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    @Clanker208

    水都百景録の一部だけ(🔥🐟🍠⛪🍶🍖🐿🔔🐉🕯)
    twitterにupした作品以外に落書きラフ進捗過程など。
    たまにカプ物描きますがワンクッション有。合わなかったらそっとしといてね。

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    ★水都史実二次。人を選ぶ要素含むので前書き確認PLZ
    ☆この回は要素なし

    大砲蘊蓄回です。
    袁氏はなんかもう夢主みたいになってる気がするけど、台詞振る舞いはゲーム史実踏まえて選んでるつもりだし彼についても徐光啓についても人一倍詳しい自信はある

    ##文章

    橄欖之苑 第六幕日々の政務に追われ、気が付くと、徐殿のことをすっかり忘れていた。
    焦竑殿に彼と会ったことは伝えたが、それで十分と判断したのか、彼からはそれ以上の働きかけもない。ふとしたはずみで思い出し、慌てて適当な日にちを先方に申し伝えると、すぐに承諾の返事が来た。そうして俺は今、彼の家の敷地を踏んでいるというわけだ。

    徐殿の先導につき従い、少々手狭な廊下を歩く。家主が背を向けているのをいいことに家の様子をうかがえば、目につくのは壁を覆う書棚と溢れんばかりの書物の山、そして外来のものらしき、用途不明な器具の数々。数少ない調度品は漆も塗っていない素朴なもので、室内に奢侈品や書画の類は一切見あたらない。目につく家人の数も少なく、実に質素な暮らしぶりだ。そこが礼部侍郎の家だと言われても、信じる者はほとんどいないだろう。

    「高官にはふさわしくないって、よく笑われるよ」
    俺の内心を読み取ったのか、それとも過去の経験からくる予防線なのか、徐殿はおもむろに弁明を始めた。
    「だけど、僕は生まれが貧しいからな。豪奢な家具なんかがあっても、逆に落ち着かないんだ」
    「気持ちはわかる。俺も似たようなものだ。科挙だって、董其昌殿に支援をしてもらってようやく受けられたようなものだしな」
    科挙はきわめて合理的な仕組みだ。男子であれば、年齢、出自、財産にかかわらず受験資格が認められ、官界への道が開かれる。だが書院に通うにも本を買うにも先立つものが要る。その日暮らしの貧農には、機会すら巡ってこない。彼がいなければ、自分もそうだった。 
    「董先生?君は彼と知り合いなのか」
    徐殿は意外そうな声を上げて振り返る。意外に思ったのはこっちも同じだ。董殿から彼の名前を聞いたことは一度もなかったのだ。

    「ああ。あんたもなのか?」
    「知り合いってほどの仲ではないよ。ただ、同じ松江の生まれだからね。一緒に科挙を受けに行ったことがある。でも、船で少し話したくらいだ。詩文や書画の世界で活躍してる彼のような人とは、生きる世界が違うような気がしてね」
    徐殿は苦笑いすると、ふたたび前に向き直った。
    「時間もお金も有限だ。周りには笑われるけど…書物を読んだり、技術の改良をしたり、皆の役に立つために使いたいんだ。だって、そのために科挙を受けたんだからな」
    彼には失礼ながら、それは耳を疑うような台詞だった。
    皆の役に立つために。書院に通いたての学生ならまだしも、今朝廷にいる官吏のうち、心からそんなことを言える人間がどれほどいるだろうか。ましてや自分が宮中で何と言われているか、知らないわけでもないだろうに。よほど肝が太いのか、それとも単に鈍感なのか。いずれにせよ、まるで少年の心のまま成長したような奴だと思った。

    「君はどうなんだ?」
    「俺は…」
    無邪気な調子で問い返され、なんとなく口ごもる。後ろめたいことなどなかったはずだが、彼のものと違って、それは今や泥にまみれているような気がしたからだ。
    「……自分の運命を変えたかったからだ」
    記憶の糸を引いて、過去を手繰り寄せる。昔のことなど、思い出すのも久々だった。
    「俺の家は、太祖開業の頃には立派な地主だったらしいが、どんどん没落する一方でな。俺が生まれた頃には、薪や魚を売って生計を立ててる有様だった。そんなところで一生を終えるなんてまっぴらだと思ったんだ。……あんたのように、立派な志はない」
    「志は人それぞれだ」
    徐殿の返答もまた、あくまで「立派」なものだった。

