贄×××の話 降りしきる豪雨の中、堤防の先に青年が一人。彼は目を閉じて想いを馳せる。
母さん、母さん、貴方から、命は尊いものだと教わりました。ただ一つの親不孝を許してください。僕はずっと耐えられなかったのです、あの日、何もできなかった自分を何も出来ずに今も生き残っている自分を
だからずっと望んでいました、誰かの助けになって逝けることを。多くの命を助けて貴方の元へ、故郷の皆の元へ還れることを。人を助けることは幸福なことという貴方の教えの通りに。
波が来る、大きな波が。鯨のような大型の異形、"津波の災厄ケートス"が。
ふと、遠くの方で声が聞こえた。一人は泣き叫ぶ少女の声。この街で短い間ではあったが、妹のように可愛がっていたハンナの声だ。もう一人の男の声は⋯⋯⋯。
彼の想いに応えられなくて本当にすまないと思う。昨晩の熱はまだこの身体に残っているというのに⋯。この場にいない二人の友人達にも、ずっと気にかけてくれた上司にも、別れを言えないのは本
当に残念だ。ごめんね、と心の中で繰り返す。
影が頭上を覆いこちらを伺うのが分かった。僕、ワタシは声がする方に振り返り、最期の言葉を彼に、ロナウドに伝える。
「後は、頼んだョ。」
ばくり、と音を立て"贄"フェイ・イ―・クライヴは災厄に喰われた。