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    グレムル前提のヒスムル(仮)19話
    日常パート②

    グレムル前提のヒスムル(仮)19話午後19時34分。
    グレゴールはムルソーが今日退勤しない事を確認して、家に帰る前にヒースクリフに電話を入れた。

    『もしもし?』
    「もしも〜し、今日まだ晩ご飯作ってないよな?」
    『まだだけど。』
    「よし。食いたいもんあるか?スーパーで何か買って帰るよ。」
    『うーん……じゃあ醤油ラーメン。』
    「オッケー。他には?」
    『とりあえずお菓子を……』
    「よしよし……今夜はパーティーだぞ〜……」

    グレゴールは電話を切ってスーパーで色々と買い込んだ後、家路についた。

    「たっで〜ま〜!」
    「おかえり〜……ってうわっ……!」

    玄関まで来たヒースクリフの頭をわしゃわしゃと撫でる。

    「今日も頑張ったろ?ん〜よしよし……」
    「子供みたいな扱いやめろって……もう結構大人なんだぞ。」
    「そうかぁ?俺にとってはまだ可愛い可愛いヒースクリフのままなんだけどなぁ。」
    「……」

    ヒースクリフが頬を膨らませた(ように見えた)。

    「たまには息抜きしようぜ。よって今日はパーティーだ。」
    「アレ買って来てくれたか?ポテチ。」
    「勿論。しかも3種類揃えてありますぜ。」
    「よし……じゃあ早く晩飯食おうぜ。ポテチ食えねーだろ。」

    ポテチは夕食を済ませてからと言う所にやはり育ちの良さと言うかヒースクリフの性質が窺えた。

           *  *  *

    テレビを見ながらカップ麺を平らげてポテチを2人で摘んでいると、ヒースクリフが不意に袖を捲り始めた。

    「そう言えば、最近筋トレ始めたんだよ。ほら!どうだ?」
    「……」

    その腕には小さな上腕二頭筋が自らの存在を主張していた。

    (……ちっさ……いや……少な……)

    自信満々な様子で目を輝かせながらグレゴールの返事を待っているヒースクリフには申し訳無かったが、ひとまずトレーニング方法を聞いてみる事にした。

    「あー……何で鍛えてるんだ?」
    「ムルソーのダンベル。」
    「……うん……まあ……効果的ではあると思うけどな……」
    「……何だよ?」
    「……施術の方が早いぞ……」
    「……施術……?」
    「うん。免許取得して事務所とか協会に所属すればある程度費用負担してもらえるんだけどな……」

    都市のフィクサー、職場によっては一般人でも肉体の強化施術によって簡単に手早く筋肉を増強出来るのがこの時代だ。

    勿論地道にトレーニングを重ねる人間も居るには居るが……そう言う奴は大抵が趣味でやっている奴で、仕事の為に肉体を強化する奴は殆どが施術を選んでいる。

    金は掛かるがその分早く、楽に強化出来るからだ。

    物によっては安くともその後の維持が必要な場合もあるのでムルソーは維持の為にダンベルを持っていたのだろう。

    ……まあ、ムルソーのような働き方をしていればどんな施術を受けたとしても筋力は落ちるだろうが。

    「……そうだったのか……」
    「俺は金無かったから殆ど自力で鍛えたけど……まあ、施術の方が良いと思うよ。無理な鍛え方しても良くないし。」
    「……でも……金、掛かるんだろ……?」
    「それはもう投資してもらうって思った方が良いよ。投資してもらってその分働いて返すんだよ。」
    「……うーーん……」

    ヒースクリフはポリポリとポテチを咥えて上下させながら唸った。

    「……金、使うのが嫌なのか?」
    「だってムルソーかおっさんのだし……」
    「……」
    「それに、使わずに済むなら使わないに越した事は無いだろ?」
    「まあ、そうだけどな……」

    ヒースクリフは金銭面に関してはデリケートな節がある。
    今までその事が重荷になって拗れた事が何度もあったのでグレゴールもあまり強くは言えなかった。

    だが、それでも……

    「……ムルソーは喜んで出すと思うけどな……」

    最早親バカの域に達しているムルソーなら貯金がある事も相まってヒースクリフに惜しまず投資するだろう。

    「……それが申し訳ないんだよ……」
    「……そうか……」

    どう足掻いても罪悪感が付き纏って来るらしい。

    何だかしんみりした雰囲気になっていると、玄関が開錠される音が響いた。

    「「え?」」

    2人して間抜けな声を上げて玄関を見てみると、当然の事ながらムルソーが帰って来た。

    ムルソーはリビングに入って来るとグレゴールが咄嗟に腕で隠したポテチを穴が開きそうな程見つめた。

    ……明らかに良く思っていなさそうな顔で。

    「えーっと……今日、帰れないんじゃなかったのか……?」
    「……ガラムが少しだけ処理してくれたので丁度良い所で切り上げる事が出来た。」
    「あ、ああ、そう……」
    「……夕飯は。」
    「テキトーに済ませたけど……」
    「……カップ麺か。」
    「……うん……」
    「…………」

