猫とたわむれる ︎︎トレイ・クローバーは疲れ果てていた。
︎︎なんでもない日のパーティーの準備が忙しかったりハートの女王の法律を破った寮生を叱りつけるリドルを宥めたり。先程まで後輩に勉強を教えていて一息つく暇がなかった。
︎︎時計は夜の七時を過ぎていた。トレイは廊下を歩きながら、明日の準備をしてお風呂に入って早めに寝ようと思った。
︎︎自室の前に着き、トレイはドアを開けた。
︎︎部屋に入るとトレイは異変に気付いた。
︎︎明らかにベッドの布団が盛り上がっている。誰か寝ていたのだ。
︎︎以前、部屋に戻ってきた時にデュース達が床で寝ていたことがあったが、他人のベッドで寝るとは図々しい寮生がいたもんだとトレイは少し呆れた。
︎︎それでもいきなり起こすのは悪いと思ったトレイは、足音を立てないようにゆっくりと近づき、布団をそっとめくった。
︎︎そこにいたのは……。
「遅かったにゃあ、待ちくたびれたにゃあ」
︎︎ベットの中にいたのはトレイがよく知る人物だった。
「こんな所で何してるんだチェーニャ!?」トレイは驚いて大きな声をあげた。
「トレイを待ってたにゃあ。見りゃわかんだろ」
「そうじゃなくてお前、こんな時間に学校から離れて大丈夫なのか?」
「そこは上手くやってるから心配ないにゃあ」
︎︎そういう訳にはいかないだろと言いたかったが、トレイは口に出すのをやめた。
「こんな時間まで待たされたんだから、たっぷり相手してもらうにゃあ」
︎︎まるで猫が獲物に飛びかかるかのようにチェーニャはトレイに抱きついた。突然、抱きつかれてトレイは後ろに倒れそうになったが、何とか持ち堪えた。
︎︎チェーニャはトレイの胸に顔をうずめて深呼吸をした。
「ん~、イイ匂いだにゃ~。それに柔らけえ~」ぐりぐりと顔をこすりつけ、チェーニャは満足そうに微笑んだ。トレイは少し頬を赤らめてチェーニャの頭を撫でた。それが嬉しかったのか、チェーニャは抱き締める力を強めた。
︎︎そういえば子供の頃もこうやって過ごしたことがあった。リドルが見ていようが、お構いなしに抱きついてくるから不機嫌になったリドルへのフォローが大変だったな、とトレイは思い出していた。
︎︎チェーニャは抱き締めていた力を緩め、トレイから体を話すとベッドの縁に腰掛けた。隣に座るよう促しているのか、上目でトレイを見ながら布団をポンポンと叩いている。
︎︎トレイもそれを察して、チェーニャの隣に腰掛けた。
「こっち向いてにゃあ」
︎︎トレイは言われた通り、顔をチェーニャの方へ向けた。
︎︎チェーニャは、トレイの唇に軽いキスをした。
「なっ!?」驚いたトレイは、顔が赤くなるのを感じながら手の甲で口元を隠した。そんなトレイを見て、チェーニャはニヤニヤと笑っている。
「顔が真っ赤でリドルみたいだにゃあ~」
「その例えはやめてくれ……。こんなことしてるのがリドルに知られたら……」
「リドルに知られても俺は構わんよ」そう言うとチェーニャは、くるりと後ろを向き、ベッドの上に移動した。トレイも同じようにベッドの上に体を移した。
︎︎二人は無言で見つめ合った。先程のことがあるので、トレイは恥ずかしい気持ちが込み上げてきて、目線をそらす。
︎︎チェーニャはフンフーンと、鼻歌を交えながらトレイを押し倒した。その拍子に眼鏡がずれたので、トレイは咄嗟に直した。
「今夜は寝かせないにゃあ~、なんて」
「チェ、チェーニャ、今日は疲れてるから早めに休みたいし、風呂もまだで汗くさいから……」
「ここまで来てやめると思うかぁ?」
︎︎チェーニャはトレイの首筋に吸い付くようにキスをした。トレイの口から「んっ」と声が漏れた。
︎︎首筋から唇を離すと、次は服の上から乳房に触れた。
「ダメだチェーニャ!これ以上は……」トレイは抵抗してみせたが、チェーニャは聞く耳を持たず、行為を続けようとしている。
︎︎このままじゃマズイとトレイは、どうにかこの状況から抜け出せないか考えを巡らせた時、思わぬ事態が起きた。
「トレイ、まだ起きてるかい?」ノックと共にリドルの声がした。
︎︎トレイもチェーニャも突然のことに一瞬固まったが、先に動いたのはトレイだった。
「リドルか、どうしたんだこんな時間に」扉の向こうにいるリドルに聞こえるよう少し大きめの声で返事をした。
「良かった、起きていたんだね。伝え忘れたことがあってね。部屋に入ってもいいかい?」
︎︎これは救いの船だ、とトレイはホッとしたのも束の間、今自分の目の前にいる奴をどうにかしなくてはならなかった。
「チェーニャ、今すぐ姿を消すんだ!」さっきとは逆で、リドルに聞こえないように小声でチェーニャに言った。しかし、チェーニャは言うことを聞かず、トレイの手首をガッチリ掴んで身動きが取れないようにした。
「こら!いい加減にしろ!」トレイは思わず大きい声を出してしまった。その声に驚いたリドルは「トレイ!?どうしたんだい!?」と扉を勢いよく開けた。
︎︎リドルに見えているのは、とてもよく知っている二人がベッドの上で組み敷いてる構図だった。しかも片方はハーツラビュル寮どころか、ナイトレイブンカレッジの生徒ですらない。
︎︎頭に熱いものが昇ってきているのをリドルは感じた。
「どうしてキミがここにいるんだいチェーニャ」リドルの声には、明らかに怒りが篭っていた。
「おじゃましてるにゃあ~」チェーニャは悪びれる様子は一切なく、笑顔で答えた。
︎︎リドルの顔がたちまち赤くなり、怒号が響き渡り、寮内は騒然となった。
︎︎その後、事態を収めたりリドルの怒りを鎮めるのにトレイが苦労したのは言うまでもない。