虹のかたち しゃぼん玉とんだ
やねまで飛んだ
やっと雨が止んだベランダで、しゃぼん玉吹きながらご機嫌で歌っている息子のまあるい後頭部は、陽光を吸ってきらきらしている。陽の下のこどもは全身にちいさい虹を携えてあちこち眩しい。細い髪、ふっくらとした頬の産毛、長い影を落とすまつげの先に。
「聡実は歌がじょうずやね」
洗濯物を畳む手を止めて拍手すると、息子は振り返ってなぜか真面目な顔になり、顎をあげた。
「ええ声やわ、もっと歌って」
手に握ったストローとしゃぼん液はそのままに、今度はさっきより大きな声でもう一度歌い出す。その自信たっぷりの歌声に自然とこちらも頬がほころんだ。その小さい体のどこからこんな大きい声が出るんやろな。
産声を聞いたあの日から、ずっと時々不思議に思う。
「手ベタベタや、洗おうか」
空になった容器とストローを受け取って、台所で蛇口をひねり流水に小さな手を添えた。聡実が水の感触を楽しみだす前に切り上げて、タオルで手を包むと彼は不服そうに口を尖らせる。
こどもの時間はなんて速いのだろう。今目の前にいるこの子と、あの日真っ赤になって泣いていたみどり児の間には途方もなく長い川が流れている。
妙な感傷に浸りそうになっていると、息子は突然床にへばりついた。
「どうしたん?」
「みて、これ、にじ」
見れば床の上に小さな光の縞模様。窓の近くの水槽がプリズムになって、床に小さな虹の切れ端を落としていた。
「ほんまや、小さい虹やね、きれい」
「これぼくみつけたの、ぼくの」
頬を床にぺたりとくっつけたまま、聡実はじっとそれを見ていた。
「そやね、さとみのおててにちょうどええなぁ」
「わぁ、ほんまや」
その光を手のひらに乗せると、聡実はくふくふ喜んだ。
「お兄ちゃん今日サッカーやから、早めに帰るよ」
雨上がりの空気の中を近くの公園まで歩いていている。するとさっきまでご機嫌に歩いていた聡実の足がぴたりと止まった。
「どうしたん?」
こどもは全身がアンテナで、
「みて、ここにも、にじ」
指差すのは泥が底に沈んでいる道路脇の水たまり。その上に何かのオイルが浮き、虹色に見えているのだった。
「あぁ、触ったらあかん」
近寄ってしゃがみこむ息子の背中に声をかける。
「なんで?」
「泥と油やん、ばいきんもいっぱいやし、服についたら落ちひん…」
「でも、きれい」
はっきりとした意思を感じる声だった。
「きれい」
「そ、やね」
丸まった小さい背中はあたたかい。
「きれいやわ」
聡実は満足げに頷いた。
汚泥を底に敷いて雨の上澄みに浮かぶ虹色も、鮮やかな色彩はおなじ。