霧の中で手を繋いでいて・コンぐだ♀ であり、テスカトリポカ+ぐだ子……?(CPではない)
・テスカトリポカのボイス(特に最終再臨ボイス)と、2部7章後半のネタバレがあります。
・戦士として死後の休息を約束してくれたテスカトリポカに気持ちが楽になったぐだ子と、とは言え戦いの中で彼女を死なせたくないコンスタンティノス。
・テスカトリポカとぐだ、私の中でCPではないんですが、テスカトリポカが初めて出会ったときからぐだを戦士として認めていて、戦いの神ゆえに召喚後は優遇するし最後まで付き合う気でいるので、その関係性は一言では言い表せないですね。強いて言うなら、戦いの神とその加護を得た戦士というか……(早口)
・戦士と認めた相手を平等に扱ってるのは間違いないけど、その扱い方が一人一人手厚すぎるぞテスカトリポカ。
◆◆◆
……煙る霧の中のロンドンは、そこにある建物の輪郭さえ曖昧になり、現実味を無くした空虚な気配が漂っている。
そう見えるのはマスターに頼まれレイシフトによってやってきたこの街が、コンスタンティノスにとっては馴染みが薄いせいかもしれなかった。元はと言えばローマ帝国により創建されたロンディニウムではあるが、それも遠い時代の話だ。
「お疲れさま!」
そんな霧の中でも、己がマスターである立香だけはどこに居るかすぐに分かる。魔力のパスが通じているというのもあるが、その明るい髪色と彼女の纏う存在感がそうさせているのだと、コンスタンティノスは振り返って笑みを浮かべた。
「これで全ての敵は倒した。あとは帰還するだけだね」
「うん、付き合ってくれてありがとう。今ダ・ヴィンチちゃんに連絡するね」
通信機越しに短く、だがそれでいて朗らかな会話が続く。彼女を労うダ・ヴィンチの声に微笑む立香が、顔をコンスタンティノスに向けた。
「すぐ帰れるって」
「分かった。それまで待機だね」
通信を切った立香は体を解すように伸びをして、それからふと、何かに気付いたように視線を霧の中へと向けた。
「……」
「マスター?」
現在を生きる彼女にとっては時代も近く、都市然とした街並みも親近感を覚えるものだろう。
コンスタンティノスが感じているような空虚さではない感傷を抱いていてもおかしくない。
「なにか、気になるものでも?」
「あ、ううん。そうじゃない、けど」
立香の瞳は――――その真っ直ぐな目は、霧の中に佇む街並みを見ているようで、まったく別のものを探している。どうしてか、そんな気がした。
自分が抱いたおかしな印象にコンスタンティノスが眉を寄せていれば、立香がぽつりと呟く。
「――――霧の中に、焚き火が見えるかなって」
彼女の声が、静かな霧の中へと吸い込まれ消えていく。
曖昧なようでいて、立香自身はその言葉を明確に理解した上で発しているのがコンスタンティノスには分かった。それはここまで供をしてきた時間の長さゆえか、彼女へと向けている自分の感情ゆえか。
「霧って言ってもこんなスモッグの中じゃ、さすがに見つからないだろうけどね」
視線をこちらに戻してから、立香はどこか夢を見るような口調で笑う。
何事か言葉を返そうと思ったそのときには、レイシフトからの帰還が始まっていた。
「今日も素材たくさん取れてよかった〜!」
コフィンから出て今回獲得したリソースを確認し、立香は笑顔を見せる。
それらを倉庫に持って行くという彼女の手から素材の入った箱を受け取れば、ありがとうと言葉が返ってくる。
「……」
「どうかした?」
足を止めて自分を見下ろしてくるコンスタンティノスに、立香は首を傾げる。その顔には憂いなどなく、どこか晴れやかで明るい。それ自体は良いことのはずだが、同時に気が付いてしまった。
――――どうしてそんなに、透き通るように澄んだ目をするようになったのか。
今までの立香の目には、どこか振り切ることのできない苦悩が混ざっているように見えた。それを少しでも取り除くことができないかと、コンスタンティノス自身が苦心していたのだから間違いはない。
けれど、今の彼女からはそんな気配は消えていた。
彼女は諦めたのでも悲観したのでもなく、ましてや絶望したのでもない。であるならば、ある種の希望を見出したのかもしれない。
