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    fmk118

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    特掃のあしやさんとバイトのふじ◯くんの最初のところ
    (ぷらいべったーから移植)
    細かいことは気にしないでください

    「へ、閉店ですか?!」
    「ごめんねぇ、立香くん……」
     大学二年生の夏休み。アルバイト先である個人経営の書店で立香を迎えたのは、ひどく申し訳なさそうな顔をした店主だった。
     立香の住むアパートから徒歩十五分の場所にあるこの書店は地域の住民たちからも愛されており、立香自身もレポート用の参考書や趣味の本を購入するにあたり幾度も世話になってきた。老店主が腰を痛めたのをきっかけに始めた書店でのアルバイトは、いつしか彼の中で大きくウェイトを占めていた。それがなくなってしまうなんて。
    「私ももう歳だからねぇ、そろそろ店仕舞いしようと思って。しばらくは法人向けに教材の仕入れをしてくけど、今年一杯でそれも終りにするつもりだよ。本当に、今までありがとうねぇ……」
    「そんな、オレの方こそありがとうございました!」
    「立香くんの次のアルバイトが見つかるまでは、お店も開けてようと思ってるから」
    「ありがとうございます!」
     心優しい店主の気遣いに、深く頭を下げる。
     その日は予定通り就業し、店の二階にある店主の居住スペースで夕飯に相伴した。
    「立香くんが手伝ってくれるようになってね、随分と楽になったんだよ。もう、4年も経つのかぁ。大きくなったねぇ」
     両親が交通事故で亡くなったのは、立香が中学校を卒業した翌日だった。
     祖父が喪主となり粛々と葬式を済ませたあとは、電車で五駅ほどのところにある進学先の高校近くに住んでいた叔父の元へ引き取られることになった。立香が大学一年生になった頃、叔父は地方への転勤に伴い引っ越したため、立香はアパートに残り今も一人で暮らしている。
    店主は立香の事情を知り、ときたまこうして昼食や夕食に招いてくれた。それはかつての団欒を思い出させる、あたたかいひとときであった。
     そう思うと、収入源を失った痛みよりも、自分の居場所のひとつがなくなってしまうことの方がよっぽどつらい。
    寂しさから目の奥がじんわりと熱を持ったので、誤魔化すように白米を口いっぱいに掻き込んだ。

