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    蝶葬と後悔のグレムル、後編
    すぐに支部でまとめまーす

    蝶葬と後悔 後編「……さあ、着いたぞ。」

    蝶男は棺から出て被験体の服を掴んで起き上がらせた。
    被験体は棺の外に広がる空間を見て目を丸くして固まった。

    全てが白と黒で統一されており、辺りには低い山が点々と存在していた。
    そして空には白と黒の蜘蛛の巣のような筋が入っており、無数の蝶がこの空間を羽ばたいていた。

    「さあ……邪魔だから取ってあげようか。」

    蝶男は被験体の口元の轡を取ってやった。
    被験体は大人しかった。
    目の前に広がる光景に驚いているからなのか、蝶男と二人きりの状況だからかなのかは分からなかった。

    「あは……動かないな。まあのんびりしなよ。ここには脅威なんて何も無いからな。」

    蝶男は立ち上がって棺の側から離れて小山の側に座り、咥えていた煙草を口から離して煙を吐き出した。

    蝶達と過ごすのが退屈な訳ではないが、話し相手が増えるのは嬉しい事だ。

    死なないと言う事は消えたりはしないだろうから長い間可愛がれるだろう。

    「……あ、そうだ。あんさん、腹減ってたりは……」

    そう聞こうとした瞬間にか細い、小さな小さな悲鳴が聞こえた。

    蝶男以外には聞こえないであろう、蝶の悲鳴だ。

    悲鳴が聞こえた方を見てみると、被験体が大口を開けて蝶を次々と食べていた。
    その口に入る度に、蝶の悲鳴が聞こえて来る。

    「……」

    蝶男は溜め息すらも吐かずに顔からフッと感情を消し、迷い無く二丁拳銃を握って被験体の頭に撃ち込んだ。

    「ぅゔっ⁉︎」

    白と黒の光に何度か貫かれたと言うのに、被験体は死なずにその場で悶える仕草をした。

    「……ほんとに死なないのか……」

    蝶男が近付くと被験体がびくりと体を震わせた。

    「……あんさんをここに置くのは良いんだが……ちと躾が必要だな……」

    また低い位置を飛ぶ蝶を食べようとする被験体の額に銃口を突き付けると、被験体は怯えた目で蝶男を見上げた。

    「駄目だ。こいつらは食っちゃいけないんだよ。言葉分かるだろ?」
    「だが、腹が減って……」
    「……うん。分かった。何か考えるからこの蝶達だけは食うな。」

    被験体はひとまず頷いてくれた。

    蝶男はやはり信用出来なかったので猿轡を装着させた。

    (とは言え……どうしたもんかな……)

    蝶男も蝶達も栄養を摂る必要が無い為、食べられるような物はここには無かった。

    生きている人間と関わり合いになる事も殆ど無かったので金もタダで飯を食わせてくれるツテも……

    「……あ。」

    あった。
    飯の調達先が。

    「……ちょっと一緒に行こうな。」

    蝶男は再び被験体と共に棺に入った。

           *  *  *

    被験体に実験と施術を施した研究所に赴いて"お話"をすればすんなりと了承してくれた。

    晴れて美味い飯を食べられた被験体を見て研究者達がどうやって消化しているのか、レントゲンを撮りたいなどと話し合っているのを横目に見ていると、一人の研究者が蝶男に話しかけて来た。

    「所で、貴方は一体どう言う存在なんだ?蝶の群れで出来ているようだが……」
    「ふん……ただの蝶だよ。」
    「ただの蝶が人の形を取って拳銃を使った挙句に瞬間移動するとでも?」
    「はぁー……あんたらとは違う次元の蝶なんだよ、俺は。」

    最初の記憶は人が死んだ時、どこへ行くのか疑問を覚えた時だった。
    そこからは曖昧だが、やがて蝶達と楽園へ旅立てるように動き出して、今では沢山の蝶に囲まれる事になった。

    「と言うか……俺なんかまだ序の口だろうさ。それと、あいつも多分俺と同じ類の存在になっちまった奴だ。」

    被験体は度重なる人体実験の結果、人体の限界に達し、人間の域から抜け出てしまったのではないかと蝶男は思った。

    その境界線については蝶男も気になる所だし、恐らく研究者達にとっては人生を賭ける程の目標になるのだろう。

    「……まあ、精々頑張ると良いさ。ただし……」

    蝶男は研究者達を見遣った。

    罪悪感を忘れた様子の者、まだ残っている様子の者、実験と課題に関して常に頭を悩ませている様子の者、好奇心に満ち溢れている様子の者……

    それら全員が被験体にしたような事をまた繰り返すのだと思うと、自然と眼差しは冷たくなっていった。

    「お前らが死んだ時に、俺はお前らを導いてやらない。ずっと彷徨ってるんだな。」

    蝶男は立ち上がり、何か物言いたげにこちらを見上げる被験体に微笑み掛けた。

    「さ、帰ろうか。」


    「……所で、お前は何て言うんだ?名前。」
    「……ムルソーだ。」
    「そっか。これからよろしくな、ムルソー。」
    「……貴方には名前は無いのか?」
    「……そうだな。人間みたいに親が居る訳じゃないし……名付けてくれる存在も居なかったからな。」
    「……私が、付けようか。」
    「……あんさんが?」
    「ああ。」
    「……じゃあお願いしようか。どんな名前付けてくれるんだ?」
    「………グレゴール。」
    「おお、てっきり蝶みたいな名前付けられるかと思ってたよ。」
    「貴方にはこの名前が合うような気がした。」
    「ふふ……ありがとよ。ムルソー。」
    「……グレゴール。」
    「ん?何だ?」
    「……ありがとう。」
    「……いいんだよ。いつか一緒に楽園に行こうな。」
    「……ん。」
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