夜は雨「晩御飯、何やったっけ?」
そう言いながら片眉をあげてこちらを覗き込んでくる瞳はあの頃よりだいぶ白濁していた。それでも潤んで煌めいている。いくつかの照明の光。
「今日はハンバーグやったやろ、さっき食べたよ」
「うん?そやったかな…」
「はいこれ見て」
スマホで撮影した今夜の晩御飯。背後のカレンダーについた丸、お皿のむこうにいる自分を見れば、くくっと笑い出す。
「ほんまや…」
「…僕の名前、わかる?」
「わかるよぉ」
何言うてんねんの表情だけは豊かだが視線は彷徨っている。
もそもそと袖をまくり、注視した後
「さ・と・み・くん」
にっこり笑った。本当にかわいい笑顔だ、と聡実は思う。星霜はあらゆるものを狂児から剥ぎ取っていったが、最後に残るものがこんなに無垢で柔らかいものになるとは知らなかった。受容までの道のりは決して容易ではなかった。しかし離さないと決めた自分に従ってここにいる。
「僕がおじさんになったら、狂児はおじいさんやったけど…」
やっとふたりともおじいさんやなぁ
「そろそろ窓閉めよ、風湿ってきた」
「雨の音聞きたい」
「またそんなん言うて、頭痛い腰痛い言うてもしらんよ」
「もう、どこも痛ない」
窓際のベッドの上で、外を眺めながら狂児は言った。
聡実は狂児の起こした上半身を背中から抱える。両腕を狂児の胸の前で組むと、ふとその体から力が抜けるのがわかった。預けられた体重。肩甲骨の凹凸を自分の胸に重ね、聡実も窓の外に目を向けた。
「あ、降ってきた」
屋根を打つ天の喝采。