旧L社生き残り人格
同期ストーリー
「なは、そうですねぇ…確かにそれもいいかもしれません」
「あぁ、なら早く処理しないと…」
子供はブツブツと1人で話していた。まるですぐそばに誰かいるみたいに。
「………戻りたくない…なぁ」
「……大丈夫ですよぉ、こうしなきゃ…生きてけませんからぁ……」
「ダメです。 あなた達が出れば何もかも殺してしまうんでしょう?」
「…俺は…こうなっても、せめて…他人を巻き込まずに………」
「………………はは、冗談、ですよぉ。」
子供には沢山のナニカがついていた。全てを無くしてしまった他の子供とは違って、手足も目さえも全て持っている。
むしろ、息絶えるほどの傷を受けても次の日にはケロッとしてるんだから…幸運だったのかもね?
「……呼んで………水の音が……」
彼の目は次第に青く染って、ぷかぷかと水に浮かんでいるような音が響く。
ぴちゃん、ぴちゃん。
「死ぬことなんて許さないわぁ。 あなたは、わたしの希望なの」
「…ごめんね、もう少しだけ……ふふ、そう言っては可哀想かしらぁ。 ずぅっと、ずっと一緒よ。」
にんまりと笑い、子供の体を使って歩き出すソレは…愛しそうに自分を抱きしめた。きっと、子供が解放されることはないんだろうね。
例え、全てを敵に回したとしても。
セブン協会
同期ストーリー
```
カタカタ。レジに立ち、慣れた手つきで会計を打つ。
「はぁい、レシートいりますぅ? またのお越しを〜」
「お待たせしましたぁ、ご注文は?」
コロコロとカウンターを変え、目まぐるしく変わるお客に、子供は笑顔を絶やさず接客していた。
ここはセブン協会の紅茶好きが趣味で経営しているカフェ。非番の職員たちが慌ただしく紅茶をついでは食器を下げていた。
「はは、今日も来てくれたんですねぇ? 本日のおすすめはミルクティーですよ。 ファウさんの調子がいいみたいでぇ」
そう目を向ける子供は、ほんのり頬を染めている。ファウさんと呼ばれた彼女も、満更ではなさそうに「えぇ、すぐお作りできます」と答えた。
きっと、誰が見ても二人の関係は慎ましく、仲良さげに映るだろうね。
「私の注いだ紅茶がのみたいんですかぁ? 物好きですねぇ? すみませーん、レジ交代お願いします」
どうやらこのお客は子供目当てで来たみたい。それが叶わないとしても、せめて子供の作った紅茶を飲みたい。
「席まで運びますのでぇ、おかけになってお待ちくださぁい。」
```
ツヴァイ協会
同期ストーリー
ガコン。
何度か大きな音を立てて、子供は依頼人の元に向かった。
「ほら、コーヒーでも飲みましょうよぉ。 ずっと気張ってると疲れますよぉ?」
「…それは君が頼りないからであって…」
子供は赤々とした服を羽織り、ツヴァイ協会ならば必ず着ているはずのコートは服の下にも見当たらない。
「あぁ、この格好ですかぁ? ほら、やっぱり狙われてる人が派手な服着るわけないって言う先入観を〜」
そうぺちゃくちゃ子供は語るけれど、どれもこれも根拠はなくただ依頼人を不安にさせるだけだ。きっと、他の人とは少し感性がズレているんだろうね。
シュン。
「っと、まぁそりゃそうですよね」
どこからともなく飛んでくるナイフを避け、子供は依頼人を抱えて走り出す。いつの間にか手に扇を持ち、慣れた手つきで攻撃を弾く。
「まぁまぁ、お任せ下さいよぉ。 狙われてるってわかってるなら…さっさと相手を消した方が早いでしょぉ?」
リウ協会
同期ストーリー
「あ、あの…良…」
「師匠。」
「………師匠。」
「なんだ」
「その、あの…5課の方だと思うんですけどぉ…白髪の…」
そう言う子供はモジモジとしていて、心做しか顔も赤いように見えた。まるで、焦がれているみたいな眼差しが他の子供には不愉快に思えたみたい。
「知・う・ろ」
「……怒ってるんですか?」
「さっさと失せろ、2度も言わせるな」
黒髪の子供は不機嫌そうにそっぽを向き、そのまま木人椿へと向き合い始めた。こうなってしまえばしばらく口を聞いてくれないのは子供が1番よく知っている。
子供は街ですれ違った白髪の子供について聞きたかったみたいだけど、聞く相手を間違えてしまったみたいだね?
