グレムル前提のヒスムル(仮)15グレゴールの家に着くと、予想通り玄関先にゴミ袋が積まれていた。
家に入ってみると、確かに片付いていたがまだ荷造りは済んでいないようだった。
それだと言うのにグレゴールはビールを片手に何でも適当に段ボールに放り込んでいた。
「どうしたんだよ急に?今日はヒースクリフと一緒に居るんじゃなかったのか?」
「……ヒースクリフが、貴方の様子を見に行こうと言ったから、私一人で来た。」
「……なんで??」
私は手早く段ボールの中を整理し、不要だと判断した物をゴミ袋に詰め始めた。
「わっ……!ちょ、待て待て!勝手に見るなって!」
「……何か不都合でもあるのか?」
「いや……終わったやつにテープ貼ってないからさ……」
グレゴールは髪をかき上げながらぶつぶつと言ってテープを貼りに行った。
「……」
今まで部屋の掃除を私に任せていたと言うのに、何故今になって慌てるのだろうか。
そう思ってグレゴールが向かう先を見ていると、グレゴールがバッと振り向いた。
「……何だよぉ。」
「……何か隠していないか?」
「んっんん……無いけど……」
「……」
グレゴールが真っ先に封をした段ボールを覚えてから荷物の整理に移った。
彼は昔から必要な物と不必要な物の断捨離が出来ない人間だった。
だから部屋に来る度に私が掃除をして、また来た時に掃除をするのを繰り返していたのだが……いつの日からかお互いに多忙になって体に触れる機会すらも無くなってしまった。
そう言う意味では、ヒースクリフはある意味私達を繋ぎ直してくれたのかもしれない。
「……」
グレゴールのベッドはまだ手付かずの状態だった。
ひとまず整理を終える事にした。
(はぁ〜危ねえ……見られるとこだった……)
グレゴールはムルソーが部屋に戻ったのを確認してからいそいそと段ボールに封をしていった。
ムルソーに覗かれた時、フェイクで何の重要性も無い荷物を優先して良かったかもしれない。
(一番大事なのは最後に……と。)
大事な……と言うよりも目に触れてほしくない荷物を最後にしてグレゴールは部屋に様子を見に行った。
ゴミ袋がかなり膨らんでいた。
「……ムルソー……?お前、アレは流石に捨ててないよな……?俺のお気に入りのラバランプ……」
「ちゃんとしまってある。だがタオルは私の家に充分備えてある。」
「だからって全部捨てるか?今までずっと使ってたのに……」
「……グレゴール。」
ムルソーが声を低めた。
「常にその考えで居ては困る。」
「……分かってるよ。でもさぁ、お前にだって愛着のある物とかあるだろ?そのベルトとかさ。」
「捨てたらその存在もいつか忘れる物だ。貴方も忘れる事に慣れた方が良い。」
「……人に捨てられた物忘れろって言うのも変な話だけどな。」
全く、と小さく溜め息を吐く。
一度ゴミ袋に放り込まれた物はこっそり戻そうとしても無駄な事を知っているので諦めて袋を縛った。
これらが入っていた段ボールは殆どが畳まれていて、残った荷物はたった2つの段ボールに詰め込まれていた。
ゴミ袋を廊下に運んで段ボールに封をするとグレゴールはベッドに寝転がった。
「……なんか、懐かしいなぁ。お前が俺の部屋掃除してんの。いつから俺の部屋来なくなったんだっけ?」
「……覚えていないが、およそ2年前だと記憶している。」
「2年か……俺ら、よくこれで続いたな。」
ムルソーがこちらを見る気配がして、グレゴールもそちらを見た。
「こうやってまたまともに話すようになったのもさ……ヒースクリフが来てからだよな。」
「……そうだな。」
「へへ、あいつには感謝しなきゃなぁ。」
そう言って笑うグレゴールを見て……私は目を逸らした。
……貴方はいつも……私とヒースクリフを引き合わせてくれた。
それを当たり前のようにやって、貴方はあまつさえ身を引こうともした。
「……貴方に嫉妬の感情は無いのか?」
グレゴールはきょとんとした顔でこちらを見た。
「そりゃあ……あるに決まってるじゃんか。今は嫉妬する理由が無いだけで。」
「……何故だ?」
「ん〜〜……ヒースクリフが知らない事を知ってるだけで充分って言うか……」
「……だが、ヒースクリフにしか見せない顔があるのも確かな筈だ。」
「そりゃぁそうだろうな。」
「……」
「でもまあ……なんか、あいつ相手だと許せちゃうって言うか……そんな嫉妬する程の事じゃないかなって。」
「……では……」
……嫉妬していたのは、私だけだったのか。
私がその言葉を飲み込んでいると、グレゴールがおかしな物を見るような目で私を見て来た。
「では……何だよ?」
「………私は貴方とヒースクリフ、どちらに嫉妬していたのだろうか。」
