって膝を抱えてた。青白い肌の割に癖のある髪は濃い赤毛で、なんでか、光に透けたところだけが青色に鮮やかに光って不思議だ。
    見た瞬間に俺はすぐわかった。俺がずっと感じてたものの正体がこれだってこと。人間のかたちをしてるけど、ホントはきっとそうじゃないこと。とうちゃんやかあちゃん、他の人にはきっと、普通の鮭にしか見えないってこと。
    ちらと目が合ったけど、俺はいつものように生簀をスルーして家に入る。口の中だけで『待ってて、』と伝えると、『わかった』って頷いてくれたような気がする。
    居間に入ってランドセル代わりに使ってるリュックを下ろすとキッチンにいたかあちゃんが振り返った。あら、おかえりなさい、という言葉に俺は、うん、とだけ返す。今日水曜日だったかしら、と言ったかあちゃんは、焼きそばをもう一袋フライパンに追加した。
    「かあちゃん、表の鮭と遊んでいい!?」
    俺は六歳だけど賢くて、生簀の中にいた男の子が、ほかの人にはきっと鮭にしか見えないってことをちゃんと分かってたから、そういうふうにして聞く。生簀に魚が泳いでるのを見るのは前から好きだったし、かあちゃんはなんの不審もなく、俺に、いいよ、と言った。
    まだ殺さないでよ、と叫ぶかあちゃんの声が聞こえる頃には俺はもう靴を履き替えてる。はやくしないと、あの子どっか行っちゃうかもしれない。普通の鮭に戻っちゃってるかもしれないじゃん、待っててくれるって、言ってたけどさ。殺したりなんかするもんか。あの鮭は今日から家族として一緒にここに住むんだから。とうちゃんは今は漁から戻って二階で寝てるけど、起きてきたら食べないように頼んでみよう。鮭って焼きそば食べるかな。
    カラカラと玄関の引き戸をあけると、赤毛の男の子はちゃんとまだそこにいた。そばに座り込むと、そろっと視線を俺の方に向けて、困ったみたいに微笑んだ。やっぱりあおい目だ。外国の、南国の綺麗なビーチの海みたい。一度だけテレビで見たことがある。俺の知ってる灰色がかったそれとは全く違っていて、にわかに信じがたかった。レポーターが、宝石のような海、と言って、俺は宝石を見たことなんて一度もないけど、きっとたぶんそれはこの目のことだってすぐにわかった。
    いつまでも見とれていられるな、と思ったけど、でも、聞きたいことも色々あった。なんとなく、たくさん時間は無いような気がして、俺は素直に一言目を口にする。
    「……ねえ、かみさま?」
    内緒話をするみたいに小声で、彼の耳元にそう告げると、彼は少し考えるみたいにして自分の指を口元にあてた。
    「それは、創造主という意味?それとも守護者とか、精霊か妖精みたいなもの?」
    「は?何いってんの?」
    そんなつもりないのに、つい喧嘩するみたいな声が出てしまって、俺は咄嗟に自分の口をおさえる。とうちゃんはこのあたりでは一番でっかい漁船を持ってるから、学校なんかで俺がバカにされることはそうそうないけれど、俺がよわっちいととうちゃんに迷惑がかかる、って、子供の俺はそう信じてた。俺は強いんだぞ、って威嚇しておかないと、日焼けしたくて太陽にさらしても全然変わんないままの白っぽい肌とか、ほそっこくで柔らかい髪とか、そういうのを見て、お姫様みたい、とか、お人形さんみたい、なんてナメたこと言われるんだ。
    俺の言葉に怯えて彼がどっかに消えてしまうんじゃないか、なんて慌てて、急いでに彼の指を掴んだ。
    「ご、ごめんね……今の、怒ってるとかじゃないから……、ちゃんと優しくするから、嫌いにならないで」
    謝るのって、全然慣れない。もしかしたら自分で心から許して欲しいと思ったのなんて初めてだったのかもしれない。取り返しのつかないことをしてしまったような焦燥に胸が焦げた。
    でもその子はきょとんとしながら、うん、と言っただけだった。
    「ごめんね、何言ってるか分からなかったから、俺、びっくりして、つい……。こわかった?」
    彼の手をぎゅっと握ったまま、出来るだけ優しい声を出した。ばあちゃんちにいる、ばあちゃんと同じくらいばあちゃんだって言われてた猫にも、こんなに優しくしたことなかったかもしれない。優しくするって難しい。だれかにとびきり優しくしたい、優しくして、好きになってもらいたいなんて、考えたことも無かったから。
    「いや、べつに。えっと、そうだな。かみさまというのとは少しちがうかも。『世界』みたいなものかな。」
    俺の考えてることなんて全然どうでもいいみたいに彼はそう言った。俺は、やっぱり何なのか全然分かんなかったけど、もうなんでも良くってとにかく、うんうん、って頷いていた。自分で質問しておいて、俺はもうこのとき、答えになんてあんまり興味がなくなってしまってて、はやくもっと彼の話がききたいと思っていた。
    「そうなんだ。なんて呼んだらいい?」
    ドキドキしながら、この新しい質問に、彼の、ずっと水につかっているのに青くもならない形のいい唇が動くのを待つ。
    「どっぽ」
    覚悟した時間よりもずっと短く、事も無げに告げられた彼の名前に、俺は内心飛び上がって喜んだ。名前を手に入れさえすれば、いつでも彼と繋がれる気がした。どっぽ、と繰り返すと、うん、と彼は微笑み返してくれる。新しい宝物を、俺はそっと心の中にしまいこんだ。
    一二三、と玄関扉の向こうから声を掛けられて振り返る。とうちゃんの声だ。俺はすぐに立ち上がって家に入っていく。飯にするぞ、と言われた声を無視して、とうちゃんのゴツゴツした手を掴んだ。
    「とうちゃん!ねぇあの鮭俺っちにちょうだい!」
    まだ少し寝ぼけたようなとうちゃんを引っ張って生簀までいくと、そこではただの一匹の見事な鮭が、腹を上げて死んでいた。
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    摩訶波羅羯諦