    「ごちそうさまでした。なるべく早くバイト見つけられるよう、頑張りますね!」
    「ありがとね、立香くん。帰り、気をつけてね」
    「はい。それじゃあ、失礼します」
     老店主に見送られながら、街灯に照らされた路地を歩く。時刻は午後八時。すっかりくつろいでしまった。
    「次のバイト、探さないとなぁ」
     できればまた家の近くか、大学の近くがいい。夏休みの間だけ短期のアルバイトを入れてもいいかもしれない。そういえば、夏季休暇に入る前に大学の友人から短期バイトに誘われたが、書店のアルバイトがあるからと断ってしまったのだった。
    たしか、リゾートバイトと言っていた。民宿に泊り込みで海の家や観光案内の手伝いをするのだとか。駄目元で声を掛けてみようかな。
     立香がポケットからスマートフォンを取り出して友人の連絡先を探していると、道の真ん中に一枚のチラシが落ちているのが目に入る。壁か電柱に貼られていたものが落ちてしまったのだろうか。
     大きなフォントで書かれた『アルバイト募集』という文字に惹かれ、立ち止まってチラシを見つめた。
     しかし、次の瞬間。
     立香はしゃがみ込んでチラシを拾い上げる。そこに書いてあった数字が信じられないものだったからだ。薄い紙が、クシャリと音を立てて歪む。
    「時給五千円?!」
     交通費全額支給、初心者大歓迎、勤務時間要相談、土日のみOK、書いてある住所は大学から近く、そして肝心の業務内容は……。
    「清掃……?」
     シンプルな二文字に首を傾げる。掃除自体は嫌いではない。同じく一人暮らしの男友達が自室に彼女を呼ぶにあたって、立香にヘルプを求めたこともあるくらいだ。
    しかしである。この高時給、何か裏がありそうな気がしてならない。
    「絶対、怪しいよなぁ……」
     見たところチラシはまだ真新しいので、貼られてから間もないのだろう。しかし、これだけの好条件なのだから、もしかしたらもう募集定員が満了してしまっているかもしれない。けれど。
     気が付けば、立香の指は片手に握ったままだったスマートフォンの画面を滑らかになぞり、『お問合せはこちらまで』という文言に添えられた番号をタップした。スマホを耳にあてると、何の変哲も無いコール音が鼓膜を震わす。
    『もしもし』
     数回の呼び出し後、電話に出たのはひどく心地良い男性の声だった。同性の立香が聞いてもどきりとするような、色気の滲む声。
    「もしもし、藤丸と申します。遅い時間にすみません。あの、求人のチラシを見たんですけど、アルバイトの募集ってまだされてますか?」
    『……ああ。ええ、ええ。お待ちしておりました』
     よかった。この様子だとまだ枠は空いていそうだ。心の中でほっと胸を撫で下ろす。
    「あの、履歴書を先にお送りした方がいいでしょうか? それとも……」
    『採用です』
    「………………え?」
     たっぷり数秒の間を置いてようやく出てきたのは間抜けな声。
    『この業界、深刻な人材不足でしてねェ。弊社も困っていたのです。ちょうどよかった。よろしければ、明日から来てくださいますか? 午前十時に、そのチラシに書いてある住所までお越しください。ああ、身一つで大丈夫ですので。それでは、よろしくお願いいたしますね。立香殿』
    「え、あのっ」
     捲くし立てるように告げられ、電話は一方的に切られてしまった。有無を言わせぬ勢いに、立香はスマートフォンを持ったままその場で立ち尽くす。
     怪しい。あまりにも怪しい。まるで詐欺か何かの手口のようではないか。喉に小骨が刺さったような違和感に、胸の辺りがモヤモヤする。
     どうしよう。やっぱりやめようか。
     しかし、これで新しい働き口が見つかれば、世話になった本屋の店主を安心させられる。各種条件も良い。いざとなったら、短期のつもりだったと言って切り上げさせてもらおう。それに、深刻な人材不足と言っていた。名字を伝えただけの立香を即採用してしまうほどに困っているのだろう。
     そういえば、電話口の男性は代表者なのだろうか。名前を訊ねる隙もなかった。
    「…………あれ?」
     そこでふと、先ほどの違和感の正体に気付いてしまう。
     彼は電話を切る直前、彼は何と言った?
    『よろしくお願いいたしますね、立香殿』
     きっと、立香の勘違いだ。記憶に無いだけで、自然に名乗っていたのだろう。そう、全く憶えていなくとも。
    真夏だというのに背筋が震えて、自分の身体を抱き締める。じんわりと汗の浮いた肌が生温くて、ただただ不快だった。

     翌朝。不安やら恐怖やらのせいでロクに眠ることもできず、立香はぼんやりとした頭と身体に鞭打って身支度を済ませた。
     チラシに記載されていた住所へ向かうと、古めかしい五階立てのビルに辿り着いた。爽やかな朝だというのに、このビルの周辺だけ切り抜いたように暗い気がする。
     階段脇に設置されたエレベーターは故障中らしく、『使用禁止』と書かれた紙が貼り付けられている。仕方がないので、大人しく階段で上ることにする。やけに静かな屋内に、立香の足音だけが大袈裟に響く。本当にここなのだろうか。そう思うくらいに人の気配がない。
     二階のフロアは、元はクリニックだろうか。割れたガラス扉から見える待合室らしき部屋は、くすんだ白で統一されている。本来はもっと清潔な色だったのだろう。
     三階のフロアは、事務所か何かのようだ。ドアの脇に看板が設置されているが、文字の部分はスプレーで真っ黒に塗りつぶされていて判別不能だった。
     四階は元スナックだったらしい。皹の入った置き型の電光看板がそのまま打ち棄てられている。
     しかし、下の2フロアと違って、この階はそこまで荒れている感じはしない。そして足元に目をやって確信する。床に埃が積もっていない。もしかすると、つい最近まで営業していたのかもしれない。
     小さな窓からの明かりを頼りに薄暗い階段を上って、ようやく目的の階に到着する。
     茶色い扉の中央に掛けられた『おひさまクリーニング』という横書きのポップなプレートを見て、眉間に皺が寄る。やっぱり怪しい。
     昨夜のちょっとした不思議体験は、立香の中で思い違いとして処理された。何故か名前を知られていた不気味さと、即採用高時給を天秤に掛けた結果である。
     コンコンコン、とノックを三回。
    「どうぞ、お入りください」
     答えたのは、昨日話した男性だった。電話越しでもわかるほどの美声が、今は扉一枚を隔てたところから聞こえてくる。色々な意味での緊張に、ドアノブを握った手が汗で滑ってしまいそうだった。
    「失礼します」
     せめて、あの男性との二人きりは避けたい。他の従業員がいることを祈って、立香はゆっくりとドアを開いた。