「…なんで怒ってるんだろう」
バチリ。
青い火花を散らし、戦闘中にもかかわらず喧嘩別れしてしまった他の子供のことを思い浮かべていた。
「よそ見してる暇が…」
その隙を狙った輩が子供の背後を取ったけど…
「私の師匠は変人ですけれど…腕は確かですから。」
瞬きの間に倒してしまったみたい。
「…この炎、好きだって言ってくれますしね。」
関わりのある幻想体の観測記録。
T-09-05-Z
【観測レベルⅠ】
これは…どう書くべきなのでしょうか。昔の報告書にそって書きましょうかぁ。このアブ…幻想体は、所謂ツール型というものです。使用者によれば、その鏡に模した姿を覗けば理想の自分に出会えるというものでぇ。それは強いイメージを持つものが使えばよりリアルに、我々職員の増強に尽力して…マァそんな美味しい話はそうそうありません。同じ職員が何度も使うことによって、これは悪事を働くようですよぉ。理想の自分はどんどん形を変え、次第になりたくないはずの自分へと変わり…それは理想が映ると言われてるものですから、本当にそうなのかと錯覚してパニックになる…そんなものでしたぁ。
今回の場合、私のなりたくない姿が形となったようですけれどぉ。
→なぁ…これがその……本場の記録の飾磨なのか?
→シッ、グレッグ、そういうのは言わないものよ
→言ってる言ってる、消せ消せ
【観測レベルⅡ】
記憶の混濁については気づいています。そりゃ自分のことですからぁ、分からないわけが無いですけれど。ただ、できるだけ見ないように目を逸らし…どこぞの彼のようですねぇ。
話を戻しましょうか。…アレをなりたくない自分とするか、はたまたいっそああ成れば踏ん切りがつくのか。定かではありませんけれど、正直どちらでもいいと思っている自分がいるんです。どうであっても、私はもう生きていくしか道がないようですから。
本当に大きなお世話ですよね、生きて欲しいだなんて。俺はあんたの王子様になんてなれやしないのに、いつまでも手を離してくれないんですからぁ。感謝したことなど1度もありません、それは…彼女と出会えたことを加味してもです。
【観測レベルⅢ】
鏡とは、なんなのでしょうね。私の有り得た世界を映し、なりたかった自分を映し、なりたくない自分までも。目に見えるものは不確かで…どうなりたかったのかも思い出せない。愛おしく思う気持ちさえも嘘だと言われ、けどこんな言葉もあるんです。吐き続ければ、嘘もやがて真実となる。彼女がよく口にしていて…白く、美しい髪が記憶にチラつくのに。何も思いせず、アイツは後ろでニタニタと笑っているんでしょう。
俺は生き続けるしかないんだ。呪いは解けない、永遠に。ただ、その中で生きる覚悟を俺は決める日を…ずっと待ち望んでいたんだと、そう思う。
→《――――》(小さな字が黒く塗りつぶされている)
ヘレネーさんとの話。ロボトミー。
書きなぐりなので飛び飛び
```
重たげな音を立て、目の前の扉が開いていく。とくとくと高鳴る胸に、憧れた景色を夢見て。誰もが語る素晴らしい生活とやらを手に入れた俺は、やっと人並みの幸せを―――。
「あ、ごめんね〜。 出勤初日にこんなザマで。」
きっといい花の香りでもするのだろうと思っていたんだ。目の前に散る赤、薄汚く蠢き、鼻をつんざく血生臭さは。
「おぉっと、まぁそうなるよね。 大丈夫大丈夫、気にしないで。 どうせ一緒に掃除されるから」
迫り上がる吐き気に抗えず、気合を入れて美味しいものでもと食べた何もかもが溢れて飛び出した。自身の吐瀉物すら綺麗に見えるほど酷い景色。俺はこんな、こんなところのために死に物狂いで、何もかも失って入社したのか。
「本当はもう少し幻想を抱けたんだろうにね、マァある意味運がいいかもね。 吐く程度で済んだのなら」