    ムルソーが重い沈黙を放ち始めた。

    「あー……その、さ。言いたい事は分かるけどヒースクリフだって毎日メシ作るの疲れちゃうだろ。それに毎日カップ麺食ってる訳じゃないんだから……」
    「……分かっている。」
    「……その割に不機嫌そうだけど?」
    「……元はと言えば、私が作ってやれないのが原因だ。」

    ムルソーはそれだけ言って洗面所に消えていった。

    「……あの人も結構面倒くさいよな。」
    「もうちょっと保護者らしい事したいんだろうなぁ……」
    「保護者らしい事?」
    「……まあ、色々だよ。今のだって多分山程言いたい事あったけど我慢したんだろうよ。……親ってのは基本口出したがりだからな。」
    「……」
    「まあ、ヒースはそんなに気にしなくて良いと思うよ。これはあいつの問題だから。」
    「……ん……」



    まだ冷水に近いシャワーを頭から浴びて滴り落ちていく水を眺めた後に目を閉じる。

    言いたい事が沢山あった。

    野菜はちゃんと摂ったのか、何時に夕飯を食べたのか、そもそも今は22時だスナック菓子を食べる事は推奨されない、そうだグレゴール、19時頃に私が帰宅するかどうかを聞いて来たのはこの為だったのか何故そうコソコソする必要があるんだ素直に言えば良いものを……いや、言われたとしても到底許容出来ないが。

    ああ……だが、それも全て……私が家に帰る頻度が少ないからだ。

    私が……ヒースクリフを拾ったのに……

    数日分の食事を用意するどころか定期的に帰る事すらも出来ていない。
    当然ろくに話せてもいない。
    本当は……もっと貴方と一緒に居たいのに……

    「……はぁ……」

    シャワーを止めてシャンプーで髪を洗った。


    髪を乾かす頃には少し冷静になっていた。

    まず、明日のご飯とレシピの用意をしようと思った。

    洗面所から出るなりおかずを用意してその合間と後にレシピをひたすら書いた。

    そんな事をしている内にグレゴールが就寝してヒースクリフがそろそろ寝る事を催促して来た。

    「うむ……あと少し……」
    「……俺よりも先に自分の体の方大事にしろよ……」
    「……」

    怒られたような気がしてヒースクリフの顔を見てみると、ヒースクリフは心配そうな顔をしていた。

    そうだ、ヒースクリフは心配性なのだった。
    この子をあまり心配させてはいけないな……

    「……そう、だな……すまない。」

    壁際で寝ているグレゴールを起こさないように(いびきをかきながら爆睡しているので大丈夫だとは思うが)ベッドに横になった。

    目を閉じるとヒースクリフが小声で話し始めたので目を開いた。

    「……あの……さ……あんたは、免許取った後に、何か……訓練とかしたのか?いや……したとは思うけど、具体的に何やってたんだ?」
    「……そうだな……まずは肉体強化の施術を受けた。」
    「やっぱそうなんだな……」
    「……自力で鍛えるつもりだったのか?」
    「……それが常識って知らなかったんだよ……家にダンベル置いてあるからそれで鍛えてたのかなって……」
    「……」

    学校に通っていないのもあるのだろうか。
    やはり知らない事が多いようだ。

    「……やっぱこれ、一般常識だったんだな。」
    「……そう、だな。」
    「……学校……頑張って通っといた方が良かったのかな……」
    「……否定はしない。だが……貴方の事だ。事情があったのだろう?」
    「……ん……」
    「……この事務所なら、きっと受け入れてくれる筈だ。……他にも、事務所はあるだろうが……」
    「……分かってるよ。でも、俺はあんたと一緒に働く。……そもそもさ、あんた俺が別の事務所行ったら仕事手につくのか?」
    「……つかない、だろうな。」
    「ふふ……だからもうそんな事言うなよ。俺が決めた事なんだから。」
    「……すまない。」

    ……少し、干渉し過ぎたのかもしれない。

    だが……心配なものは、心配なのだ。

    「……でも……ありがと。ちゃんと俺の事考えてくれて……」
    「……」

    ヒースクリフが肩に額を擦り付けて来た。
    私はすぐさまヒースクリフの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でた。

    「ふふっ……段々あんたがどんな事考えてんのか分かって来たぜ。」
    「……なら、当ててみろ。」
    「は?おい……それは卑怯だろ……」
    「ほら、言ってみなさい。」