    「昨日お電話いただいた方ですね。ようこそお越しくださいました。ささ、こちらへどうぞ」
     大きい。
     第一印象はそれに尽きた。
    「拙僧、名を蘆屋道満と申します。この『おひさまクリーニング』の代表を務めておりまする。どうぞ、よろしくお願いいたします」
     完璧な微笑を湛えて立香を出迎えたスーツ姿の男は、日本の成人男性における平均身長をゆうに三十センチは越えていた。
     身長だけではない。握手のために差し出された手も、立香の顔が収まるほどに大きい。ぴかぴかに磨かれた革靴も、上品な生地で仕立てられたスーツも、きっと特注なのだろう。白黒の長い髪は特徴的にくるりと巻かれていて、手入れが大変そうだ。
    どこもかしこも規格外なのに、顔だけは普通の人と変わらないようだった。ただしそれは大きさに限った話であって、その造形はおそろしいまでに整っている。
     立香を見つめる真っ黒な瞳は、まるで深夜に井戸の底を覗き込んでいるかのような心地にさせた。裏葉色の化粧を薄っすらと施した目元と口元は、妖しい色気を醸し出している。身体つきは男性そのものであるが、仕草や顔の美しさのせいか、どこか女性的でもあった。
    「……藤丸殿? いかがなさいましたかな?」
     手を差し出したまま困ったように笑う道満に、慌てて返事をする。
    「え、あ、いえ! よろしくお願いします!」
     危ない。見蕩れてしまっていた。
     大きな掌を握り返すと、ぎゅ、と力を込められる。まるで大人と小学生くらいの差だ。立香の手なんて、簡単に握り潰せてしまいそうだった。一瞬どきりとしたけれど、柔和な笑みに警戒心が解けていくのを感じる。
     それに今、彼は立香のことを『藤丸殿』と呼んだ。やはり昨夜のアレは立香の勘違いだったのだ。
     パーテーションで仕切られた応接室に案内され、二人掛けのソファーに着席する。続いて、薄い紙の束を持った道満が小さなローテーブルを挟んで向かいのソファーに腰掛けた。
    「早速、業務の説明をさせて頂きますね。こちらの資料をご覧ください」
     受け取った資料には、この会社の業務内容の詳細が書かれており、最後の一枚は同意書になっていた。一枚目から順番に目を通していく。
    「特殊清掃……?」
     見慣れない単語に、思わず声が出る。
    「ご存知ありませぬか?」
    「はい。特殊っていうと、やっぱり普通の掃除とは違うんでしょうか?」
    「いえ、そのようなことはございませんよ。ええ、ご安心召されよ。そうですねェ……強いて言うなら、少々汚れが酷い物件の原状回復、といったところです。ごく普通の、ハウスクリーニングにて」
     道満は、そう言って笑みをいっそう深くした。
     そうこうしているうちに、資料は最後の一枚に到達する。正直、内容は半分ほどしか頭に入っていない。けれどここまで来た以上、やっぱりナシで、というわけにはいかないだろう。
     サインが必要な同意書だけは端から端まで読み込んでやろうと齧りつくが、特段おかしな項目はなかった。『作業中における事故は全て従業員の自己責任とする』などの、とんでもないことが書いているわけでもない。雇用期間に関する記載も特にないので、先に訊いておくことにする。
    「すみません、今は長期休暇中なのでいくらでも入れるんですけど、夏休みが終わったらシフトの相談をさせていただいてもいいですか?」
    「勿論かまいませぬ」
    「あと、これは言い忘れていて……」
     おずおずと、上目遣いに道満を窺いながら言葉を紡ぐ。
    「もしかしたら、夏休みの間だけ、短期でお世話になるかもしれないんですけど……」
    「ええ、短期でも大丈夫ですよ。学生の本分は勉強ですからね」
     よかった。最初のやりとりのせいでかなりの不信感を抱いていたが、悪い人ではなさそうだ。念のため、の予防線もすんなりと受け入れられたことに一安心する。
    「そういえば、他の従業員の方はいらっしゃらないんですか?」
    「ええ。つい先日までアルバイトの方が一名いらしたのですが、急に辞めてしまいまして。藤丸殿が来て下さって、本当に助かりました」
     にこりと笑みを浮かべる道満は心からそう思っているようだった。当初に抱いた淡い期待は儚くも打ち砕かれてしまったが、この人ならば大丈夫だろう。
    立香はホッと息を吐き、同意書にサインした。