ゆらりと赤く染った白が棚引く。うっすらと細められた紅色が、場違いにも美しくて。どくどく。胸が跳ねる。気持ち悪さと、視界のちぐはぐさに酔い、酸素を求め呼吸をすれば酸っぱい匂いに血の味が混ざったみたいな感覚が。
「こんな状況でごめんね、僕はここのチーフヘレネー。 気軽にヘレンって呼んでくれてもいいよ」
「ゲホッ、ゴホッ…ン"ン……それ、いま、いうんですか」
「なはは! それもそうか! 現状を説明してあげた方が君の心のためだったかな?」
豪快に笑う白髪の女は、ヘレネーと名乗る。その名にふさわしく、血濡れているのにもかかわらずそれすら甘美に見えた。彼女の自信に満ち溢れた様子に見えるのも美しく思わせるのだろうか、酷い出会いだったけれど、同時に唯一無二の記憶で。
「ここはアブノーマリティという怪物をお世話する会社だと聞いているよね。 それ、管理方法を間違えると逃げ出してしまうんだ。」
「こんな人智を超えた存在が逃げ出したらどうなると思う? そうさ、答えはこの通り。 酷い惨状の出来上がりさ」
確かに入社時、命の危険があるとは聞いていた。けれど、巣の仕事で、裏路地よりも危険なことなどないと慢心していた。というか、皆そう思って上層を目指すのだから、綺麗さっぱり隠されているのだろう。これが都市の闇、名だたるエネルギー会社、ロボトミーコンポレーション社の裏の顔とやらか。
「入社してしまえば逃げられない。 君はこれからずっとこの地獄で生きるんだ。 気を落とすなよ、存外悪くないから」
「…そう、ですか」
「にしても地味な顔だね〜。 僕と一緒の綺麗な紅色の瞳は褒めてあげるけど…もっと派手な髪にするといいよ。」
「…何故でしょうか」
「死んだ時に誰かも分からないから。」
そう言ってヘレネーは前を向く。確かに、辺りに転がる肉塊はもう誰だったのかも分からない。黒髪は散り、同じような頭がゴロゴロと落ちていて、こうなっては弔いすら難しい。
「忘れられたくないなら派手にしな。 マ僕は生まれつきこの髪だから心配ないだろうけどね!」
「…心に留めておきます。」
ケラケラと笑う彼女を他所に、新人は未来へ思いを馳せる。こんな惨めに死んでたまるか、絶対に、絶対に生き抜いてみせる。
「これからよろしくお願いします、先輩」
「お、いい心構えだね。 君、名前は?」
「…セパル。 セパル・フォンです。」
「それじゃあセパルクン、今日からよろしくね。」
差し出された手を握り、腕に付けられた橙色の腕章が揺れた。そこにはたくさんのバッチと、付けられるだけの装飾品が丁寧にピンで止められていた。
それは、職員の胸についているバッチで。
「えぇ、頑張ります。」
``````
「あ、髪染めたんだ。 似合ってるよ」
「…はい。 せっかくなら思い切った色にしてみました。」
はらりと視界でチラつく赤を見つめ、そのまま視線をヘレネーへと戻す。彼女は物珍しそうな顔をして、次第に似合わない辛気臭そうな表情になっていく。その様がなんだか面白く、口元を隠して笑って見せた。
「なんだよ。 君、僕を笑うなんて偉くなったもんだね」
「いえ、そんな鳩が豆鉄砲を食らったみたいな顔されたら笑うしかないですよ。」
「…そんな顔をしていたか。 恥ずかしいな」
彼女は同じように口元を隠し、ほんのりと染まった頬を緑で覆った。以前はそこまで良い防具を来ていなかったが、新人研修も兼ねて管理人が気合を入れたのだろうか。D-04-108のE.G.Oを身にまとい、頬には黒い雫が張り付いていた。
「メガネ、似合いませんね」
「それは君もそうだろう? なんだい、もしかしてお揃いがいいとお願いしたのかな?」
「ふふ、さぁ。 どうですかね」