彼女の心が救われているのなら、それがなんであれ肯定するべきなのに――――どうしてこんなにも、それは違うのだと叫び出したくなってしまうのか。
「コンスタンティノス?」
そんなことを言い出せるはずもなく、曖昧に彼女へ微笑み返していれば、正面から近付いてくる人影があった。
「よう。今日も派手にやったじゃねえか、お嬢」
「テスカトリポカ」
重たい靴音を響かせるその姿に、立香が真っ先に反応する。そんな彼女につられるように、コンスタンティノスも視線をそちらへ向けた。
アステカ神話に語られる戦いの神、テスカトリポカ。
事前にそうだと知っていなければ、サングラスに黒のコートを羽織った彼がテスカトリポカであるとは思えないだろう。しかし、現代に適応した姿であっても、その鋭い目はどこか油断ならない印象を受ける。……それはコンスタンティノスも例外ではなかった。
「見てたの?」
「いいや。だが、お前が回収してきた資源を見れば自ずと分かる。……もっとも、観戦が可能ならやってただろうな。ここは少し退屈だ」
「今日のエネミー、テスカトリポカとは相性悪かったから」
顔を顰めるテスカトリポカに、立香は少し困ったような笑みを向ける。コンスタンティノスはその少し後ろから、彼女の横顔に視線を向けた。
立香がテスカトリポカへと向ける瞳には、彼女が契約を結んだ他のサーヴァントへのものと同じ信頼と――もう一つだけ、別のものが混じっているように見える。そしてそれは、霧の向こうに何かを探すときの目とよく似ていた。
「戦いに効率を求めるのは良いことだ。だが、次はオレも連れて行け」
「分かった。そのときは呼ぶよ」
立香の返答に満足したのか、テスカトリポカはひらりと手を振って二人の横を通り過ぎていく。
「――――」
一瞬だけ、テスカトリポカと視線が絡んだ気がしてコンスタンティノスは身を固くする。今は同じ立香のサーヴァントと言えど、神は神。どこまで行っても、人とは違う存在だ。
「……マスター、そろそろ片付けに行かないと」
「そうだね、行こうか」
去っていくテスカトリポカの背を見送っていた立香が、コンスタンティノスの言葉に頷く。
その日は結局、コンスタンティノスは立香に何かを聞くことは出来なかった。
◆◆◆
次の日、彼女の部屋を訪ねてみればそこに人影は無く、ダ・ヴィンチに聞けばシミュレーターを使っていると返された。
同時に聞いた彼女が一人でシミュレーター使用する理由に、胸騒ぎがして自然と向かう足取りは早くなる。
曰く――――訓練でも演習でもなく、ただ見たいものがあるから、と。
「ここに居たか、マスター」
薄らと漂う霧の中に、彼女の後ろ姿を見つけ声をかける。
シミュレーターで再現されているのは、異聞帯のブリテン島――――かつて彼女が訪れた、妖精國の霧の海岸だった。
振り返った立香はコンスタンティノスの姿を認め、意外そうに目を瞬かせている。
「どうしてここに?」
「それは……」
そもそも部屋を訪ねた理由は、昨日立香が話していたことが気になったからではあったが、いざ本人を前にすると立ち入って聞いてよいものか迷ってしまう。
「わたし一人だから、心配してくれた?」
「それもあるな。……どうしてシミュレーターに来たのか聞いても?」
コンスタンティノスの問いに、立香は微かに笑みを浮かべて霧の中へと視線を投げかける。
「本物の霧が見たくなって」
シミュレーターも本物とは言えないんだけど、と立香は眉を下げてから、なんでもないような口調で続ける。
「死んだ後に見るのが、こんな風景だから」
「……?」
突拍子もない話に、コンスタンティノスは何を言っているのかと体ごと立香の方を向く。
立香は昨日と同じように澄んだ瞳で靄がかった海岸線を見つめていたが、コンスタンティノスの動きに合わせて彼と視線を合わせた。
「昨日、ロンドンで霧を見ていたときもそんなことを?」
「うん、まあね」
「つまり君は、死後の世界を自ら疑似体験するほど、死を望んでいると……!?」
「えっ、いやいや違うよ! 死にたいわけじゃ、ないんだけど」
少々気まずそうに言ってから、立香は顔を霧の只中の方へと戻す。
「霧の中に焚き火があるような気がして……。あるんじゃないかって思うだけで、安心する」