    「さあ、ついたよ」
    中庭を突っ切ったところで徐殿は立ち止まり、目の前にある観音開きの扉を開け放つ。薄暗い部屋の中から、澱んだ空気が流れてきた。広い部屋は倉庫として使われているらしく、積み重ねられた木箱のほかに農具や天文器具らしきもの等、様々な道具で埋め尽くされていた。その一角に、筵を被った大きな物体が眠っていた。全長は一丈ほど、筵の上からでもわかる筒形の形状、裾から覗く木の車輪、それが何であるかは一目瞭然だ。徐殿はそれに歩み寄ると、覆いを取り払う。舞い上がった埃とともに現れたのは、果たして一門の火砲だった。

    大明の火砲をしのぐ、最高性能の火砲。まじまじと観察するが、砲身が細く、存外華奢だ。評判通りの威力ががあるとは一見して思えなかった。しかし気になるのはそれだけではない。
    「こんなもの、どうやって手に入れたんだ?」
    「澳門から買ったんだ。あそこには色々伝手がある。もちろん、自腹だ」
    「……」
    俺は少々あっけにとられる。家の中はあれほど質素だというのに、無茶な金使いをするものだ。しかしなるほど、彼という人物が少しわかってきた。
    「こんなものを私有して、知られたら睨まれるぞ」
    つい忠告めいたことを言うと、徐殿は心外だという風に口をとがらせる。
    「別に、やましい事なんてない」
    「そりゃあ、あんた自身はそうだろうが…」
    朝廷では、相手を陥れる口実を探している奴ばかりだ。本人の意図に関係なく、何が曲解されるか分からない。それは自分が一番よく分かっている。心配したつもりだったが、本人からすれば余計なお世話のようだった。
    「そんなことは今更だ。それに、仕方がなかった。これは帝が購入をお認めになる前に買ったものだ。上が動かないなら、自分で動くしかないだろう?」
    「一理あるな」
    俺は頷き、苦笑する。その点に全く異論はなかった。

    「さて、一口に洋式砲と言っても色々ある」
    次に口を開いたときには、少年めいた無邪気さは鳴りを潜め、徐殿は理知的な教師然とした空気をまとっていた。
    「これは紅夷砲と呼ばれる最新鋭の大砲だ。紅毛夷が使っているためにこの名がある」
    「……佛郎機(フランキ)と紅毛夷ってのは、何か違うのか?」
    腕を組み、俺は問う。現在明軍では「佛郎機」がもたらした「佛郎機砲」を使用している。佛郎機は万暦年間頃から進出してきた「西蕃」であり、澳門を占拠して東洋や南洋で通商、時には侵略行為に従事している。西蕃といえば通常この佛郎機を指すものと思っていたが。
    「全く違う」
    徐殿はぴしゃりと否定する。
    「言語も違う、容貌も違う、それから信仰もね」
    そして、いたずらっぽく笑った。まるで教え甲斐のある学生を見つけたというような顔だ。

    「意外そうな顔をしているね。でも例えばこの大明の周りだけを見ても、朝鮮人がいて、琉球人がいて、倭人がいる。衣食住、言語、文字、全く違うだろう?」
    徐殿は問いかけるように俺の顔を見た。こちらが頷くと、小股で壁際を歩きながら説明を続ける。
    「同様に、泰西にも多くの国がある。宣教師たちの出身を聞いても、様々な答えが返ってくるよ。意大里亞(イタリア)、葡萄牙(ポルトガル)、西班牙(イスパニア)――。
    我々は彼らについて知らない。いや、関心すらない。多くの人にとって、中華の外にいるものは有象無象でしかない。……それが、今の大明の一つの限界だ」
    よどみなく語る彼の眼に、今の俺の顔はいったいどう見えているだろうか。たぶん、相当間抜けな面を晒しているのではないだろうか。正直彼の話の半分も理解できていない。同じ漢語を話しているというのに、こんなことがあるものなのか。

    「そうだ」
    そんな俺の反応を確かめることもなく、徐殿はぽんと手を打った。
    「君に見せたいものがあるんだ」
    思わせぶりにそう言って、彼はくるりと身を翻す。頭巾から垂れた帯が揺れた。彼は再び廊下に出ると、有無を言わさず俺を別の部屋に導いた。

    今度は片側開きの扉を開けると、そこは火砲の置いてある「倉庫」の半分もないような小部屋だった。彼の私室なのだろうか、扉の正面には窓を背にして書き物用の机と書棚、側面には素朴な寝台らしきものが置いてある。机にはうずたかく書が積まれ、寝台には天蓋も何もついていない。彼の無頓着ぶりにも慣れてきたため、今更驚きもしなかった。
    そして――この部屋で一番存在を主張しているのが、寝台の対面に吊り下げられた大きな絵だった。徐殿はその前で立ち止まり、俺の方を振り返った。彼が見せたいものとはこれのことらしい。
    仰ぎ見ると、楕円形の空間に絵図が書かれている。地図だろうか。左側には、複雑な形をした巨大な陸地。大洋を挟んで右側には、三角形を上下に連ねたような陸地が二つ。そしてもう一つ、地図の南半分もまた、大きな陸地に占められていた。それは自分の知っているどの地図とも異なる、まるで空想世界の地図だった。