カシュリと缶コーヒーを空け、軽くひとくち含んだ。昔はわざわざ苦いのを飲むなんて、と思っていたけれど。ここで日々過ごしていくうちに、甘いものは特別な日にだけ食べるようにしようと心に決めたんだ。特に意味は無い。ただ、今まで死んだヤツらの前でのうのうと甘ったるいお菓子を頬張るのは祟られそうだ。
「君も随分染ったね。 喜ぶべきか…悲しむべきか」
「ここは喜んでください。 貴方の仕事が少しは減るんですよ」
「…それは喜ぶべきことじゃないよ。 その分、皆が死と隣り合わせになるんだから。 …ティファレト様も………」
ティファレト様。この中央本部チームのセフィラ様だ。幼く見える双子のお2人は、2人で1つと口癖のように言い続けている。まるで、自身に言い聞かせているみたいに。
正直俺にはセフィラ様を尊敬とか、崇拝だとか、盲目的な思考は持ち合わせていない。皆がそうしているから流れに身を任せている部分もあるし、彼女が信じるのだから…悪い方達では無いのだと思いたいのだ。
「さて、そろそろ業務に戻るとするか。 傷もいえたし…管理人様からの作業命令がうるさいからね。」
「今度はどこの収容室なんです」
「えーっと……。 安全チームのF-01-18だってね。 こいつはそんな危険じゃないってさ」
「……そうですか。」
「そんな顔をするなよ。 …そんなの、君も同じことだろう?」
セパルは目を伏せた。この心の中に芽生えてしまったソレに蓋をするように。けれど、彼女には良く見えて、同じものを抱えているが故に正しく映り込んでしまう。互いに見ないふりを続け、いつかなくなって消えてくれることを願っていた。
こんな職場で、いつ死ぬかも分からない人に入れ込むのは愚かな行為で…美しい想いでもある。
「健闘を。」
「そこまでのやつじゃないだろうに。 本当に変わったね、君は」
ビービーと鳴り止まない呼出音に、ヘレネーは急いで収容室へと向かう。ふわりと舞う白は、純白のドレスが如く。緑の樹木にとても映え、良く似合うこと。
「……貴方もでしょう」
聞こえないとわかっていないと言えない、自分の愚かさを。
誰か笑ってはくれないだろうか。
``````
泣き声が止まない。赤子が泣き喚いて、頭が痛い。あの胎児は、先日収容室に入ってきた未知のアブノーマリティだったはず。きっと、管理人が管理方法を間違えたのだ。最も、初めから完璧にこなせなど、あまりにも酷な望みだとは分かっている。
「マズイね、ユーナ、管理人が混乱して指示が滞っている。 セフィラ様から直属に指示の許可が出た。 皆、僕の指示に従ってね」
「は、はい、チーフ…私はどうしたら」
「まずは一刻も早く脱走してしまったアブノーマリティの対処だ。 ふむ。 管理人様も馬鹿では無いみたい…僕とユーナ、あとは―――」
耳を劈き、いっそ何も聞こえないほどの産声。そんな非常事態でも、ヘレネーは淡々と指示を飛ばしていた。さすがに収容室への割り振りまでは出来ず、今脱走しているであろうアブノーマリティを絞り、的確な采配をしている。彼女は自分に出来る最大の働きをしているんだ。
「セパル、君は待機だ。 …残念ながら君に対処できるアブノーマリティは居ない。 恥じることは無い、まだ戦う武器を配布されていないのだから仕方ないさ」
「それ、でも! 俺にも何か!」
「その辺のオフィサーと同じよう無駄死にしたいかい? 生きるのも貢献だ。」
チャリンと腕章が鳴る。本来であれば、ただの布切れでしかないそれは…彼女にとって、数多の命を抱えている大切なもの。そのひとつに、自身のバッチを加えさせるのは、この地獄よりも大罪なことくらい…分かっているんだ。
走り去ってしまった背中を見つめ、意を決してセパルはメインルームから飛び出す。この部門は4層の階になっていて、それぞれの収容室への廊下へと繋がっている。どこもかしこも脱走したアブノーマリティに溢れているのならば、命を落とした職員だっているはずだ。
