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    囚人グレムル
    ムルソー君がグレゴールの朝の支度を手伝ってくれる話

    朝の支度「……ん……ふわぁぁ……」

    隣で眠っていたムルソーが支度を始めた気配で目を覚ましたグレゴールは、起き上がってぐっと体を伸ばした。

    ベッドの側に備えてあるタンスから眼鏡を取って付けて、それでもぼやけている視界でふらふらと足先を動かしてスリッパを履いて立ち上がった。

    ムルソーと共に朝を迎えるようになってからもう3ヶ月が経つ。
    とは言っても、恋人と言う程甘い関係ではなく、ただお互いのメンタルケアやストレス発散を兼ねて晩酌を共にしたり、時々体を重ねるような関係なのだが。

    ムルソーは朝起きる時に寝ているグレゴールに対して一切遠慮をしなかった。
    静かではあるが物音を立てないようにだとか起こさないようにだとかは一切考えていないような気がする。
    それが悪いとは思わなかった。

    起こしてもらえずに寝坊、遅刻するなんて事が本当にありそうだから、むしろ起こしてもらえてありがたいのだ。

    それに……何だか、ムルソーの朝を自分も同じように過ごせているようで少し嬉しいのだ。

    着替えを終えて歯を磨いていると、ヘアワックスを掛けている最中のムルソーが何か言いたげに鏡越しにグレゴールを見ていた。

    「ん?どうしたんだ?」
    「髪が乱れている。結き直すべきだ。」

    ムルソーはグレゴールが後ろで適当に束ねている髪の束を見て言った。

    情事に及ぶ際も結き直すのが面倒で滅多に髪を解かずに寝たりするのでボサボサの毛束が出来上がっていた。

    「ん……つってもな……」
    「……私が結き直そう。」
    「ん、ありがと。」

    ムルソーがゴムを取り、案外優しくブラシを入れた。
    普段拳で戦っているものだから、てっきり雑に入れられるのかと思ったが、やはりムルソーはいかなる仕事であっても手を抜かないらしい。

    ムルソーが少しずつ髪の絡まりを解いている内に、グレゴールの歯磨きは終わってしまった。
    少し待った後に漸くブラシが難無く通るようになり、髪が結かれた。

    「……なんか……申し訳無いな……」
    「時間に関してはまだ余裕がある。」
    「いや、お前さんはもう少し早く動きたかったろうにって……」
    「問題は無い。私に実行しようとする意思があってやっている事だから。」
    「それなら良いんだけど……」

    ムルソーは何だか、肝心な部分は言ってくれない節があった。

    意図を伝えると言う事が無いのだ。
    ある意味「察しろ」と言う感じに思える。

    それはともかく、支度の最後の段階であるネクタイを結んでいると、ムルソーが手を伸ばして来た。

    身を任せていると、あっと言う間にネクタイが結ばれ、そっと首までの位置を合わせられた。

    ネクタイは普段では考えられない程綺麗に結ばれていた。

    「……なんか……今の、良いな……」
    「……?」
    「……夫婦みたいで……」

    付き合ってこそ居ないが、時にはグレゴールもこんな日々を想像する事があった。

    「……私はただ貴方のネクタイを結んだだけだ。」
    「うん、分かってるけどな。でもなんか嬉しかったんだよ。」
    「……」
    「良ければまたやってくれよ。ふふっ……」

    ムルソーは普段と変わらない顔をしていたが、グレゴールは満足していた。


    その後、毎朝ムルソーが部屋に来てグレゴールのネクタイを結ぶようになったのはまた別の話。
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