その瞳に映りたい「では、そのようにお願いしますね」
そう言ってくる彼女はいつもと同じように何の感情も読み取れない顔をしていた。
彼女……司令は、はいつも俺といても業務的なやり取りしかしない。
『女の子』といえばいつも色目を使ってきたりデートを強請ってきたり、トラブルに巻き込まれることの多い俺にとって“女の子”という存在は可愛いところよりも煩わしいイメージの方が強く印象付いていた。正直に言うと自分のルックスには自信があるので、初めて会う子でも目が合うだけで照れて逸されるか、興味を持たれて熱心に話かけられることの方が多かった。
端的に言うなら俺は女の子をその気にさせるのが得意なんだと思う。
でも司令は、初対面のときから他の『女の子』とは違っていた。
今までの女の子みたいに興味を持たれることも、照れた表情を見せられることもなく、ただ真っ直ぐに俺を見つめ返す彼女の瞳には俺の姿が映り込んでいるだけで、そこから何の感情も読み取ることも出来なかった。
そんな経験をするのは初めてだった。
いつも凛とした表情で淡々と話すその姿は、俺にとっては興味深く新鮮に映って見える。
だからこそなのかな?
彼女の瞳に『俺』という存在を映したくなってしまった。
*****
数ヶ月が経ち、彼女と俺の関係性もだいぶ変わったと思う。
仕事以外でも声を掛け、質問をするとぽつぽつと自分の話をしてくれるようになった。
休憩室で司令と会って俺がお気に入りのホットココアを飲んでいるその瞬間だけ彼女の人生の時間を少しだけ独り占めできる。
主に俺が質問して、司令が淡々とその質問に答えてくれるだけなのだが、俺にとってその時間は特別なものになっていた。
「ねぇ、司令の好きな食べ物って何かある?」
「そうですね……私はお煎餅が好きです」
「おせんべいって?」
「米や小麦を使った焼き菓子です。日本の和菓子のひとつで、主にしょっぱいものが多いですね」
「ふぅん……」
司令の話に耳を傾けつつスマホで検索をかけてみる。茶色くて薄く円状にのばして焼いてあるそれを見つめながら、俺は司令が好きそうなお煎餅はイーストにあるお店に売っているだろうか?とか考えていた。ウィルに聞いたらもっと色々教えてもらえるかな?
今ではすっかり彼女に興味が湧いていて、彼女の考えや好きなものどんなことでも触れてみたかった。
この感情に明確な名前をつけるのは簡単だけど、それをしたところで彼女にとっては今はたぶん煩わしいだけなのはわかっている。
今は敢えて『興味』があるという気持ちだけで保留にしている。
なのに。
「フェイスさんの好きそうなショコラを使ったお煎餅もありますよ」
「へっ……!?」
彼女のそんな何気ない一言にひどく動揺してしまった。
「アハ、司令って俺の好物覚えてくれてたんだ?」
動揺を隠すようにいつもと同じ明るい軽口で返す。
彼女は珍しく少し目を見開いたあと、ふっと微笑んできた。
「フェイスさんの好きなものは忘れませんよ」
その笑顔を見た瞬間、俺はもう認めてしまうしかなかった。
俺のこの感情は気のせいでも勘違いでもなく、彼女のことが『好き』なんだって。
上目遣いではにかんでくれた彼女の瞳に、俺を特別な存在として映したくなっちゃった。
「ねぇ、司令。その俺の好きそうなお煎餅、一緒に食べに行かない?」
彼女に調子を狂わされてばかりの俺だけど、
アンタのその笑顔をいつか俺だけで独り占めしてみせるから、覚悟しててよね。