「あった…!」
運良く、アブノーマリティが過ぎ去った後の現場に行き着き、それなりに使えそうな武器が転がってある。いくつか通る際に踏み潰され、壊れてしまったものも多くあるが、強い武器ほど頑丈だ。
血塗れになった床に、黒く溶け込んで沈んでいた傘を拾う。何のアブノーマリティから作られた武器かは分からないが、無傷なところを見るに強いと信じたい。
「…これで、俺も。」
武器は手に入れた。あとは救うだけ。その先に死があろうとも、彼女を死なせるわけにはいない。
まだ、産声は止まない。
「ヒッ、た、たすけてっ」
「ッらぁ!」
パシュッと軽快な音を立てて、傘はしっかりアブノーマリティに当たる。効いているかは分からない。でも、殴らねば目の前の命が死ぬ。そうして、俺も死ぬ。なら無心で殴って、刺して、引き裂くしかないんだ。
しばらくこの傘を握っていると、取っ手が握り返してくるように手に絡みつく。見様見真似のお粗末な攻撃が、みるみる様になる。まるで、この傘が俺を救おうとしているみたいだ。
「あ、ありがとう…ございました…」
「…いえ。」
卵になったそれを蹴飛ばせば、一瞬のうちにどこかに消えてしまう。ヘレネーが「こいつらは鎮圧すると勝手に部屋に戻るんだ、律儀だろう?」と笑っていたことを思い出す。こんな死に物狂いで鎮圧して、その先に出る感想がそれなのか。
やはり、頭がおかしい人だと思う。
「うっ……あたまが、いたい…」
「…メインルームはまだ安全でした。 戻ることをおすすめします」
「は、はい…」
そそくさと立ち去る職員を見送り、未だ止まぬ声に頭を抱えた。先程よりずっと声が大きく、芯から響く酷いものになっている。
さっさとこんな現状、どうにかしてくれ。あんたは素晴らしい管理人様なんだろ。俺たちが死なないように、どうにかしてくれる人なんだろう。
「うわぁぁぁ!! く、くるな!くるな!」
「…落ち着いて、もうここには…」
「ッ、また、またきやがった、ころす、殺してやるッ!」
「ッ!?」
誰もいなくなった廊下を歩いていれば、分かりやすくパニック状態になった職員と邂逅した。原因のアブノーマリティは既に鎮圧されているのか、それとも生き残っただけか。彼の損傷を見るに、多分前者だろう。
こういう時はどうすれば良いんだっけ。殴ればいいと、でもちゃんとした武器じゃなければならないと、彼女は言っていた。
「ッ! ッ! なんで!なんで!! もう散々だ! 殺す! 死ね!」
「クソっ、これじゃあこっちが…」
「う、ぁ、あ"、いたい、いたいッ」
「チッ、こんなのあんまりだろうよ…ッ!」
殴りかかってくるのならば応戦するしかない。殺しにくるのなら、殺されないよう動きを止めるしかない。彼の武器は強くない。俺の武器は、並のものじゃないらしい。削れていく。命が、自分の手で。
でも、緩めたらこちらが死ぬというのに。どうすればいいって言うんだ。あぁ!あぁ! 泣き声が煩いせいで
「ぁ…あぁ……しにたくない……しにたく……ない…」
「……………ヘレン、さん…」
『全職員に伝達します O-01-15への作業を実施致します。 迅速な制圧を―――』
ピタリ。泣き声が止む。しばらく聞き続けていたせいか、キンと耳が痛い。心做しか、未だに声が聞こえている気がする。けれど、酷かった頭痛は無くなって。
キャッキャと、無垢な笑い声が聞こえるような。
□
「…新人。」
「なぜ、なぜ彼女だったのですか」
「……。」
「なんで!! なんで、! ヘレネーじゃ、、ヘレンじゃなきゃいけなかったんですか!」
身が熱い。頭が沸騰している。グツグツと煮えたぎって、体の中身が全部迫り上がって、ひっくり返る感覚。
