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    Fg06Pu

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    Fg06Pu

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    月花妖異譚のたぬき師弟です。
    まだ旅を始めたばかりのふたりの話。

    「おや、もういいのかい?」
    「う、うんっ」

    昼食時、まだ半分くらいどんぶりに残されているご飯をみて、ラスティカは少し心配そうにクロエに尋ねた。
    クロエはコクリとうなづくと、玉乗り練習の続きをしてくると逃げるように外に出て行ってしまう。

    (どうして食べてくれないのだろう)
    ラスティカとクロエはつい先日二人旅を始めたばかりの化け狸だ。
    知り合ってまだ日が浅いせいか、まだまだお互いのことを何も知らない。
    理解するにはいささか時間が短かすぎる。
    とはいえ、ラスティカもクロエのご飯を食べる量が以前より減っていることに気づいていた。

    なぜなのか、どうして食べてくれないのか。
    まさか、体調が良くないのだろうか。悪い予想がラスティカの頭の中を巡る。
    (一度、ちゃんと話を聞いてあげないと)
    目線を外からご飯に戻し、ラスティカはそう決意した。

    --------
    旅をしていたラスティカと、家に引きこもりがちだった子狸のクロエは本来であれば出会うことなどなかったのだろう。
    そうクロエは常々考えていた。自分はなんて幸運なんだろう。と

    道端で倒れていたラスティカをクロエが助けたことで偶然にも出会った二人は、古くからの友人のようにピッタリと息があった。
    少しぼんやりしているけど、心優しいラスティカとしっかりものだけど自分に自信がなくて少し寂しがりやのクロエ。

    道端で倒れていた理由が、うっかりと稼いだお金を持って帰るのを忘れてしまって、無一文になったからだと知ったクロエは速攻で自宅にラスティカを招き入れた。
    周りの狸仲間たちとは考えの違いからか疎遠になっていたから、誰かと一緒にいることがこんなにも楽しいものだなんて。
    クロエはそんな当たり前なことをラスティカと一緒にいることで初めて知った。

    それに助けてくれたお礼にとラスティカがみせてくれた芸にクロエはひどく感銘を受けた。
    今まで、周りの狸仲間たちのせいで自分たち化け狸は他の妖怪をたぶらかす悪い存在なのだと思っていたのだ。
    でも、その考えをラスティカが180°以上変えてくれた。
    化けることは決して悪いことではない、大事なのはその人の心だ。
    他の誰かに化けても、驚かしたり怖がらせたりする心がなければ、見ててワクワクとするエンターテイメントショーに早変わりするのだと。
    自分や化け狸のことを嫌いになりかけていたクロエにとって、ラスティカの大道芸はキラキラとした希望の光であった。

    そんなクロエにラスティカは助けてくれたお礼にと色々な芸を見せた。
    色んな人に成り代わる七変化に、玉乗り、ジャグリング・・・一つ一つが素晴らしいものでクロエは胸が一杯になった。
    こんな経験は初めてだ。ラスティカの芸を見ているとドキドキと胸が痛いほどに鼓動が高まる。
    そんな彼が大道芸をしながら世界を旅する旅人なのだと知って、自分を弟子にして一緒に旅へ連れて行ってほしいとお願いしたのはもはや必然だったのかもしれない。

    ラスティカは少しびっくりした後、いいよっと笑った。
    『弟子をとるのは初めてなのだけれど。その弟子が君でとても嬉しい。クロエ、これからもよろしくね。』

    そこからの毎日は楽しいことばかりだった。
    一緒にご飯を食べて、一緒の宿に泊まって、芸の訓練をして・・・
    一人で家に引きこもっているだけだったクロエには眩しいくらいの日々だった。

    どうしても手放したくないし手放すわけにはいかない。
    またあの街に帰って、一人家の中で膝を抱えるのは嫌なんだ。

    「あっ、まただ。」
    ここ最近、玉乗りの練習がうまくいかない。
    前まではヒョイっと乗れたのに、少し身体が重たくなったのかうまく乗れなくなって失敗することが多くなってしまった。

    (このままじゃ、ラスティカさんに捨てられちゃうかもしれない)
    下唇をぎゅっと噛み締め、目に溜まり始めた涙を拭う。

    そう、クロエはラスティカから捨てられるのが怖かったのだ。
    玉乗りもできないような弟子はいらないから街にお帰り。
    もちろん、そんなことをラスティカが言うはずがない。少しの付き合いだけど、クロエも頭ではそれを理解していた。
    でも、もしそう言われてしまったら、そう思われてしまったら少し考えただけで恐怖がクロエの心を支配した。

    失敗するのは己の体重が重くなってしまったからだとクロエは考えていた。
    身体が以前より少し重い。そう感じるようになってから、玉乗りに頻繁に失敗するようになったのだ。
    最近では玉の上でバランスを取るのも難しくなってしまった為、少しづつご飯の量も減らして、体重を落とそうとしている。
    なのに、どうして失敗してしまうんだろう。
    日を追うごとにますますと身体が重くなって、それに比例して失敗する回数が増えてきてしまっている気さえする。