    「これは?」
    呆気に取られている俺に対して、徐殿は目を輝かせて「それ」を指し示した。
    「これが『世界』だよ」
    「世界?」
    「多くの漢人は、世界とは大明のことだと信じている。でも実際の大明はこれだけの大きさしかない」
    徐殿は今度は地図上の一点を指さした。西側の巨大な大陸の東の果て、海に突き出たごく小さな円形の陸地。目を凝らしてみれば、確かに「大明」の字が見えた。そして、見慣れた二つの半島も。
    そこだけ切り取れば、確かに見慣れた我が国の地図だ。
    しかし、驚くにしても疑うにしても現実感がなさすぎて、俺の中ではそれは相変わらず空想世界の地図にしか思えなかった。

    「中華の外には、こんな広い世界があるんだよ」
    徐殿はまるで自分がこの「世界」の創造主でもあるかのような口ぶりで、得意げに両手を広げてみせる。
    「そして天円地方というけれど、実は大地は球状をしている。泰西の提督が航海して確かめたんだ。そう、鄭和提督よりはるかに長い旅をして……」
    大地が丸い?それも訳が分からないが、話がどんどんそれていく。このままではまずいと感じて、俺は慌てて制止をかけた。
    「ちょっと待ってくれ。子先殿、俺がここに来たのは……」
    「……」
    話を遮られ、彼の瞳に少しだけ寂しげな色がよぎった。しかしそれもすぐに消えて、笑顔が戻ってくる。
    「わかってる。話を戻そう」

    徐殿は再び身を返した。大砲のある部屋の方へと、来た道を引き返す。その背中越しに彼がどんな顔をしているのか、ここからは見えない。いや、気になどしない方がいいだろう。
    初めて会った時から彼をおかしな奴だと思っていたが、今でもそれは変わらなかった。
    同じ地上に生きているはずなのに、まるで仙人のような奴だ。それも、仙人仲間の焦竑殿のように人里にすら降りてこず、常に雲の上から「世界」を眺めているような、そんな浮世離れした風情が彼にはあった。
    世界の広さ、万民の苦しみ、敗戦の本質。国に本当に必要なもの。
    そんなところにいれば、随分いろんなものが見えるだろう。
    しかしだからこそ、彼には孤独が付きまとう。
    焦竑殿が彼を気に掛けるのも、今ではよくわかるような気がした。

    「威力、射程、砲身の耐久性。紅夷砲は、あらゆる面において我が国のものにまさっている」
    再び「紅夷砲」の前に立ち、徐殿は講義を再開する。
    「口径が細いだろう?頼りなく見えるかもしれないが、この方が火薬の爆発力を効果的に利用できるんだ」
    自慢の家畜でも披露するかのように、彼はそう言って砲身をなでた。
    「それに射程も、佛郎機砲が二里程度なら、これはその三倍はある。今の所、東西含めて単純な威力ではこれに勝るものは無い。ただし万能とは言えず、次弾の発射までに時間がかかる」
    「野戦より、攻城や守城で使うのに向いた性能ってところか」
    「その通りだ。さすがだね」
    徐殿はにこやかに頷く。
    「手数を求めるなら、やはり佛郎機砲がいい。その理由は、君にもわかるだろう?」
    佛郎機砲は特殊な構造をしている。砲身が「母砲」「子砲」の二部に分かれ、次弾を撃つ際には一から火薬を砲身に詰めるのではなく、予め火薬と弾丸が装填された「子砲」を詰め替える。そうすることで、発射間隔が短縮できるというわけだ。

    「それで、実際、……『紅夷砲』だったか?投入はどれくらい進んでいるんだ?」
    「帝は上奏を受け入れてくださったよ。まだ数は少ないけど、澳門から購入した紅夷砲が寧遠城と順天府に設置されている。だけど、まだまだ数が足りない。費用もかさむし、最終的には国産化できるようにしなければ駄目だ」
    徐殿はふたたび「紅夷砲」の砲身にぽんと手を置く。
    「それに、操作の問題もある。これは西洋人が作ったものだからな。その威力を最大限発揮するには、彼らに任せるのが一番なんだ。漢人(われわれ)が十分に扱えるようにするとしてもね。だから北京の伝教士たちや、澳門にいる西洋人たちの力を借りる必要がある。紅夷砲の鋳造に加えて西洋人砲手の受け入れも上奏したけど……こちらに返答はいただいていない」
    そうだろうな、と俺は内心で呟く。国防を蕃人に任せるなど、俺だって躊躇する。しかし徐殿はそう考えてはいないようだ。顔を曇らせ、悔しげにつぶやく。
    「今の大明は危機に瀕している。役に立つのなら、なんだって受け入れるべきだ。手段なんか選んでいる場合じゃないのに」