どこか満たされたような、安堵したようなその声に、コンスタンティノスは何とも言い難い感情を覚えた。
安心する、という言葉に偽りはないのだろう。心からそう思っているのだろうに、何故彼女は……。
「昨日も、焚き火の話をしていたね。その場所が、君にとっては安息の地だと?」
「安息……うん、そうなんだと思う。死んじゃっても、テスカトリポカがそこで待っててくれるから」
「……それは」
どういう事なのかと呟いた脳裏に、昨日遭遇したテスカトリポカの姿が浮かぶ。
立香が絆を結んでいるサーヴァントには各々の在り方というものが存在するが、中でもテスカトリポカは神霊ということもあり特殊なサーヴァントの一騎だ。
契約している以上は彼女を害するようなことを言ったわけではなさそうだが、神と人間の間には常々齟齬が発生する。それは偏に、物事を測る尺度の違いによって起こるもの。
この差異のせいで、立香にとって良からぬことが起きてしまうのではないか。それが心配だった。
「テスカトリポカにとっては、約束っていうより、ただの提案なんだろうけどね」
押し黙ったコンスタンティノスに、立香は大丈夫だと言わんばかりに小さな笑みを向ける。
「わたしが道半ばで、これ以上前に進めなくなったそのときに、残った未練はちゃんと聞いてくれるって。霧の中で焚き火を目指せばいいって、そう言ってくれた」
「……マスター」
なにかを懐かしむように語る立香に歩み寄り、コンスタンティノスはその肩に手を添える。
こちらを見上げる立香と視線を合わせたまま、包み込むように彼女を抱きしめた。
「君は生きるべきだ。……生き残るべきだ。何があっても」
「分かってるよ。わたしだって、生きていたい」
それでも、と立香がコンスタンティノスの背に腕を回す。その力はどこか弱々しい。
「テスカトリポカが、最後まで付き合うって言ってくれて……もし、誰にも知られず一人で死んだとしても、わたしは」
「――――私が!」
そう叫んで、胸に湧き上がった衝動のまま、彼女をさらに強く抱きしめる。苦しいだろうに、立香は何も言わずコンスタンティノスに身を任せていた。
「私が君を守る。君を一人になどしない。……だからどうか、そんな顔をしないでくれ」
霧の向こうを見つめる彼女の瞳は透き通るように澄み渡って――――それでいて、ひどく寂しげだった。
今ならその理由が分かる。
たとえ死後にテスカトリポカに迎え入れられたとしても――――息絶えるその瞬間は一人なのだと、悟っていたからだ。
「過酷な道のりで、死を意識することだってあるだろう。それでも、今、君は生きている」
サーヴァントの身で、立香にどこまでのことが出来るかは分からない。
……分からないが、彼女にとって霧の中で揺らめく柔らかな炎が救いになっているとしても、死を前提にした寂しさを抱えたまま、こんな顔をしたまま前に進んでほしくない。
それが自分のエゴであることは百も承知の上で、立香を引き留めるように抱く。
いつか終わりが来たとしても、最後の最後までこうして彼女と共に在るのはコンスタンティノスでありたかった。
「……ありがとう、コンスタンティノス」
そう囁いて、立香がコンスタンティノスの背をそっと叩く。腕の力を緩めれば、立香が顔を上げて柔らかに微笑んだ。
その金の瞳はきらめくような光を宿して――――寂しさで澄み渡っているのでなく、喜びに輝いているように見える。
つい目が離せなくなり見つめ合っていれば、しばらくして立香があのさ、と遠慮がちに呟く。
「そろそろ離してもらってもいいんじゃないかな、って」
そう言いながら目を伏せた立香を、もう一度捕まえるように抱き寄せる。腕の中で、立香は驚いたような声を上げた。
「コンスタンティノス……!」
僅かに見える耳まで真っ赤にする彼女に、自然と笑みがこぼれた。
マスター、と呼び掛ければ、こちらを窺うようにその顔が上を向く。
今はまだ見えない遠くを焦がれているよりも、こうして年相応に照れた表情をしていた方がよほど彼女らしい。
「う……その、そろそろ出ないと」
「そうだね、ここは視界もあまり良くない」
立香を腕から解放すれば、彼女は赤い顔を誤魔化すようにパタパタと手で風を送る。