    どうして、どうして・・・

    もう一度挑戦しようと玉の上にのって、そして見事に転んでしまった。

    「っ、たぁ」
    ドンッと大きな音が辺りに響く。

    「クロエ!?」
    その音に驚いてかいつものんびりとしているラスティカが珍しく慌てた様子で宿から出てきてしまった。
    クロエはしまった。と思った。
    今まで失敗と言っても、こんなにも派手に転んでしまったことはなかった。
    失敗するところをラスティカに見られてしまうのが嫌で一人で練習してきたというのに、転んで大きな音をだして、最悪な形でラスティカに失敗したところを見られてしまった。

    (もう、ダメだ。俺、ラスティカさんに捨てられちゃう)
    自分の捨てられたところを想像してポロポロと涙が出てきた。
    転んで打ったところがズキズキと痛むことも相まって、泣き止もうとすると涙が止まらない。

    そんなクロエをみて、ラスティカは心配そうにそばに駆け寄ってきた。
    「クロエ!あぁ、怪我してしまっているみたいだね。他に打ってしまったところはない?」
    「・・・」
    言葉が何も出てこなかった。首を横に振るとラスティカは少し安心したように笑ってクロエの涙をラスティカの着物の袖で拭ってくれた。

    「手拭いをもってくるのを忘れてしまって、着物の袖でごめんよ。」
    ラスティカのその優しい言葉や手つきにますます涙が溢れてくる。
    「ラスティカさん、」
    玉乗り失敗しちゃってごめんなさい。お願い俺のこと、捨てないで。

    思わず出てしまった本音と願いにラスティカは目をまん丸にして驚く。
    ラスティカにとってその言葉は寝耳に水、思っても見ない言葉だったのだ。
    そんなこととはつゆしらず、固まってしまったラスティカの姿をみて、クロエはやはり捨てられてしまうのだと勘違いをして大泣きしてしまった。
    わんわんと大声を上げるその姿にようやくラスティカは正気を取り戻したようで、捨てたりなんてしないよと努めて優しい声でクロエを慰めた。

    「クロエ。君がどんな失敗をしたって、僕は頭ごなしに怒ったりなんてしないし、捨てたりなんてしないよ。
    失敗するのはその芸に真剣に取り組んでいるからだよ。僕も初めのころはたくさん失敗したんだ。でも、練習を重ねるごとに段々と上手くなっていった。
    クロエはとても器用だし、それにこうして転んでしまうまで真面目に練習に取り組むとてもいい子だ。」
    「・・・んとう?おれ、ラスティカさんにすてられない?おれも、ラスティカさんみたいにすごいげいができるようになる」
    「もちろんさ。きっと素晴らしい大道芸人になれるよ。だから、そんなに泣かないでクロエ。これ以上泣いちゃうと君の素敵な目が溶けてしまうよ。」

    --------
    あれから、怪我をしてしまったとのことで玉乗りの練習は一時中断。
    今までご飯を食べなかった理由や、玉乗りに失敗し続けてしまっていること、そして捨てられちゃうのが怖くてラスティカにはいえなかったことをクロエは正直にラスティカに伝えた。

    ラスティカは少し考えこんで、あっ。と声を上げたと思うとクロエの今まで使っていた玉乗りようのボールをとってきた。
    「クロエ、ボールの横に少し立ってごらん」
    「え、う、うん。」
    ボールの横に並ぶように立つとラスティカはやっぱりと何か納得したようにうなづいた。

    「クロエ、君大きくなったんだね。毎日一緒にいるせいか気づくのが遅れてごめんよ。
    失敗してたのは君の技術不足じゃないよ。ボールがきみの成長に合わない大きさになってしまったんだ」
    新しいボールに変えないと。というラスティカの言葉はクロエにとってまさかの答えで、力が抜けたようにヘナヘナとその場に座り込んでしまった。

    「俺、体重が増えただけじゃなくて身体が大きくなってたんだ。それにボールが追いつかなかったのか・・・」
    「玉乗り用のボールにもその人の身体の大きさに適したサイズがあるからね。とりあえず、もう少し大きいサイズのボール持ってるからそれに乗ってみる?新しいものは次の街に行った時に買おう」

    あれよあれよという間に、ラスティカは昔自分も使っていたという少し大きいサイズのボールを準備した。

    いよいよ乗ることになって、クロエは恐怖に足がすくんだ。
    また失敗してたらどうしよう。不安でまた胸がいっぱいになる。

    ちゅっ

    ラスティカはクロエのまあるいおでこにキスを落とした。
    突然のことに驚き、クロエはラスティカの顔を見る。

    「芸がうまくいくおまじないだよ。」
    ラスティカはいたずらっぽく笑った。
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