冷静では無い。冷静ではいられない。ここで平然としてしまえば、それは、それは、それ、は。
「…君だって、私のところの職員を殺したのだろう」
「ッれは、でも、しかた、なく」
「なら…彼女もそうだったんだろ」
冷たい声だ。怒りに身を任せた自分とは違い、平静に、淡々と。
「…ここじゃ全てよくある事だ。 みんな、それを承知なんだ」
「…だからって」
「………遺品さえないのは可哀想だと思う。 ただ、お互い様だとは言わせない。」
殺した罪は、重くのしかかるんだと。そう、彼は拳を握りしめて言った。
胸ぐらを掴む俺に、振り上げることも出来たその手は、血が滲んでいる。
どこまでも、どこまでも幼く、幼稚な俺は。
ヘレネー、ヘレネー。
なぜ、君でなければならなかったんだ。
…髪の1本すら残らない君は、それでも…俺に髪を染めろと言い続けるんだな。
```
F-01-36-Wとの対話。詳しく言うと元になった人間と。
```
ぷかぷかと水面を漂っている。かと思えば、海底を歩いて、歩いて…そうして、小さな食卓が目の前に現れた。
「どうぞ、座って?」
瞬きの間にゆらりと青みがかった髪が揺れた。彼女の手招きに釣られ、ゆっくりと椅子に座る。はて、一体なぜこうなっているのだっけ。
「…はじめまして?」
彼女はセパルを伺うように顔を覗き、一つ一つ言葉を選んでいた。セパルは思う。はじめましてなんて言葉、自分達には合わないなと。たしかに知らない。遠い昔、それともつい最近?彼女を見た気がするんだ。
「…人魚」
「あぁ、わかってくれるんだ。」
「…まぁ。」
ぽやぽやする頭で行き着いた答えは、どうやら正解だったみたい。どこからどう見ても彼女にはヒレも鱗もないし、あの特徴的な潤んだ瞳も見る影は無い。ほんのりと色付いた頬と、はらりと動きに合わせて揺れる髪がそう思わせた。
「…どうしてその姿を?」
「ひとつ…昔話をしてもいい?」
「はぁ…。 答えになるのなら」
「ふふ、長くはしないわ。」
そう言って彼女…人魚は語り出す。それは声をなくした少女の話。足をなくした少女の話。
私は生まれつき色んな障害があった。この都市は病に満ちていて、今にも終わってしまうのだと先生は言う。私はそうは思わなかったけど、でも、実際はそうだったのかも。
この動かない足も、震るわない喉も、別に治らなくなっていいと思っていた。あんまり不便はしてなかったのよ、本当に。
「…嘘に聞こえますけど」
「ううん。 本当によかったの。 世界が色づいて、鳥のさえずりが聞こえて。 それだけで幸せだったの」
「…そうですか。」
でも、先生がより良い世界を作るには私の体を治療しなきゃいけないっていうの。だから力になりたいと思ったから。
あとね、私好きなお話があったの。どこかの誰かから聞いた『人魚姫』のお話。私と一緒で声もなくて、歩く度に酷く痛む足を持つお姫様。憧れていたのかな。分からないけれど、一緒だねって思ったの。
うぅん?私がそれに合わせて生まれたのかもね。
「何も分からないんですが」
「この世の人達はみんな病を持ってるんだって。 その治療のための薬を作り出したのに…これが望んだ結末なのかなって」
「…はぁ。」
「元々は私だって…生きていた人間なのよ。」
「………そうですか。」
幻想体の正体がなんであれ、セパルにはどうでもよかった。元の人に戻りたいという願いは、自分が望んだものではなかったのかもしれない。そうだとしても、どうでもいい。戻りたい心はずっと変わらないから、起源なんてどこでもいいんだ。
「驚かないのね?」
「化け物を作るなんて話…どこにだってありますし」
「そうね、ありふれてるわ。」
「というか…俺が似たようなものだし」
「…悪いとは思っているのよ。 それてもいきててほしかったってのだけは…知って欲しいわ」