    「では早速、本日の現場へ参りましょう」
    「これから、ですか?」
    「ええ。といっても、藤丸殿には簡単なサポートをしていただくだけですから」
    必要機材はもう積んでありますので、すぐに出発しましょう。と言う道満のあとに続いて事務所を出る。
    来たときと同じように階段を使うのかと思いきや、男は階段脇のエレベーターのボタンを押すではないか。
    「あの、蘆屋さん? そのエレベーター使用禁止って書いてありますけど……?」
    「ンン……? ああ、『これ』は少々クセが強いので。初見の方にはおすすめしておらぬのです。故に、便宜上『使用禁止』とさせていただいておりまする」
    「へ、へえ~……ソウナンデスカ……」
     前言撤回。この会社、というかこの人、やっぱりやばいかもしれない。
     チン、という軽快な音がエレベーターの到着を告げ、『使用禁止』の紙が貼られた扉がわずかな機械音にあわせて開く。ビルの外観に見合った古い型のエレベーターは、先に乗り込んだ道満の巨躯にみしりと軋んだ。ふと見上げれば、彼の頭は旧型の小さなエレベーターの天井に届かんばかりだ。道満の言葉よりも定員オーバーの方が気になるが、流石に失礼なので口には出さない。
     渋々足を踏み入れると、鉄の箱は、道満の半分にも満たないだろう立香の体重を難なく受け止めた。
    「憶えてしまえば、どうということはないのですよ。その日によって『機嫌』の善し悪しはありますが。ええ、基本は変わりませぬ」
     歌うように美しい男は呟いて、どういうつもりか今いる五階のボタン、そして『閉』ボタンを押した。当然、エレベーターはすぐにチン、という音を立てて扉を開く。次に、目的階である一階のボタンを押さずに他の階のボタンを不規則に押していく。
     3、2、4、2、3、4、1、『閉』。
     再び扉を閉ざしたエレベーターは、滑車の回る音を響かせて下降していく。このままだと、次は四階で停止するはずだ。
    「あれ?」
     しかし、立香と道満を乗せたエレベーターは停まることなく二人を運ぶではないか。
     四階を過ぎ、三階を過ぎ、二階を過ぎ、そして一階へ。
    唖然とする立香をよそに、道満はエレベーターから降りてしまう。
    「藤丸殿、お早く。扉が閉まりますぞ」
    「あ、はいっ」
    慌てて後に続いて外に出ると、鉄箱の扉は閉まり、再び上昇していった。
    「今日は『機嫌』が良い日だったようです。ああ、藤丸殿はお一人のときはまだ使わぬ方がよろしいかと思います。……どうなっても、知りませぬぞ?」
    「あはははは……ソウデスネ……」
     立香は誰も待ってなどいないはずの上階へ戻ったエレベーターのことを思い、乾いた笑いを発することしかできなかった。
     こんな怪しいエレベーター、たとえ大荷物を抱えていようと使うものか。


    とりあえずここまで
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