出来る限り二人で居てほしくないと思っていたが、それはどちらに対して思っていたのだったか。
ヒースクリフがグレゴールに対して心を開いている事に関しては確かにグレゴールに嫉妬していた筈だ。
だが……二人が話しているのを見て、二人で会うのを知って、もやもやとするのは……
「……案外どっちにもだったりしてな?」
「……」
「まあ、本当の事は俺には分かんないけどな……」
そう言ってグレゴールは手を枕にして目を閉じた。
(……どっちにも……)
……私は、いつから彼を意識し始めたのだったか。
「……」
あの時……彼は私にお節介な程に説教して、表情をころころと変えて、私の世話をしてくれた。
彼の方から、距離を縮めて来たのだ。
「……あの時の私は……」
「ん?」
「……貴方が、少しずつ距離を縮めて来るものだから……貴方の方から、触れて来るのではないかと思っていた。」
グレゴールはぽかんと口を開けて私を見た。
「……初めて聞いたんだけど?」
「そうだな。話す機会が無かったから。」
「……んで?」
「……だから、心構えはしていた。いざと言う時の準備も……」
「……そりゃ……悪い事したな……」
「そうだ。結局……私の方が、貴方に惚れていたんだ。」
沢山の初めてを、彼に捧げた。
あの時……私を置いて行かずに、戻って来た貴方に、身を捧げようと思った。
いや……触れてほしいと、思った。
そして、実際に触れてくれた。
「……ああ……漸く理解した。私は貴方とヒースクリフ、両方に嫉妬していたんだ。」
口角は自然と上がって、目は細まっていた。
グレゴールは寝転がったまま当惑している様子を見せてから起き上がって、縁に腰掛けて隣に座るように促した。
「……その……なんだ……割と、嬉しいよ……へへ……」
「グレゴール。」
「ん、ん?」
彼の太腿に自分の太腿を擦り寄せて、逃げ場を無くす為に彼の左脇に手をついた。
「……セックス、したい。」
至近距離で囁くと、グレゴールの耳がどんどん赤く染まっていった。
「……お前さん……荷造りの仕上げしに来たって言ってましたよねぇ……?」
「明日でも出来る。」
「おま……っ、泊まるつもりかよ⁉︎ヒースクリフは、」
「……」
「……っ、」
ムルソーの目を見て、グレゴールは性欲に負けた。
(すまん、ヒースクリフ……次いつ出来るか分かんねえから……)
そうだ、ムルソーの方から誘って来たんだ。ムルソーが悪い。
だってこいつが1人でのこのこ来るから、なんかエロいし、こんな目で見てくるから、こんな風に誘って来るから……!
(……荷物運ぶ時に何か買ってやろう……)
ムルソーの胸に手を這わせながらそんな事を考えた。
「……」
ヒースクリフはもう23時を指している時計を見てぼんやりと勘付いた。
(これ……今日は帰って来ないな……)
先に寝る事を決意して歯を磨いて……ソファとムルソーのベッド、どちらで寝るか迷った後結局後者を選んだ。
シーツを頭から被ってみると煙草の匂いがした。
ムルソーは吸っていないと言っていたので十中八九グレゴールの匂いだろう。
(……ムルソーが吸ってたらかっこよかっただろうな……)
……現実的に考えるとエナドリ漬けの毎日で更に煙草まで吸っていたとしたら今以上に体がボロボロになっていたのだろうが。
(良いなぁ、おっさんは……何やっても様になるんだから……)
正直な所、グレゴールはヒースクリフの理想の大人像その物だった。
ロマン溢れる右腕、言い知れぬ格好良さ、どこか余裕のある雰囲気……煙草も吸えて、ムルソーとも対等に渡り合えて……
(良いなぁ……今の俺じゃどれもかっこつかねえし……)
とどのつまり、ムルソーに見合う男になりたいのだ。
甘えるのではなく、甘えられる男に。
(……まあ、まずは働かなきゃだよな……勉強しよう……)
この前グレゴールに貰った分はもう終わらせてしまったのでまた今度貰わなければならない。
(……寝よう……)
今日はこれ以上出来る事が無かったのでヒースクリフは目を閉じて……ふと今ムルソーとグレゴールが何をしているのかを考えた。
「……」
ヒースクリフは毛布の中に潜り込んだ。
「ふぅ……これで全部だな。」
ドスン、とグレゴールが最後の荷物を乱雑に床に下ろした。
「オッサーン、これ何だ?ケーキ?」
「あ〜そうそう、皆で食べようと思って。へへへ……」
グレゴールの笑顔が何故か引き攣っている事には目を瞑ってヒースクリフはケーキを冷蔵庫に入れた。
「……?」
ムルソーとグレゴールが2人で荷解きをしていたのだが、ムルソーがやけにグレゴールの手元を鋭い目つきで見ている事に気がついた。