「その先にある苦痛だって、分かってただろ」
「…ごめんなさいね。 もう私は私では無いから。」
へにゃりとわらう彼女は、あまりにも人間らしくて。収容室で寂しそうにしていた彼女とは大違いで、もう元に戻ることなんてないのだと…考えたくもない。
「ここってなんなんですか」
「わたしの奥の奥。 核ともいえるのかしら」
「元になった人間、ですか。」
「…そうね。」
「名前、あるんですか?」
「………知りたい?」
「…。 いいえ。」
知ったところで何も変わらない。ならば、意味なんてないんだ。
「そろそろ終わりかしらね」
凪いでいた水面が乱れ、渦潮の如く全てを飲み込んで流していく。穏やかな時間は終わり、じわじわと意識が鮮明になって記憶が戻って頭が痛くなった。
「じゃあね、好きよ、セパル」
「…俺は…嫌いです」
「ふふ、知ってる。」
「早く出ていってくださいよ」
「あら、イジワルね」
「…お名前は?」
「……【―――】。」
戻る。止まらなければ。あぁ、まったく、酷いマヌケズラだな。お前にそんな顔されるほど…俺は落ちぶれちゃいないよ。
```
現パロ。未完
```
努力が報われたのだと思った。自分の人生に意味なんてないと今でも思うし、迷わずに答えられる。それでも、目の前の女性の為に生まれたのだとしたら、それはとても大儀な人生だったと言えるんじゃないかと…そう思えるんだ。
ガチャりと開いた扉の先には、もう随分と変わらない散らかった部屋が広がる。最後に掃除したのはいつだったか。そんなことすら忘れてしまうくらいには荒れ放題で、せめてとゴミは袋にまとまっているが、新しい生態系を生み出しているほど荒れていた。
前までは、自分よりふた周りも小さな同居人が片付けてくれていて、セパル自身も彼女の為ならばと慣れない家事をした。しなければ生きていけない環境だったとはいえ、性格上向いていなかったし、邪魔でしか無かったんだろうけど。
それでも同居人は少し小言を零すくらいで怒りはせず、可愛らしく微笑んで「しょうがないなぁ」と言ってくれていた。それならば、身なりだけでもと見栄を張ってみたけれど。
そうして染めた髪もだらしなく伸びて、チラチラと赤毛が髪先に散らばっている。切りに行く気力もなく、誤魔化すように編み込んだ髪も付け焼き刃にしか映らないんだろう。
「はぁ…」
ことある事に愛しい先輩の話をしていたのに。それを聞いてくれる彼女はもう居ない。あの時、手を引いて「いかないでくれ」と言えば良かったのか。いいや、きっと…それでもあの少女は自分の元から飛び立ったのだろう。その方がずっと、幸せになれるのだろう。そうやって無理やり、自分の願いを飲み込むのは何度目か。
ぼんやりと先輩のことを思い出す。ほとんど無表情で、発言のところところに危ういところを感じる人。なのにきちんと周りを見ていて、正しい指示を飛ばし人を動かす。背伸びして入った俺の事も、他の奴らとは違ってちゃんと能力で評価してくれた。そんな、聖母みたいな美しい人。
彼女の為ならば、どんなことだってしたいと思えるほど、心の底から愛していた。幸運なことか、むしろ悲しむべきか。彼女、ファウストの浮ついた話は一切なく、同僚のイサンからでさえ「彼女は堅物なり」と容赦なく言われている。
今まで彼女を狙って口説き落とそうとした人は多く、共に玉砕して行った人数でもある。セパルはそれでも、少しの希望を持って彼女と話す。それが、逆効果だとしても。
重たい腰を上げて、床に散らばる衣服を踏みながら冷蔵庫へ向かう。2人で暮らすには少し狭かったのに、1人になった途端やけに音が響く。孤独なんて、慣れていたつもりだったのに。
いつの間にか、小さな彼女に絆されていたようだ。