そんな彼女に向かって帰ろう、と手を差し伸べようとした瞬間――――にわかに霧が立ち込め視界を灰白に染め上げた。
「!」
同時に立香の姿がかき消え、コンスタンティノスは即座に周囲を警戒し彼女を探す。しかし、流れ込む濃い霧の中で見えるのは己の足元のみだ。
「これは――――」
シミュレーター内部は完全に管理されているため、いくら異聞帯のブリテン島を模したものであっても、このような事態は起こり得ない。
立香を探そうにもこれでは検討も付けられないと思ったところで、背後からこちらへと近付く足音に気付く。
「よう、皇帝」
霧の中から現れた男が笑う。サングラス越しの伶俐な視線は、この異常事態にあっても平静さを崩すことなくこちらを見据えていた。
「テスカトリポカ神……」
かの神は確かに目の前に立っているのに、まるでそこに居ないかのようにも感じてしまう。立ち昇る煙が、偶然人の姿を取っているだけと言われても納得してしまうような、そんな希薄な存在感だった。
「そう畏まるな。お前、コンスタンティノスって言ったか?」
「……ああ、相違ない」
相手を注視したまま短く答えたコンスタンティノスとは反対に、テスカトリポカは薄い笑みを崩さない。
「はっ、そんな顔をするな。名前を違えていないか心配だっただけだ。そちらには馴染みがあまりなくてね。ハチドリは何か気にしてたみたいだが……今はそんなことより、だ」
コンスタンティノスから少し離れた位置で立ち止まり、彼は続ける。
「何か言いたいことがあるんだろ。なに、同じマスターと契約した者同士のよしみだ。聞いてやろうかと思ってな」
「……その前に、この霧はあなたが?」
「気にするのはそんなことか? なんだっていいだろ。赤の親切が続くうちに言え」
平坦な口調の裏に見え隠れする不穏さに、コンスタンティノスは覚悟を決める。彼の言う通り、不興を買ってでも尋ねたいことはあった。
「あなたがマスターに、霧の中の焚き火の話をしたと聞いた。その理由を知りたい」
「理由、ねえ……。お前のところにもあるだろ、天国ってヤツだ。死んだ後に信じられるもの――いいや、約束されたものがあるからこそ、戦士はその生を全うできる」
「ではマスターは、あなたにとって戦士として認めるに値する存在だと?」
「……オレはトリ公なんかと違って慈悲深くないんでね。勝ち筋も見えないような脅威にも諦めず、立ち向かっていくようなヤツしか認められない」
テスカトリポカのその言葉は、言外に立香を戦士として認めていることに他ならない。
認めているからこそ、彼女へあのような約束をしたというのだろうか。
「そういう意味じゃオレは、お前のことだって割と買ってるんだぜ? 敵に一歩も引かず、戦いの中で死んだとくればオレ好みだからな」
「それは身に余る光栄だ……だが」
ここだけは譲ってはいけないと、コンスタンティノスは目の前の神霊と相対する。
「マスターはいつか、戦いを終え日常に戻る」
それを聞き、ふっとテスカトリポカが笑う。
霧のせいもあってその顔すらもよく見えないはずだが、確かにその眼差しはコンスタンティノスを射抜くかのように鋭利だった。
「――――いいや。アイツは戦士として生き、戦士として死ぬ。お前だって分かってんだろ?」
二騎の視線が交差する。
彼女に対するスタンスは正反対であり、尚且つ相手はアステカの強大にして苛烈な戦神。それでも、立香のことであるならばコンスタンティノスが引く理由にはならない。
立香の旅路は失われたもの、奪われたものを取り戻すためのもの。彼女にとっての勝利とは即ち、遍くすべてが元通りのなった世界への帰還だ。
そのために、コンスタンティノスは立香を守り続けなければならない。そして彼女が元の場所へ戻ることが出来るのだと、誰よりも信じなくてはならない。
……剣呑な空気の中、先に表情を変えたのはテスカトリポカだった。
「オレはお喋りは好きだが、これ以上の言い争いは不毛だ。これも一つの戦いではあるんだろうがな、言葉よりも拳を交えた方が早い」
よりにもよって戦いの神の口からそんな言葉が飛び出したので、コンスタンティノスは自然と身構える。
立香のためであるならば負けることが分かっていようが戦わないという選択肢は取らないが、なにせ相手が相手だ。
