五月雨宿り空は灰から黒へ、不機嫌な唸り声を上げながら降り続く雨を前に五月雨江は一振、人の気の無い襤褸屋の屋根で雨宿りをしていた。
万屋に用があった。歌を詠むための墨汁が無くなったので買い足しに来ていた。
墨汁と短冊和紙の入った紙袋に目線を落とすと、中身が寂しそうにカサリと音を立てた。そうですよね。私も早く貴方達を使ってあげたいです。
だが、そんな気持ちを無視して稲光が空で哭いている。これでは中々帰れそうにないではないか。
「……困りましたね」
五月雨がそう呟くと、彼の不満に文句をつけるように風が彼の体を突き飛ばすかのようにぶつかってきた。
「!っ…ぅわっ!」
───ガタン。
五月雨の口から小さく漏れた声と、共に雨風がぶつかった襤褸屋の入り戸が声を上げたのは同時だった。
その音に気付いた五月雨は、雨濡れになった前髪を軽く振り、そっと襤褸屋の戸に手を掛ける。
すると、襤褸ゆえか、はたまたまるで彼を迎え入れるかのように軽い滑りで戸は開いた。
中を見ると、五月雨は暗闇と目が合った。人気もなければ生活の気配もない。襤褸屋の中身は正しく廃屋の姿をしていた。
少しだけ腕に力が入る。すると、紙袋の荷物がまたくしゃりと話しかけてくるのだ。
……そうだ、このままではせっかくの短冊和紙が駄目になってしまう。
振り返らずとも分かる。風が彼の背に雨粒を投げつけてくる感覚。
雨宿りなら、濡れないように。
廃屋ならば良いだろう。
「そうだよ。雨さんが濡れちゃ大変だ」
五月雨の背中を押すように、村雲江が手を添える。
……そうだ。私は、雲さんと二振で万屋に行っていたのだ。さっきから一緒にいた。
五月雨と同じように濡れ鼠になった村雲に、五月雨は「では、中で雨宿りをしましょうか」と言った。
中に入り、暗い廃屋の戸を閉めると「犬なのに濡れ鼠とは…ふふっ」と笑う。
すると村雲は唖然としたのち、うへぇと顔を歪ませる。濡れ鼠呼ばわりは嫌でしたか。
暗い廃屋も窓から自然光は入る。そうすれば、短刀ならずとも部屋の中は十分に伺えた。
どうやらここは、昔は商の営みがあったよう。幾つもの棚に、何かの張り紙、何かを記したポスター。極めつけには入り口右側にくすんだ肌色の看板があった事が憶測を確信に変えていく。
……?
五月雨の思考を不意に違和感が突いた。
何故、自然光の入り、中がはっきり見えるこの部屋を、暗闇と勘違いしたのだろうか?
「……雨さん?」
ぼーっとする五月雨に村雲が訝しげな声をかける。
すると、ハッとした五月雨は「どうしましたか?」と返事をした。
「具合悪い?寒かったもんね」村雲はそういうと部屋の奥を指差した。
「あそこに行って座ろう?奥なら寒さも和らぐかもよ?」
へにゃりと笑む村雲は五月雨を気遣う様に手を伸ばす。
その手を見て、五月雨はふっと笑みを返すとゆっくり足を奥に踏み出した。
「そうですね。私もですが、雲さんのお腹も心配です」
そう返すと、村雲はくしゃりと笑い一緒に歩きだす。
違和感が足を掴む。雷に混じり、なにかが聞こえた気がした。
外はどしゃ降り。
鳴り響く稲光。
彼を探す声は、襤褸屋には届かない。