    「……なあ、子先殿」
    一つ、前々から気になっていた疑問があった。名を呼ばれ、伏せられていた相手の目線がこちらに向く。
    「気を悪くしたらすまないが、満州族が蕃人というなら、泰西の人間だってそう変わらないように俺には思える。事実、佛郎機は南洋で満刺加(マラッカ)國を侵略したんだろう?その砲門が、こちらに向く可能性だって…」
    「違う!」
    思いがけず上がった鋭い声に、俺は不覚にも一瞬ひるんだ。
    「彼らは、そんなことはしない」
    思わず徐殿の顔を見返すと、紫檀色の瞳に揺れていたのは、不当な嫌疑への怒りではなかった。例えるなら、親から引き離された子供のような、宝物を壊されてしまったような――そんな、悲痛な色だった。

    「だって……」
    彼は反論しかけたが、その声はやがて勢を失い、宙に溶けた。徐殿はそれっきり口をつぐみ、片方の袖を握りしめた。その沈黙の中に、無数の感情が閉じ込められているのがわかった。結ばれた口の向こう側で、それは今にも外に出ようともがいている。そこに秘められたものが何かは知らないが、彼にとってとても大切なものなのだろう。しかしだからこそ、他人が理解できるものではない。彼の方でもそれを分かっているのだろう、徐殿はただ冷静に言葉を継いだ。
    「地図を見ただろう?彼らの国は我が国からあまりに離れている。わざわざこんな遠方まで、攻め込んでなど来ない」
    「……そうだな」
    だから俺も、そう返すほかに出来なかった。

    会話はそれっきり途切れてしまった。しばしの間、居心地の悪い沈黙が横たわる。ここに来た用も済んでしまったし、長居する意味もない。早々に切り上げることにした。
    「子先殿。本日は、ご教示まことに感謝する。是非また意見を伺いたい」
    徐殿は頷いたが、先程のことが尾を引いて、少し元気をなくしているように見えた。だからつい、余計なことを言ってしまった。
    「地図の話も、いつかまた聞かせてくれ」
    「……ああ」
    徐殿は片袖を握りしめたまま、少し寂しげに微笑んだ。
    正直なところ、「世界」の真の姿になど、別に興味があるわけではない。今の自分は、目の届く範囲にある現実への対処で手いっぱいだ。
    それでも……知りたかった兵器の情報は得られたし、何より彼といる間は朝廷で感じるような息苦しさからは解放されていた。そのことに対する、ささやかな礼のつもりもあったかもしれない。

    徐家の厩に繋がせてもらっていた馬を引き取り、自邸へと帰路をたどる。
    灰色にくすむ街の向こうで、黄昏色の円盤が沈みゆくのが見える。順天府の街は埃っぽく、陽の光も空中に漂う塵にさえぎられてここまでは届かない。
    山東の夕暮れが懐かしい。
    登莱では、常に海と隣り合わせだった。官衙の窓辺にいても、船上にいてもそれは変わらない。沿海は見通しが良く空が広い。西陽の照り返しで頭上一面が金色に染まり、雲塊の裾が薄桃色に色づくさまは、天上界もかくやと思わせる美しさだった。

    「世界は、こんなに広いんだ」
    ふと、徐殿の家で見た地図を思い出した。あの地図によれば、登莱で見たあの海の向こうには日本があり、さらに遥か彼方には、大明よりもずっと大きな陸地があった。
    確かにそれは、今までの世界観を大きく塗り替えるものだった。
    蓬莱、方丈、瀛州の三神山。
    中華の東に何があるかと問えば、大方そんな答えが返ってくるだろう。
    ――仙人、仙薬。不死の願望を投影した理想郷。
    登莱を離れる前に見た光景を思い出す。
    海上に像を結んでは消散し、自在に姿を変える幻の都市。
    海中に住まう蜃龍が、気まぐれに吐き出すうたかたの虚像。

    「……三神山など、所詮は海市か」
    灰色の靄に呑まれゆく日輪の後を追うように、過日の幻想が揺らいで消えた。
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