    ヒースクリフはムッとした顔でもごもごと答えた。

    「……か……かわいいな……とか……どうせそんな感じだろ……」
    「ふむ……貴方は自分を可愛いと思っているのか。さっきの行為も可愛いと思ってやっていたんだな。」
    「おいこらーー!」

    怒ったヒースクリフに両頬を摘んで伸ばされた。
    ……地味に痛い。

    頬を摘む力が弱くなると、今度はその部分を労るように手のひらに包まれた。

    「揶揄うなよぉ……」

    唇を尖らせるヒースクリフの頭を撫でながら「すまない」と呟いた。

    「……俺、本気なんだからな。あんたの事分かって来たって言うの。」
    「……」

    その言葉に、胸がざわついた。

    ヒースクリフが少し嬉しそうな顔だから、余計に。

    「……いつか……あんたと息ピッタリに動けるようになる……」

    そう呟きながらヒースクリフは眠りに落ちて行った。

    私は……ある事が頭の中に居座っていて、中々寝付けなかったが……その内眠ってしまった。



    翌朝、グレゴールと2人で家を出て事務所に向かった。

    「そう言えばヒースがダンベルで筋トレしててさ……強化施術勧めたんだけど、お前的にはどうだ?」
    「……受けさせない理由は無いな。」
    「やっぱそう言うよな。ヒースがやたら渋ってたからさ……お前から何か言ってやれよ。」
    「……そうだな……」

    彼が気にする事は無いのに……いや、むしろもっと好きに使ってくれて良いのに……

    「……」

    また、脳裏を過った。

    「……そう言えばヒースクリフは……どの武器を使うつもりなのだろうか。」
    「んー?鋸だってさ。剣みたいでカッコいいんだとよ。ふふ……」
    「……そうか。」

    それを聞いて少し安心出来た。

    槌は……あまり思い出したくない物が頭を過ぎるから。
    特に両手槌は……

    「訓練付けてやんないとなぁ。」

    その言葉にはっと我に帰った。

    「そうだな。」
    「……ムルソー?やる気の所悪いんだけど多分お前相手だと……」
    「何か問題があるのか?」
    「訓練にならないと思うぞ〜……お前だと……」

    グレゴールは困った顔でそう言った。

    「……何故私ではいけないんだ?」
    「……お前はそう言う所分かるようになってからヒースと話した方が良いぞ……」
    「……それを今理解しようとしているんだ。」
    「はぁ〜……お前なぁ……例え訓練だとしても特別な相手に武器向けられるのかって話だよ。」
    「……向けて来そうだが。」

    昔色々な所を殴られたのを思い出してそう返した。

    「大体お前ヒースのレベルに合った訓練付けられんのか?」
    「勿論だ。私を鬼教官だと思っているのか?」
    「そうだよ。お前ヒースのレベル高く見積もってハードな訓練付けるだろ。今から予言しとくぜ。」
    「む……」

    何だか悔しかった。
    ヒースクリフにしてあげられる事をしてあげようと思っただけなのに何故こうも詰られなければならないのか。

    「……まあ、気持ちは分かるけどな……お互いの差は考えてやれよ。」
    「……」

    釈然としないまま事務所に着き、それぞれの仕事場に向かった。

           *  *  *

    「……」

    最近、私はある問題を自覚するようになった。

    眼精疲労からか、頭痛がする。

    身体的な疲労がずっしりと、私にのしかかっていた。

    「ふぅっ……!」

    長年愛用している槌を振るうだけでも、疲労がどこからか滲み出て来て体勢が崩れそうになる。

    「はぁ……はぁ……」

    少し動くだけでも、ずっしりとした疲労感が付いてくるようになった。

    定期的に休んで疲労が回復した事で、疲労を感じやすくなったのかもしれない。

    少し苛立ち、その勢いで隙を突こうとした敵の頭を振り抜いた。

    感覚が麻痺していつの間にか死ぬよりはマシだとは分かっていたのだが……やはり、良い気分ではなかった。

    「おい……大丈夫かお前。」
    「……」

    背後から声が聞こえて来たので姿勢を整える。

    「問題ありません。」
    「嘘つくなや。さっきよろけてたろ。」
    「……それが何だと言うんですか?」

    槌の持ち手を握り締めながらゆっくりと振り返る。

    「少なくとも貴方には関係の無い話ではないのですか?」

    ……ガラム。

    「……」
    「今更貴方に心配される筋合いはありません。それ以外に用が無いのなら早くどこかに行ってください。」

    溜め息を吐いて歩き出すと……

    「許してほしい訳じゃねえけどよ……"薄情"って言ったのは撤回するよ。」
    「……」
    「……悪かった。」

    彼が去ったと気付いた時には建物の壁にもたれ掛かっていた。

    私の頭の中には……あの人の姿がハッキリと想起されていた。
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