その様を見て取り、テスカトリポカは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「おいおい、別にこの場で何かを始める気は無いぜ。お前が戦いを望むなら別だけどな。それに……そろそろ頃合いだ」
その言葉を切欠にしたように、場を取り巻いていた霧が晴れていき、元の薄ぼんやりとした海岸の風景が戻ってくる。
立香はどこかに居るのだろうかと辺りを見渡していれば、テスカトリポカは何気ない口調でコンスタンティノスへ語りかける。
「せいぜい、アイツが少しでも多くの戦いを知れるよう一緒に居てやれ。生憎、人間の情動ってヤツはオレの専門外だが……惚れてんだろ?」
コンスタンティノスはその言葉に動きを止める。
自覚していることであっても赤の他人から改めて指摘されるのは、相手が誰であれ決まりが悪い。
そんな彼に、戦いと死を司る黒き太陽の化身は、その異名に似合わぬ軽快な笑みを見せた。
「オレは戦士が戦う理由までは問わん。失いたくないだの守りたいだのは正直好みに合わないが、それでここまで生き延びて来たんだ。であれば、お前らはそのままでいい」
コンスタンティノスの返事を待たずに、テスカトリポカはところで、と話題を変えた。先ほどまでとは違い、変に神妙な顔付きで続ける。
「お前さん、銃の腕前が上がるワザなんてモンを知らねえか? なんかブッ放してるだろ、いつも」
「あれはギリシャ火を投擲しているのであって、残念ながら私も銃器の扱いについては……」
「そうか……」
唐突な問いかけにやや面食らいながら答えれば、テスカトリポカはサングラスを指で押さえつつ僅かに肩を落とす。
常時とは違いどこか人間味すら感じるその仕草を見ていれば、立香が彼を信頼するのも理解できる気がした。
「あっ、いたいた! 急に見えなくなるから心配して――――テスカトリポカ?」
砂浜を駆ける足音と共に、立香が姿を現す。
彼女はコンスタンティノスと共にいたテスカトリポカに首を傾げた。
「何話してたの?」
「銃の扱いについて少しな」
「……聞く相手、間違えてない?」
怪訝そうな立香に、テスカトリポカが徐に何かを放り投げる。慌てながらソレを受け止めた彼女に、テスカトリポカは静かに告げた。
「コイツとのお喋りは余興みたいなモンだ。オレはこれを渡しに来たんでね」
「それは、わざわざありがとう……?」
手の中にある物とテスカトリポカとの間で視線を行き来させながら、立香は礼を述べる。
その様子をどこか満足げに見遣ってから、テスカトリポカはくるりと踵を返す。
「オレが言ったことを忘れるなよ、じゃあな」
黒いコートの後ろ姿が、霧の中へと溶け込み見えなくなっていく。
完全に気配が無くなるまで見送ってから、二人で顔を見合わせた。
「行っちゃった……。本当にこれ届けに来ただけなのかな?」
「マスター、それは?」
「ああ、これ? いつもテスカトリポカがくれるお菓子だよ。カラベラって言うんだって」
立香の手の中には、骸骨を模した小さな砂糖菓子が二つ転がっている。そのうち一つを手に取って、彼女はそれをコンスタンティノスへと差し出す。
「二つあるけど、一つどう?」
「……私が食べてもいいのだろうか」
「せっかくだから」
コンスタンティノスへとカラベラを手渡し、立香は自分の分を口に含み、小さく笑って甘いと呟いた。
それに倣って食べた砂糖菓子は、少しだけ重たい甘みを残して溶けていく。
それが薄れた頃合いで、立香が顔を横に向けているのに気付いた。
その瞳は今も、霧の向こうを見つめている。
「……まだ、探しているのかい?」
「そうかもね。でも」
こちらを向いた立香が腕を伸ばして、コンスタンティノスの手を握る。繋いだ手を握り返せば、彼女は嬉しそうに笑った。
「見えてもまだ、行こうとは思わないよ」
柔らかな光を乗せたその眼差しに、コンスタンティノスもまた微笑みを返す。
……いつか彼女が霧の中で焚き火を見つけるのか、もしくは元の日常へと無事に帰還するのか、結局のところ誰にも予測はできない。
それでも――――どんな結末であっても、コンスタンティノスは最後までこの手を離さない。
お互いにそれが分かっているのであれば、今はそれだけで十分だった。