蝶葬とN社最後の異端を貫き、断末魔を聞き届けた後、詰まった息を吐き出す。
……そろそろだ。
異端を貫き、地を舐めさせる事で高揚に浸る事がいつの間にか出来なくなっていた。
今、私の体を、頭を支配しているのは高揚ではなく、疲労感だけだった。
調整をしなければならない。
周囲に誰も居ない事を確認して釘から手を離し、仮面を取ってマスクに手を添えた時だった。
「……、」
視界の端から、1匹の蝶がひらひらと飛び、残骸の一つにとまった。
蝶はその場で羽根を動かしながら、残骸にじっと収まっていた。
ただの蝶かと思い、再びマスクに手を掛けると……
白い蝶の群れが背後から現れて、そこら中の残骸にとまり始めたのを見てまた手を止めた。
この数の蝶の群れは見た事が無い。
ましてや夜だ。
ひどく不吉な予感がした。
調整は部屋に戻ってからにしよう。
そう思い、仮面を付け直した時だった。
「酷い有り様だな……この辺は。」
「……!」
重い甲冑を動かし振り向くと、そこには黒いスーツを身に纏った男が立っていた。
右腕だけに、大きな蝶が何匹もとまっている。
よく見ると、その背には蝶の模様が描かれた棺を背負っている。
「こいつらをゴミみたいに殺して回ったのはお前か?」
その気怠げな片目が、こちらを見上げた。
その責め立てるような態度の割に、口角は上がっていたが。
「……不潔な物を浄化したまで。」
「あっそう……それがお前の主張なんだな。」
そう言って男はゆっくりとこちらに歩み寄って来た。
「こいつらにも魂はあったのになぁ……お前が一番聞いた筈だぞ?こいつらの痛い、やめてって言う魂の叫び声を……」
「……機械の戯言に過ぎん。」
「機械に魂は無いって?」
「……左様。」
「ふん……」
男は口角を上げたまま不機嫌そうに息を吐くと、背負っていた棺を少々手荒に下ろして目の前に立てた。
「さあ、おいで。」
男は棺を開き、私の……いや、私の背後へ手招きをした。
すると私の背後から無数の蝶がまっすぐと棺の中へ向かって飛んで行った。
「可哀想になぁ……こんな最期を迎えたくなかったろうに……でも大丈夫だ。向こうはここよりも良い場所だからな……」
「……」
向こう……とは、彼岸の事だろうか。
異端に彼岸など存在しない。
本来ならば、そう返している所だった。
だが……口から、その言葉を吐き出す事が出来なかった。
むしろ……彼等に救いがあるように思えて……止める事など出来そうもなかった。
「……随分静かだな?」
見透かすような目が、ニッと細まった。
必死に言い訳を考えて、男が喋るのを遮るように捲し立てた。
「貴殿のやる事に、意見をする権利は当人には無い。……貴殿が成したいのであれば、成せば良い……」
辛うじてそれだけを伝え、重い体を引き摺るように歩き出す。
側を通り過ぎようとすると……男が、すんすんと鼻を鳴らした。
「……良い匂いがするな。」
「……?」
「死体の匂いだ。くっくっくっく……」
私から死体の匂いがするのは当然の事だろう。
何人も……葬っているのだから……
だが……この男は、私自身が死体のようだと言っているように見えた。
「お前が死ぬ時は迎えに行ってやるよ。そんなザマで死ぬ事になる可哀想なお前をな……くくくっ……」
「……」
苛立ちはあった。
だが、それを発露させる理由が見つけられずに、ただ睨み付けるだけに留まっていた。
「じゃあ、またな。」
男は棺を背負い、こちらに手を振ると、無数の蝶の群れになって消えて行った。
「……」
足下に転がる残骸を見ないようにして仮面を取り、マスクに手を掛けた。
視界の端に、白い蝶が見えたような気がした。