気になって荷物を見てみるが特に怪しい物は見当たらなかった。
「……てか、少なくね?」
恐らくベッドが入っているであろう大きめの袋も含めて三つしか段ボールが置かれていなかった。
「ああ、不要な物は捨てたから。」
「……え……」
以前行った時に見たグレゴールの部屋を思い出してヒースクリフは唖然とした。
もしそれが本当ならあの時見た雑貨が全て捨てられた事になる。
グレゴールが半笑いでムルソーを親指で指した。
「こいつ俺のお気に入りの物と必要な物以外ぜ〜んぶ捨てたんだよ。俺の目の前で。」
「うっそだろ……マジで?全部?」
「うん。捨てた物の方が多かったもん。」
ヒースクリフがドン引きしてムルソーを見るとムルソーはショックを受けたようでたじろいだ様子を見せた。
「……仕方無いだろう。全て運び込んではきりが無かった。」
「……俺、そんな事されたら暫く落ち込むけどな……」
「……っ……」
「まあまあ、俺は気にしてないから。どうせ捨てた事も忘れる物ばっかりだし……」
いつもと変わらない笑みを浮かべてグレゴールはそう言った。
「あんたもあんたですげー神経だな……」
むしろこんなのんびりした性格だからこそムルソーと付き合えてるのかもしれないとヒースクリフは思った。
昼食とケーキを食べ終える時にはすっかり空の段ボール箱でいっぱいになっていた。
「……」
グレゴールが向こうの部屋でベッドを組み立てている中、ヒースクリフは食器を洗っているムルソーに話しかけた。
「……なあ、なんでおっさんの手元見張ってたんだ?」
そう聞くとムルソーはすぐに思い当たったようで訳を話し始めた。
「グレゴールが荷造り中見られたくない荷物があるような素振りを見せていた。だから何を隠しているのか見ようとしていたのだが……」
「あんたにも隠す物ってよっぽどだよな。指輪とか?」
「……彼は結婚するつもりは無いと思うが……」
「……ちょっと見て来るか……」
ベッドを組み立てる音が聞こえなくなったので足音を立てないように部屋へ向かうと……
「……ん……しょ……」
「……」
正にベッドの下に何かを押し込んでいる最中だった。
「……おっさん?」
「うわあっ!?」
グレゴールが素早くベッドの下から腕を引っ込めてこちらを振り返った。
「び、びっくりした……脅かすなよぉ〜……」
「……今なんか」
「あ!そうそう、実はお前さんに見せたい物があって……」
何かを聞く前にグレゴールにアームで服を引っ張られて連れて行かれた。
「ムルソーに唯一捨てられなかったインテリア!ラバランプ!お前さんこれ見た事無いだろ?ん?」
何かを取り繕うかのようにラバランプのコードをコンセントに挿して電源を付ける。
「……これがどうかしたのか?」
「温まるとこれが動き出すんだよ。……あ〜……ちょっと待っててな……最後に付けたの何年も前だから……」
「……」
キッチンに居る怪訝そうな顔をしているムルソーと目が合って納得した。
確かにグレゴールは怪しかった。
翌日。
2人が出勤した後ヒースクリフはすぐに行動に移った。
ベッドの下を見てみたがもう移動されていて何も見つからなかった。
次に怪しいと睨んだのはタンスだった。
新しくグレゴールの服が納められたタンスを漁っていると……
「……お……!」
やはり、あった。
かつては何かの入れ物だったであろう紙製の大きめな箱がタンスの奥に隠されていた。
(ここまでして隠す物って何なんだ……?)
そう思い、箱を開けてみると……
なんか、明らかに「見せられないよ!」って感じの表紙の雑誌が入っていた。
……うん、エロ漫画だ。
「……」
描かれているのが男である点を除けばまあ普通のアダルト雑誌に見えた。
(……ちょ、ちょっとだけ……パラパラ〜っと……)
片手でパラパラと見てみると気になるページがあって手を止めた。
「……」
何か白い……紐のような何かが表紙の男に巻き付いていた。
何よりも肝を冷やされたのはその男が一瞬ムルソーに見えた事だった。
改めて表紙のイラストを見てみると確かにムルソーにそっくりでこれを買った理由がそれである事が窺えた。
他にも何冊か入っていたが何とも言えない感覚に陥っていたのでそのまま蓋を閉じて元あった場所に戻す事にした。
「……おっさん……やっぱ欲求不満なのかな……」
ぽよんぽよんと弾みながら上へ昇って行っては落ちてを繰り返すラバランプをぼんやりと眺めながらヒースクリフはそう思った。
(……ムルソーには言わないでおこう……)
かくしてグレゴールが隠したがった物はヒースクリフに見られてしまいはしたものの、ムルソーにはバレずに済んだのだった。