サイジェノ真っ暗闇の中、ほぼ無意識に「せんせい」と声を出したが、耳が壊れてしまったので今自分が声を出せているのかも分からない。怪人はまだ生きている。何とかせねばと唯一残った片腕をフラフラと動かしながら、周りに何があるか確認しようとした時、何者かに腕を掴まれる感覚がした。直感でそれが先生だと分かる。先生がここに居るということは、先程の怪人は先生が一撃で倒したのだろう。流石です…先生…などと思っていると腕を勢いよく引き寄せられ、体制が崩れる。大きな衝撃が来るかと思いきや、ふわりと体を包まれる感覚がした。先生は俺を抱き寄せてくれたのか。体が密着している部分から、先生の体温を数値で感じ取る。こんな時なのに心地よいと思った。
しばらくそのままの体制だったが、途中、先生が俺の背中をバシバシと軽く叩いたり、体を揺さぶったりしてきた。先生は何も喋らない自分の事を心配しているのではないかと思い「目と耳が機能していません」と声を出す(声帯が機能しているかも不明だが)。すると体を揺さぶる動きが止まった。きっと上手く伝わったのだろう。
「怪人は先生が仕留めてくださったのですか?」
声が出せる事が分かったので早速気になっていることを質問してみる。が、今は声が出せるというだけで、意思疎通ができる訳では無いということに気付く。先生の表情を見ることも、声を聞くこともできないのだから。
体がこんな状態では、先生との意思疎通はこれ以上できないだろう。
先生の体温を感じながら、今度の修理にはどれ位時間がかかるだろうかと考えていると、再び腕を掴まれた。更に、自分の手の甲に、先生の指先があてがわれる感覚もする。そしてそのまま、先生は指先をゆっくりと動かし始めた。俺は頭の中にクエスチョンマークを浮かべたまま、先生の体温を追うことにした。先生はどうやら俺の手の上に文字を書いているようだ。どんな文字も拾ってみせると集中していたが、先生はたった二文字を書き終わると、俺の腕をすぐに解放した。
「う」「ん」
「……やはり先生でしたか。ありがとうございます。俺が傷一つ付けられなかった相手を先生はいつも通り一撃で仕留められたのですね。流石です。俺も早く先生のように強くなりたいです。今回敗戦した一番の理由は、俺一人でも勝てるという油断からでした。しかし次の戦闘ではもっと火力を…あっ」
言い切らないうちに俺の体は宙に浮いた。
どうやら先生が運んでくださるようだ。
何も見えない、何も聞こえないはずなのに、眉間に皺を寄せながら「話が長い」と言う先生が見えた気がして、俺は揺られながら「すみません」と笑った。