がぱっと開いた先には、コンビニで買っておいたお弁当が詰まっている。体に悪いとは分かっているが、如何せん悪いだけに長持ちするし、企業努力の結果なのか美味しいのだ。
適当に前の方にあったそぼろ弁当を取り出し、流れるようにそのまま上にあるレンジへと突っ込んた。ガチャンと重たい音が静寂を破り、ギリギリ不快にならない低音が鳴る。
次第に美味しそうな香りが部屋を漂い、軽快な音楽とともに再び静寂が訪れる。この時間が嫌いだった。彼女がいれば、代わりにまな板が心地の良い音を出していたのに。ジュワッと肉が焼け、野菜の少し苦い匂いが部屋を包んだのに。
今あるのは、不健康に食欲をそそるジャンキーなものばかり。
ふと気づく。最近、先輩のことを考えるよりも…ずっと、片割れのようにそばにいた彼女のことばかりで。
「…――――」
一体この心は何なのだろう。家族と永遠の別れだと言う時も、こんなに苦しくはなかったのに。
会えないわけじゃない、ならば、何故なのだろう。
``````
「え?」
「…ですから、貴方にはファウストの後任としてこれからも…」
「……な…んで、やめるん…です?」
先輩から発された言葉の意味が上手く飲み込めず、ぐるぐると頭の中で巡って埋め尽くす。
やめる、辞める。この仕事を。これから彼女のプロジェクトが軌道に乗るというところなのに、大事に温めてきたであろうそれを全てセパルに託すというのだ。
動揺を隠せずに狼狽えるセパルに反してファウストは冷静に佇んでいた。その無表情の向こう側には、ほんのりと暖かな喜びが混ざっているように見え、ひとつの結論に至る。
「結婚するんです。 寿退社と言うやつですね」
「………。」
「ダンテが………いえ、彼がカフェを開くと言うので。 旧友を集めるんだそうです」
セパルがその答えに行き着くと同時に、彼女の口から直接告げられる。彼氏がいたとか、いつからだとか。そんな思考がよぎるけれど、見たことの無い柔らかい笑顔で笑う彼女を見せつけられてしまえば、全てがどうでも良くなってしまう。
あぁ、その笑顔を、どうか俺に向けてくれ。
そんな願いすら、するりと手のひらを抜け落ちて行く。真っ白になった頭に、ふわりと赤い時計が映る。カチカチとなるそれは、どうにも懐かしくて。
「ダン、テ………」
何もかもが溢れていく感覚に、その名を口に出す。ダンテ。赤い時計頭の、管理人。まるで写真がはらりと目の前を散るように、ありもしない記憶が映る。そうして、再びファウストの顔を見て思い出すのだ。
「あぁ、そう…か…そう……。 俺はまた…」
冷たい視線の中、ぼんやりと音が遠くなっていくのを覚えていた。前世なんて信じていなかったけれど、次々と現れては消えていく映像は、きっと嘘では無い。全てを覚えているわけではないが、確かにまた彼女に恋をして。
いいや?彼女だったから―――恋をしたんだ。
「…大丈夫ですか」
「……はい。 ご結婚…おめでとうございます」
「ありがとうございます。 話を戻しますが…そういうことですので、あなたに全て一任します。」
あなたの腕は私が1番知っていますから。なんて付け足され、どう足掻いたって彼女に叶わないのだと知る。いつだって、きっと何度巡ったって。俺を正しく、公平に評価するのは彼女たった一人のひと。
殆ど放心状態で、その後の会話はあまり覚えていない。ただ、彼女の半身とも言えるこの企画だけは必ず成功させるため、余すことなくメモが取ってあった。我ながら本気だったのだと、哀れに思う。
あぁ、カフェを開くと言っていたっけ。旧友とは…俺達のことなのだろう。そういえば…あの二人もまた出会って、また人生を共に歩んでいるんだな。
「…なんど繰り返しても…俺たちは変われないのかもなぁ」
変わらないだけなのかも、しれないけれど。
```