    DONE🥂くんがフェネックだったころ俺っちがフェネックだったころ、俺っちは世界で一番かわいくて、みんなの人気者だった。
    神様はえこひいきで、かわいい俺っちのこと世界で一番愛しちゃってて、そんで俺っちは、悪いやつらに悪い魔法をかけられた。
    世界の半分が怖くなって、俺っちはフェネックであることから逃げ出した。大きな耳はいらない。手触りのいい毛皮もいらない。華奢な手足も、ふわふわのしっぽも。

    俺っちが完全にフェネックじゃなくなったころ、そばには独歩がいた。
    独歩は俺っちになんにも与えてくれなかった。
    機嫌をとる猫撫で声も、優しくなでる指先も、守ってあげると抱きしめることも、俺っちはもうなんにもいらなかった。
    俺っちがフェネックじゃなくなっても、神様はしつこく俺っちのこと愛しちゃってて、宝石級なんて言われるくらいの美貌を与えてくれたけど、独歩はそんな俺っちが、マジな顔してればしてるほど笑う。
    変な顔って指さして、馬鹿にするみたいに鼻で笑う。
    俺っちはもうフェネックじゃない。
    フェネックだったらきっと、生意気な笑い声を、指先を、愛しいと思わなかった。
    堂々とした大きな手で、独歩の頬を撫でられなかった。
    俺っちがフェネックだったこ 593

    摩訶波羅羯諦

    PROGRESS鮭だった独歩が鮭じゃない独歩になった初めて独歩と会った日、突然いなくなった独歩に俺はわんわん泣いたけど、とうちゃんとかあちゃんは意味がわかんなくて、言い聞かせても怒鳴ってもあやしても何もきかず、俺は遂に吐き戻して熱まで出した。死んだ魚なんか見慣れてるはずだし、小学生になった俺にとうちゃんは魚を捌くためのナイフを与えてくれていた。いずれは漁船を継ぐんだから当然だ。なのに俺が、生簀の鮭が死んでるのを見た瞬間に膝から崩れて大声をあげて泣き出したもんだから、二人とも困惑したんだ。そりゃま二人には、最初からただの鮭にしか見えてないから。俺はそんなことくらいちゃんと分かってたけど、でも取り繕えないくらい、かなしかったんだもん。せっかく名前まで教えてもらったのに死んじゃったって。目を離さなければよかった、とうちゃんなんか無視してれば、まだ今もどっぽとお話出来てたの?って。
     だってだって、さすがに急すぎるっしょ!?ほんの三秒前までそこにいたんだよ!?なのに!!
     さよならも言わないなんて、ホントよくないと思う!!
     だから俺、次独歩にあったときに、約束をした。
    「どっぽ帰る時はちゃんと帰るって言って!!」
     夕焼けだった。初夏の空は朝 2302

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